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ブラームス ピアノ五重奏曲ヘ短調作品34
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ルドルフ・ゼルキン(ピアノ) ブダペスト四重奏団
録音:1963年9月、アメリカ・ニューヨーク Sony
Classical(国内盤 SICC-969)
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アルトゥール・ルービンシュタイン(ピアノ) グァルネリ四重奏団
録音:1966年12月、アメリカ Sony Classical(欧州盤 88697760992)
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クリストフ・エッシェンバッハ(ピアノ) アマデウス四重奏団
録音:1968年、旧西ドイツ・ベルリン DG (西ドイツ盤 139 397 SLPM)※ジャケット写真は再発LP
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ペーター・レーゼル(ピアノ) ブラームス四重奏団 録音:1972年5月、旧東ドイツ・ベルリン
ドイツ・シャルプラッテン(国内盤 KICC9504)※ジャケット写真はKING発売リマスター盤
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■ ブラームス唯一のピアノ五重奏曲
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ウィキペディア等によると、ブラームスのピアノ五重奏曲ヘ短調作品34は、1864年に作曲された作品で、当初弦楽五重奏(ヴァイオリン2、ヴィオラ1、チェロ2)として1862年に作曲された。しかし試演の際に評価を得られず、ブラームスにはよくあることだが、この版は破棄され出版もされなかった。その代わりに、2台のピアノのためのソナタとして1864年に書き換えられ、ブラームス本人がカール・タウジヒとともに同年に初演した。この版はブラームス自身も気に入っていて、後に作品34bとして1871年に出版された。現在でもこの版はしばしば演奏されている。
上記の初演の後に周囲の助言を容れてピアノ五重奏曲として同年に書き直し、これが作品34として1865年に出版された。サロンを通じて親交があったヘッセン方伯家の公子妃マリア・アンナに献呈された。彼女はその返礼として、モーツァルトの交響曲第40番の自筆譜をブラームスに贈った。この曲の両端楽章は和声法においてブラームスとしては冒険的であり、落ち着かない印象を醸し出す。このことは、終楽章の序奏において半音階で上行していく音型にとりわけ当てはまっている。
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■ 名録音に恵まれた類稀な室内楽曲
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SP時代の名盤として、1938年録音のルドルフ・ゼルキンとブッシュ四重奏団による名演が真っ先に挙げられるであろう。続くモノラル録音時代の名盤としては、やはりウエストミンスター盤のイエルク・デームスとウィーン・コンツェルトハウス四重奏団(1952年録音)を挙げるべきだろう。つまり、古い時代から名演奏・名録音に恵まれた、優れた室内楽曲であると言えるだろう。
一方で、1980年代以後でも多くの名盤が誕生している。例えば80年録音のポリーニとイタリア四重奏団、84年録音のプレヴィンとウィーン・ムジークフェライン四重奏団、92年録音のパウル・グルダとハーゲン四重奏団、さらには2014年録音のプレスラーとパシフィカ四重奏団など、本当にいろいろな名録音を思いだすことのできる、稀有な室内楽曲であろうと思われる。
アナログステレオ時代にも、取り上げた以外に多くの名録音が残されている。例えば73年録音のラーンキとバルトーク四重奏団によるフンガロトンへの録音などは、割愛することに躊躇するほどの名演奏であったが、これではキリが無いので各自興味の範囲内で、ぜひ紹介した以外にもいくつか聴き比べて欲しいと念願したい。
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■ アナログステレオ時代までのピアノを伴う室内楽演奏の主流
