デ・サバタの往年の名盤「ブラームス交響曲第4番」を聴く

文:松本武巳さん

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ブラームス
交響曲第4番作品98
ヴィクトル・デ・サバタ指揮
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1939年
Polydor(ドイツ盤 67491,67492,67495)SP
DG(西ドイツ盤2535 812)復刻LP
DG(ドイツ盤 477 915 2)復刻CD(1988年発売)
DG(国内盤 UCCG-90348)リマスター盤CD(2013年発売) 

 

■ ヴィクトル・デ・サバタ

 

 ヴィクトル・デ・サバタ(1892.4.10-1967.12.11)はイタリアの著名な指揮者、作曲家であった。1918年にモンテカルロ歌劇場の指揮者としてデビューし、1921年にはローマ聖チェチーリア音楽院管弦楽団を指揮した。また1925年にはラヴェルの歌劇『子供と魔法』の世界初演を成功させた。1929年プッチーニの『西部の娘』でスカラ座に正式デビューを果たし、同年シンシナチ交響楽団にも客演している。スカラ座デビューの翌年には、トスカニーニの後任としてスカラ座の音楽監督に早くも就任し、引退する1953年までこのポストを温めたのである。1930年代からデ・サバタは各地に客演を始め、1936年にベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、1939年にバイロイト音楽祭から招聘され『トリスタンとイゾルデ』を振った。

 第二次世界大戦後はニューヨーク・フィルやシカゴ交響楽団にも客演した。1953年8月10日から20日にかけて、しばしば共演していたマリア・カラスやディ・ステファノらとともに、プッチーニの『トスカ』を録音した。この録音は録音から60年以上が経過した現在でも、古今のオペラ録音中でもっとも優れたもののひとつに数えられている。この録音セッション中に狭心症を発症し、さらに9月にはより重篤な心臓発作に襲われたため、1954年のヴェルディ『レクイエム』のスタジオ録音を最後に、体調の回復が見られず残念ながら引退してしまった。 

 

■ 知る人ぞ知るベルリン・フィルとのブラームス

 

 やや無理を承知で言うならば、イタリアのオペラ指揮者デ・サバタとベルリン・フィルという、一見ミスマッチングを想起されそうな組み合わせが成功した理由は、当時のベルリン・フィルが持っていた非常に堅固なリズム感を基礎として、本質的にオペラ指揮者であるデ・サバタが、メロディーラインという音楽の横の繋がりを非常に重視した棒を振ったために、結果としてリズムとメロディーといった、一見相容れない二つの本質的な音楽的価値観が、うまく共有できた結果であると言えるだろう。

 すなわち、当時のフルトヴェングラーや、後年のヨッフムやカラヤンなどの、ベルリン・フィルが取り組んだ同曲の著名な録音以上に、デ・サバタとの録音では良い意味でイタリア風にマッチングした稀有な音楽が出来上がったのである。オペラ指揮者デ・サバタが持ち合わせているカンタービレに溢れた音楽性が、ベルリン・フィルやドイツ音楽の持つ堅牢な構成力を失うことなく、うまく両者が噛み合って発揮されたのだと、私は考えている。

 

■ 音質の話は本来苦手なのだが

 

 SPがLPに復刻されたときには、音質劣化は良くある話で仕方がないと思っていたのだが、CDの時代が徐々に経るにつれて、再発売時にはリマスタリングの成果が出るものと期待していた。しかし、例えばジャケット写真掲載を割愛した某海賊盤CDの方が、遥かに原盤に近い音が鳴っているのである。その海賊盤レーベルは、普段は凡そ音質など気に掛けないレーベルで、実際にこのブラームスの録音も多分俗に言う「板起こし」であると思われる。

 私が持っているドイツグラモフォンが手掛けたCDは3種類あるが、残念ながらどれも海賊盤CDの音質に及ばない。むしろ最初に正規復刻CD化された1988年発売の西ドイツ盤が、まだ最も聴くに耐える録音となっているのである。いったい何が良くないのだろうか。たぶん、私にはSPの雑音をできるだけ消去したいがあまり、音楽のとても大事な要素も一緒にフィルターにかけてしまったようにしか思えないのである。かつ、これに加えて近年発売のディスクは、何とも居心地の悪いステレオ効果のような残響まで付加されているのだ。

 そもそも今から80年も前の録音である。きれいな優れた音質の訳がないのだ。それを覚悟のうえでデ・サバタの音源を聴きたいリスナーにとって、針音や雑音はもとより許容できるのである。しかし、もともと鳴っていたであろう音楽そのものを、可能な限り聴きたいという欲求をきちんと満たしたいとき、相変わらず大変な労力をかけて、わざわざSPレコードを取り出して聴いていることが、ときどき情けなくなってくるのだ。

 レコード会社が復刻発売にあたってこだわるディスクの音質と、聴き手がこだわっている音質の間に、これほどまでに乖離があるディスクは、実際にはそう多くないと思われるのだが、たまたま不幸(幸運?)にして、古いSPレコードを持っていたがために、このような不満を持っているだけなのかも知れないと自分に言い聞かせつつ、実に6枚12面もの重いレコードを掛け替えながら、デ・サバタのブラームスを聴いているのである。

 

■ 最後に

 

 間違いなく20世紀半ばの名指揮者の一人であったデ・サバタは、病気のために引退が早かったことや、オペラハウス中心の活動であったため、オーケストラ曲の録音が非常に少ないこともあって、現在ではほとんど忘れ去られようとしている。しかし前述した通り、歴史的名盤の一つとして今なお語り継がれている、カラスとディ・ステファノが共演したプッチーニの『トスカ』のディスクこそ、デ・サバタがスカラ座を指揮したディスクなのである。そんなデ・サバタがベルリン・フィルを振ったこのブラームスの交響曲も、実際には十分に歴史的名盤の価値があるものと信じて疑わない。発売元による優れたリマスター盤が今後発売され、正当な評価を今一度受けることを念願してやまない。 

 

(2019年12月25日記す)

 

2019年12月26日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記