フィッシャー=ディースカウが指揮した2種類のブラームス録音を聴く

文:松本武巳さん

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CDジャケット
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ブラームス
交響曲第4番作品98
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ指揮
チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1976年2月6〜8日、チェコ・プラハ
SUPRAPHON(旧チェコスロバキア盤 SQ4 10207 7)

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ブラームス
ピアノ協奏曲第2番作品83
交響曲第4番作品98
コンスタンティン・リフシッツ(ピアノ)
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ指揮
ベルリン交響楽団
録音:2002年12月14日、ドイツ・ベルリン(ライヴ)
ORFEO(ドイツ盤 C 810102 A)

 

■ 世紀のバリトン歌手によるブラームスの交響曲第4番の録音

 

 フィッシャー=ディースカウは、歌手として全盛期の1970年代半ばから一度指揮を始めたのだが、実は短期間で辞めてしまった。その後、歌手として引退後に再び指揮活動を始めたものの、やはり長続きせずに、指揮活動は結果的に両期間を通算しても短期間で終わってしまったのである。そんなフィッシャー=ディースカウであるが、ここで取り上げたブラームスの交響曲第4番に限ると、なんと2度も録音を残しているのである。今回は、この2種類の交響曲第4番を中心に、フィッシャー=ディースカウの指揮活動について、少々書いてみたい。

 ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウは、まさに膨大な(歌曲に留まらずオペラ等も含めた)作品との関わりの大半で、成功を収めてきた偉大な芸術家であるが、ブラームスは彼のレパートリーの中で、シューベルト、シューマン、ヴォルフらと並んで男声による歌曲全集を録音した作曲家の一人でもある。そして、指揮者フィッシャー=ディースカウの残した数少ないディスクにも、シューベルトの第5番や「未完成」、シューマンの第2番、ブラームスの第4番の交響曲などが、含まれているのである。

 

■ 1976年、チェコ・フィルとのPCM録音

 

 1976年、DENONスタッフによるPCM録音で収録され、翌年に世に出たディスクである。SUPRAPHONと日本のDENONの2つのレーベルの共同制作として制作し発売されたものである。なお、レコードに記載されている演奏時間は、第1楽章12分30秒、第2楽章12分10秒、第3楽章6分15秒、第4楽章9分45秒となっている。

 ブラームスの音楽は、特に交響曲において、安定した呼吸と確かなフレージングが如何に音楽制作の基礎であるかを示す、一般的かつ典型的な例と言っても差し支えないだろう。そしてまさに世紀の歌手であったフィッシャー=ディースカウは、ものの見事に安定した呼吸と確実なフレージングでもって、この交響曲全体を指揮しているのである。すなわち全体としては十分に見通しの良い、客観的に優れた演奏であり、指揮者としての際立った特徴や個性などはあまり感じられないが、ブラームスらしい感傷性や郷愁などは、確実に聴き取ることが出来るのである。いわゆる歴史的な名演・名盤と並ぶとまでは言えないものの、フィッシャー=ディースカウの指揮に興味のある人だけでなく、この交響曲を愛好する人が聴いてがっかりするようなことは決してないと思われる。

 

■ 2002年、ベルリンでのライヴ録音

 

 2010年、フィッシャー=ディースカウの85歳を記念して発売されたディスクで、2002年にベルリンで行われた演奏会のライヴ録音であり、ベルリン交響楽団を指揮した2枚組のディスクである。ベルリン交響楽団は、2006年にベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団に改称した。CDに記載された演奏時間は、第1楽章12分51秒、第2楽章12分11秒、第3楽章6分23秒、第4楽章10分55秒であり、第4楽章を除くと四半世紀前の旧録音とほぼ同じタイミングとなっている。実際に全体の楽曲解釈に留まらず、細部に至るまで大きな違いはないと言って差し支えないだろう。

 交響曲第4番は思いのほか力強い演奏であると言えるだろう。かつて、指揮することにほとんど歓びを覚えることができず、辛い思いをしたと語っているフィッシャー=ディースカウなのだが、この曲の指揮からは、旧録音とは異なった力強さや積極性、さらにはある種の自信のようなものを感じることが出来るだろう。その分、旧録音と解釈自体に変化がほとんどないにも関わらず、聴後の印象は新盤の方がかなり強いのである。とは言っても演奏の解釈自体は、非常にオーソドックスであると言えるだろう。感傷性や郷愁を歌うような旋律では、旧盤では表現がやや控え目であったのに対し、新盤では木管楽器を前面に押し出し、表情付けをたっぷりと濃密に行っており、聴き手に良い効果を与えることに成功している。

 楽章別に短評を述べると、まず第1楽章の終結部では、テンポをグッと落とすことによって、楽章全体の効果を大いに高めている。第2楽章はやや遅めのテンポが続き、聴き手は少しダレてしまうところもあるのだが、一転して第3楽章に入ると、活力に溢れた魅力ある音楽作りに成功している。第4楽章は旧盤に比べて落ち着いた進行となっており、結果的にこの交響曲の持つ感傷性を強調することに成功している。全体を通じて、十分な充実感を感じ取れる優れた演奏であったと言えるだろう。

 

■ オルフェオ盤でピアノ協奏曲第2番を共演したリフシッツ

 

 1976年、旧ソヴィエト連邦(現ウクライナ)のハリコフ(ハリキウ)で生まれた、録音当時26歳のピアニストである。幼少時より神童ピアニストとして知られており、すでに10代前半から継続してディスクを発売していた。近年、ベートーヴェンのピアノソナタ全集をリリースしており、世界的に重要な現役ピアニストの一人である。2002年12月におこなわれた演奏会の目玉の一つが、コンスタンティン・リフシッツをソリストに迎えたピアノ協奏曲第2番の演奏であり、実はこちらがコンサートの前半に演奏された。

 リフシッツのピアニズムは非常に個性的であり、かつ力強く、かつての神童が大人のピアニストへの変貌を確実に遂げつつある、そんな時期の価値の高い演奏記録となっていると言えるだろう。全体を通じて、非常に見通しの良い響きで統一しており立派な演奏ではあるが、リフシッツのピアニストとしての性癖とも言えることではあるものの、ときおり突然演奏の密度が急に薄くなってしまい、一瞬気が抜けるような感覚に襲われる点が、この協奏曲からも感じ取れる場面が散見されるのは少し残念である。

 一方で、リフシッツの歌心が充満し、聴き手に深い感動をもたらす場面も多々見受けられる。特に後半の2つの楽章は非常に優れた演奏だと言えるだろう。このピアノ協奏曲は、技巧の困難さと楽曲の精緻さを克服するだけではどうしても足りない、楽曲が本来的に持っているダイナミックさと大胆さに加えて、深い思索まで求められるピアノ協奏曲でもあるため、ブラームスを知り尽くしたフィッシャー=ディースカウの指揮の下で弾くことは、若いリフシッツにとってとても有益であったことが十分に窺える、そんな演奏記録だと言えるだろう。

 

(2023年11月18日記す)

 

2023年11月18日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記