|
ビゼー
歌劇「カルメン」(抜粋)
- ブリギッテ・ファスベンダー(メゾ・ソプラノ)
- ルドヴィク・シュピース(テノール)
- ヴォルフガング・アンハイサー(バリトン)
- アンネリーゼ・ローテンベルガー(ソプラノ)
- レナーテ・ホフ(ソプラノ)
- インゲボルグ・シュプリンガー(アルト)
- ハラルド・ノイキルヒ(テノール)
- ホルスト・ヒースターマン(テノール)
- ライプツィヒ放送合唱団、レスデン・フィルハーモニー児童合唱団
ジュゼッペ・パターネ(指揮) シュターツカペレ・ドレスデン
録音:1972年 Berlin Classics(ドイツ盤 BC20302)
|
|
■ 東側時代の貴重な録音
|
|
1972年、まだ東側にどっぷりとつかっていた当時の旧東ドイツ・ドレスデンで録音された、ドイツ語歌唱によるカルメンである。たいへん残念なことに抜粋盤ではあるが、主要なナンバーはほぼすべて収録されている。この盤を手に取った多くの方が、楽曲と、指揮者と、歌手と、歌唱言語と、オーケストラの陣容をみて、確実に違和感を持たれることと思われる。その意味では珍盤の類に入れることも可能であろう。しかし、以下の紹介文では、この盤を聴いてみる価値に主眼を置いて、聴く価値のある音源の一つとして紹介したいと考える。
|
|
■ 抜粋の選曲について
|
|
以下の各曲が録音され、順に収録されている。演奏時間は合計で約52分であり、LP時代から1枚に収録可能であった。
- 第1幕への前奏曲
- ハバネラ
- 母の便りは
- セギディーリャ
- ジプシーの歌
- 闘牛士の歌
- うまい話がある
- 花の歌
- 何を恐れることがありましょう
- 第3幕への間奏曲
- 闘牛士の入場
- フィナーレ
|
|
■ 危険な魅力にあふれたアブナイ演奏
|
|
なぜ、ドイツ語歌唱? なぜ、共産圏時代のドレスデンでの録音? なぜ、指揮がイタオペ指揮者のパターネ?
なぜ、ファスベンダーがカルメン役?
上記はだれもが思う疑問であろう。しかし、この盤を聴いていると、なぜか「ドイツ語でなければならない」「パターネでなければならぬ」「ファスベンダーこそ男らしい役柄の象徴である(念のため、ファスベンダーは女性です)」。挙句「東側こそが正しい社会である」気にさせられそうになってくる、まさに魔力に近い魅力が充満した演奏なのである。
|
|
■ 単に珍盤だけでは片づけられない何かがある録音
|
|
難癖をつけるならいくらでもつけられるディスクであろう。繰り返しになるが、なぜ全曲盤でないのか。ファスベンダーの歌唱は男性的で、カルメンのような妖艶な魅力で男性に迫る役柄とは合っていない。パターネの指揮はイタオペ特有の煽るような早めのテンポで貫いており、カルメンとは齟齬がある。当時のドレスデンのオケや東ドイツに凡そ合致しない筋書きのオペラである。エトセトラ。
しかし、反面、カルメンの世界に最も遠いオケ、国家、言語、むしろ闘牛士役の方が似合いそうなカルメン役、ドイツ語特有の重さを吹き飛ばす意味で打ってつけであったパターネの指揮ぶり。さらにローテンベルガーの全体を包み込むような包容力ある歌唱。いずれも二度と聴けない、まさに一期一会の魅力に満ちたディスクであるとも言えないであろうか?ましてや、すでに歴史的存在となって久しい、欧州の代表的な社会主義国家での、国策会社による録音なのである。
たぶん、どれ一つとっても尋常ではないのだが、これだけの優れたメンバーをそろえた上での録音であるからこそ、現在まで半世紀近く生き残っているのであろう。でなければ珍盤又はそれ以前にまるで相手にされない録音であったかもしれないと思うのである。現在でも廉価盤として入手可能であるので、ぜひ試しに聴いてみられることをお勧めしたい。評価は聴き手各位に委ねたいが、少なくとも聴かずに終えるにはあまりにも惜しい音源なのである。
|
|
■ 蛇足ではあるが異盤を紹介しておきたい
|
|
実は、ベルリン・クラシックス(東ドイツ・エテルナ)は、ステレオ録音初期の1960年の時点で、一度カルメン全曲盤(ドイツ語歌唱)を制作しているのである。名指揮者ヘルベルト・ケーゲルの指揮、ライプツィヒ放送交響楽団による録音である。これはこれで、実は全く別の意味で「トンデモ盤」なのである。興味があれば聴き比べてみることをお勧めしたいと考える。旧東ドイツや社会主義国というすでに遠い過去の歴史的存在の、私たちが到底知り得ぬ奥深さや謎が、かなり迫真的に実感できると思われる。この全曲盤では、カルメン役はチェコ人のソーニャ・チェルヴェナーが務め、その他はオール東ドイツの様相を呈するメンバーで固めた録音である。この盤との比較は、あえて多くを語らないこととしたい。
|
|
(2019年4月14日記す)
|