デュティユー「ヴァイオリン協奏曲《夢の樹》」若干の聴き比べ

文:松本武巳さん

ホームページ What's New? 旧What's New?
「音を学び楽しむ、わが生涯より」インデックスページ


 

 

アンリ・デュティユー(1916-2013)
ヴァイオリン協奏曲《夢の樹》

CDジャケット

アイザック・スターン(ヴァイオリン)
ロリン・マゼール指揮フランス国立管弦楽団
録音:1985年頃
CBS SONY(米盤 MK42449)

CDジャケット

ドミトリー・シトコヴェツキー(ヴァイオリン)
マリス・ヤンソンス指揮ロイヤル・コンセルトへボウ管弦楽団
録音:2007年6月7-8日、アムステルダム・コンセルトへボウ、ライヴ
RCO Live(国内盤 KKC-5308)

 

(参考映像)
ルノー・カピュソン(ヴァイオリン)
トゥガン・ソヒエフ指揮トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団
録音:2012年2月24日、トゥールーズ、ライヴ

https://www.youtube.com/watch?v=gRmIV8efTyQ

 

■ 多くの録音や演奏記録が存在するゲンダイオンガク

 

 このアンリ・デュティユーのヴァイオリン協奏曲は、1983年から1985年にかけて作曲された現代音楽である。元々はアイザック・スターンの還暦を祝うために、デュティユーが委嘱を受けて作曲されたヴァイオリン協奏曲である。しかしスターンの還暦までに残念ながら完成することが叶わなかったため、1985年11月5日にパリのシャンゼリゼ劇場に於いて、アイザック・スターンのヴァイオリン、ロリン・マゼール指揮フランス国立管弦楽団によって、ようやく初演されたのが作曲の経緯である。

 全体は大きく分けると4つの部分から構成されている。各部分の間に「間奏」が必ず挿入されているので、細かく分ければ7つの部分から成り立っているともいえる。(リーブルマン(自由に) - 間奏1 - ヴィフ(快活に) - 間奏2 - ラン(ゆっくりと) - 間奏3 - ラルジュ・エ・アニメ(ゆとりを持って生き生きと) )、全曲を通しての演奏時間は23分前後である。現代音楽としては比較的穏健かつ抵抗の少ない作風であることや、音楽の流れが滞らないことに加えて、全体的にかなり華やかな曲想であるためか、1985年に作曲されたばかりの楽曲でありながら、既に多くの録音が存在するだけでなく、コンサートでの演奏機会も大変多い非常に恵まれたヴァイオリン協奏曲となっている。

 日本国内でも、この数年内だけで、諏訪内晶子と庄司紗矢香がともにこの協奏曲を取り上げており、ここでは詳細な論評については控えるが、両者の演奏の方向性は明らかに異なっていたと思われるのである。楽曲が本質的に持つ包容力の広さというか、異なったアプローチでも演奏が成立するような優れた現代音楽が少ない中で、ぜひ両名には今後正規の録音を残して、公開して欲しいと念願する。そんな期待すら抱かせるような優れた現代音楽なのである。

 

■ アイザック・スターンの委嘱作品

 

 スターンとマゼールによる演奏は、単に初演者としての風格だけでなく、現代音楽とは、との問いに対して、まさに正面から切り込むような鋭角的な演奏であると言えるだろう。切れ味の鋭さに於いては、現在でも随一の演奏であると言えるだろう。ただし、その分、音楽が少々ぶっきらぼうに聴こえるのは、仕方がないのかも知れない。まだ、スターンの技巧が衰える前の時期の演奏でもあり、その意味でもスターンの優れた能力を十分に堪能できる録音となっている。

 

■ シトコヴェツキーとヤンソンス盤について

 

 まず、この音源を聴いて思うことは、これほどまでに聴きやすい現代音楽は存在しないのではないか、と思うくらいに、もともと現代音楽としては聴き手の抵抗が比較的少ないこのヴァイオリン協奏曲を、まるで一種の古典音楽のように聴かせてしまう、そんな一般的な聴衆の耳にたいへん優しいディスクであると言えることである。

 ただし、テンポ設定は全体的に遅めであり、非常に丁寧な演奏ではあるものの、現代音楽特有の演奏の鋭さを求める向きには、あまりお勧めできない演奏でもあるが、一方で普段現代音楽を頑なに拒否しているような方には、ぜひとも聴いて欲しいと願う、そんな演奏でもあるのだ。この演奏スタイルが、デュティユーのヴァイオリン協奏曲の本質を突いているかどうかは微妙であるが、現代音楽を広めようとする立場からすると、このディスクこそ最良の演奏と言えるのではないだろうか。

 

■ カピュソンとソヒエフの演奏について

 

 ルノー・カピュソンは、別途この映像での演奏より約10年前の2001年に、チョン・ミュン・フン指揮による録音がすでに存在しており、そちらも十分お薦めすべき名演ではあるのだが、現代音楽の生の演奏風景を、カメラ・アングルを含めて見事に捉えているので、この演奏を参考盤として紹介したい。特に、トゥガン・ソヒエフの現代音楽に対する順応性や適性がこの映像から垣間見られ、ソヒエフの指揮能力の高さや実力をしっかりと確認できるうえに、この楽曲をもとより手中にしているカピュソンとの相性も良さそうに見えるので、映像でみるこのヴァイオリン協奏曲の演奏としては、最初に指折るべき優れた演奏であると思われる。この映像は公式にYouTubeにて公開された映像でもあるので、将来のディスク化もぜひ期待したい。

 

(2023年10月7日記す)

 

2023年10月7日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記