空前絶後の快挙、エッシェンバッハの《ピアノレッスンシリーズ》

文:松本武巳さん

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「ピアノレッスンシリーズ」第1巻(16LP)

  • バイエル(第44番以後、子供のバイエル下巻)2LP
  • ブルグミューラー「25の練習曲」1LP
  • バッハ「ピアノ小品集」1LP
  • ツェルニー「30番練習曲」1LP
  • バッハ「インヴェンション2声,3声」1LP
  • ツェルニー「40番練習曲」2LP
  • 「ソナチネアルバム1」4LP
  • 「ソナチネアルバム2」3LP
  • 「ピアノ小品集」1LP=2曲を除きエッシェンバッハ以外の演奏

「ピアノレッスンシリーズ」第2巻(16LP)

  • 「ソナタアルバム1」6LP
  • 「ソナタアルバム2」6LP
  • メンデルスゾーン「無言歌集」3LP
  • シューマン「ピアノ作品集」1LP=エッシェンバッハ自身の1966年録音
CDジャケット DG国内盤(第1巻:MI 2921-36,第2巻:MI 2941-56) (LP32枚組)
現行CDジャケット(第1巻)
バイエル・ピアノ教則本(第44番‐第106番)
ヘ長調のメヌエット、楽しき農夫
DG(国内盤UCCG 4572)
  全音楽譜出版社のバイエル教則本(子供のバイエル・上下巻)
  バイエル 上巻 バイエル下巻
  半世紀前は、大半の初学者が用いた(現在も現役)
  エッシェンバッハ・ピアノ・レッスン・ガイドブック
  「ピアノレッスンシリーズ」全集第1巻添付のガイドブック
 

■ 空前絶後の「ピアノレッスンシリーズ」全集第1巻

 

 第1巻最初の2枚のLP(再発のCDでは1枚に収録)には、なんとあの「バイエル」の第44番以後(子供のバイエル下巻)が全曲収録されているのだ。第43番以前は片手用の練習曲なので、両手で弾く「バイエル」は全曲収録されていることになる。最後の第106番の後に、バイエル曲集と同様に、シューマンの「楽しき農夫」が収録されている。
 さらに、ブルグミューラーの「25の練習曲」も全曲収録されている。大昔子どもの頃に一生懸命取り組んだ経験を持つ人も多いかも知れない。加えて、バッハの「インヴェンションとシンフォニア」の全曲(ディスクには2声と3声のインヴェンションと記載されている)や、ピアノ学習者の多くが忌み嫌ったであろう、ツェルニー「30番練習曲」と同「40番練習曲」も、全曲が収録されている。

 さらに、ピアノ学習者がここまで到達すると楽しくなってくると一般にいわれる、「ソナチネアルバム」も1,2の全曲が収録されているのだ。こちらは、クーラウやクレメンティのソナチネや、モーツァルトやベートーヴェンの一部のソナタが収録されており、ここまで学習者が無事に到達すると、本当に一定の学習成果が上がったと自他ともに認められる、そんな内容の曲集である。

 

■ 全集第2巻は、普通のディスクとも言える

 

 第2巻には、「ソナタアルバム」1,2の全曲と、メンデルスゾーンの「無言歌集」全曲が収録されている。「ソナタアルバム」は、実際のところは、ハイドンとモーツァルトとベートーヴェンのピアノソナタで構成されているので、発売時の名称を除けば、幾多の名盤が以前から存在している領域である。また、メンデルスゾーンの方は、後日レッスンシリーズとしてではなく、通常のディスクとしてドイツグラモフォンが発売しており、要するにディスクの中身に実際に収録されている楽曲自体は、決して珍しいものではない名曲ばかりである。
 そうしてみると、エッシェンバッハは「ソナタアルバム」の名称で、ベートーヴェンの初期を中心としたピアノソナタを9曲も録音していることになり、中後期の名作も通常のディスクでかなり録音を残しているので、ピアニストエッシェンバッハは、ベートーヴェンのピアノソナタの過半数を、かなり若い時期に録音していたことにもなるのである。
 なお、第2巻の最後には、1966年に録音されたデビュー直後のエッシェンバッハによる、今なお名盤の誉れ高い「シューマンピアノ作品集」が、そのままの形で収録されている。

 

■ 録音に至った経緯

 

 これら一連の「ピアノレッスンシリーズ」は、1970年代前半に、実は日本からの依頼でエッシェンバッハとドイツグラモフォンにより制作されたものである。分売LPのジャケット写真には、「ねむの木学園」の生徒による絵画が採用された。実際の企画は、日本の株式会社TBSサービスであり、制作はポリドール社を通じてドイツグラモフォンが行った。
 私は1959年生まれであり、ピアノの本格的な学習は1962年から開始し、1970年代前半までこれらの曲集に日々懸命に取り組んでいた。そんなとても懐かしい少年時代の思い出を、このエッシェンバッハの空前絶後の録音によって、今なお懐かしむことが出来るのである。もちろん、私よりも2世代後のピアノ学習者にとっては、リアルタイムでエッシェンバッハが最高のお手本として、学習者の前に日々聳えたっていたことであろう。
 日本のピアノ学習者は、このような経緯から、今でもピアニストとしてのエッシェンバッハに対し、一定の個人的な思い出を感謝とともに持っている者が多いであろうと想像する。そんな貴重な、そして空前絶後の企画であり、またこれらの録音は40年以上経過した今でも、十分に現役盤であり、繰り返し再発売され続けているのである。

 

■ 第1巻最後の、おまけLPが面白い

 

 第1巻も第2巻もLP16枚のずっしりと重いボックスセットであり、価格もたいへん高価であった。この第1巻の最後に、唯一エッシェンバッハによる録音ではない、「ピアノ小品集(全15曲)」が収められているのだ。ところが、この中に数曲だけ、とてつもない難曲が含まれているのである。表面の最後に収録された、ファリャの「火祭りの踊り」と、裏面のショパンの英雄ポロネーズ、同じく練習曲「別れの曲」、そしてリストの「ラ・カンパネラ」などである。
 ピアニストで言えば、エッシェンバッハは「ピアノ小品集」ではわずか2曲だけに登場し、他はウィルヘルム・ケンプ、スヴャトスラフ・リヒテル、マルタ・アルゲリッチ、ステファン・アスケナーゼ、アンドール・フォルデス、ゲザ・アンダ、タマーシュ・ヴァシャーリ、モニク・アース、ジェルメーヌ・ルルー、イェルク・デムスの10名の録音から、適宜収録されている。

 この1枚は、むしろ「珠玉の小品集」とでも言うべき内容であり、現実には当時のドイツグラモフォンのカタログレコードであったのかも知れない。しかし、ここにこそ当時の時代背景が忍ばれて、何となく今になってみると微笑ましいディスクである。もちろん、この小品集はLP時代のもので、CD時代以後のレッスンシリーズには収録されていない。なお、原盤レコードの盤面の表記も、実は「The Jewels on Piano」なのである。
 もしも仮に、レコードを聴く環境が自宅等である場合には、当該「ピアノレッスンシリーズ」は、たぶん予想以上の大部数がかつて発売されたのであろう、実は意外なほど安価で中古LPが入手可能なのである。わざわざ現役CDを買い求めなくても、この方法で空前絶後の企画商品を現在でも存分に楽しむことが、可能なのである。ピアノのレッスンに明け暮れた経験のある方以外でも、ぜひ一聴をお勧めしたいと思う。

 

(2016年11月25日記す)

 

2016年11月25日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記