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現代の室内楽演奏に於いて、ピアノを伴う場合、リーダーシップをピアノが受け持つことが多くなっているように思える。しかし、アナログステレオ時代までは、あくまでもピアノ付きの室内楽曲であったように思えるのである。つまり、楽曲を導く方向性を第1ヴァイオリンがリードして決定していたように思えるのである。特にこのピアノ五重奏曲は、ピアノパートが技巧的に難しいために、良くも悪くもピアノ協奏曲風になりかかる側面が強いと言えるだろう。しかし、本来活躍するパートであることと全体をリードするパートが一致する必要は、特段ないのである。
ここでの、ゼルキン、ルービンシュタイン、エッシェンバッハ、レーゼルは、いずれも室内楽の流儀に則って、ピアノを担当していると言えるだろう。その室内楽としての合わせ方は、ピアニストとしてより著名であったゼルキンとルービンシュタインの方が、むしろより顕著に表れていると言えるだろう。ブラームス30歳頃の作品できわめて生命力に溢れていて、ピアノと弦楽は始終寄り添うというよりも、ほとんど協奏曲のようにお互いがぶつかり合う楽曲なのだが、その緊迫感と迫力をむしろ旧スタイルでの演奏の方が、私としてはより強く感じるのである。
私はここでどちらのスタイルが良いかという論争をするつもりはない。しかし、旧スタイルになりつつある室内楽にピアノが加わったスタイルでの名録音は、アナログステレオ時代までで終わりつつあることを感じ、その時代の名録音をまとめて紹介したいと考えたのである。もちろんデジタル時代以後でも、この旧スタイルを基本とした演奏も数多く行われているが、名演奏家であればあるほど嗜好の変化を敏感に感じ取った演奏を行っているために、アナログステレオ時代とは若干異なったスタイルに変容していることは否定し得ないように思えるのである。これは2014年の最新録音盤である、かつて室内楽の巨匠であったプレスラーのピアノ演奏からも感じ取れる変化なのであるが、この話題についてはまたの機会にしたいと思う。
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■ 取り上げた4枚のディスクについて
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まず、ルドルフ・ゼルキンとブダペスト四重奏団による1963年の歴史的な録音である。若いときから長年のブッシュ四重奏団との競演で、室内楽演奏の神髄を会得していると思われるゼルキンと、ブッシュとは異なり豪放磊落なブダペスト四重奏団固有の特質が繰り広げる、両者初顔合わせの一騎打ちであると言えるだろう。鳴り響く音楽は峻厳で深く、聴き手は間違いなく演奏に惹きつけられるのである。これぞ歴史的名盤と言えるうえに、録音状態も比較的良好なステレオ録音なので、この演奏はぜひ外さずに一度は聴いてほしいと願う。
ルービンシュタインとグァルネリ四重奏団による1966年年末の演奏では、ルービンシュタインのピアノの音色は、前期ロマン派的な非常にロマンティックな響きであり、確かにブラームスの演奏としてはやや甘すぎるし明るすぎると言えなくもないが、実に聴き映えがする明朗闊達な流れの良い演奏である。グァルネリ四重奏団の力不足は良く指摘されることではあるが、ルービンシュタインとしては彼の理想とする室内楽演奏のために必要な四重奏団であったと考えられ、この録音の5年後のモーツァルトでの共演でも同様に優れた演奏を聴かせている。
当時20代後半のクリストフ・エッシェンバッハとアマデウス四重奏団による1968年の録音は、アマデウス四重奏団の残した大量の録音の中では多少知名度が落ちる録音なのかも知れない。きわめて手堅いまさに堅実な演奏なのだが、この四重奏団特有の表情を多めにつけた演奏は十分に健在である。若き日のエッシェンバッハも絵に描いたような堅い演奏であるが、清潔感漂う心地よさが何ともいえない。室内楽として必要不可欠な要件をほぼ全て具備した演奏であると言えるだろう。ただし、演奏のスケールはその分若干小さいと言えるだろう。
最後に、ペーター・レーゼルとブラームス四重奏団による1972年の録音である。四重奏団はベルリン国立歌劇場のメンバーにより構成されている。明らかに旧東ドイツの流儀による、これまた非常に堅い演奏である。俗に言うウィーン流とは対極にある厳格さが感じられる演奏である。この非常に厳格な楽曲の様式感は、ブラームスの演奏に必要な要素の一つであると言えるだろう。しかし俗に言うウィーン流儀とは異なるものの、決して一本調子の単調な演奏ではなく、微妙な揺らぎが演奏全体から感じ取れ、古い伝統的な室内楽の演奏スタイルを最も保持した、名録音であると言えるだろう。演奏に豪快さや凄みはないものの、本当に心を落ち着けて音楽に浸ることができる、まさに室内楽演奏であると思われる。
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(2019年8月25日記す)
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