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ベートーヴェン ピアノ協奏曲第4番作品58 エトヴィン・フィッシャー(ピアノ)
オイゲン・ヨッフム指揮 バイエルン放送交響楽団 録音:1951年11月8日、ミュンヘン
ピアノ・ソナタ第8番作品13『悲愴』 幻想曲作品77 エトヴィン・フィッシャー(ピアノ)
録音:1952年11月23日、ミュンヘン Orfeo(輸入盤 C270 921B)
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■ 30年以上前に発売されたCD
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ここで紹介するディスクは、オルフェオから1992年に発売されたものの、カタログには発売後長期間残っていたが、単独での再発がなされなかったため、いつの間にかショップから消えてしまった、ちょっと薄幸な録音である。1951年11月8日のヨッフム指揮バイエルン放送交響楽団とのベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番の演奏であるが、1954年にフィッシャーは、自身の指揮でフィルハーモニア管弦楽団とEMIに録音しており、同時にピアノ協奏曲第3番も収録されていることもあって、そちらの方が有名で、この録音の存在自体があまり知られていないと言えるだろう。
また、フィッシャーのベートーヴェンピアノ協奏曲と言えば、誰もがフルトヴェングラーとの協奏曲第5番『皇帝』を思い起こすであろう。『皇帝』という俗称に最も相応しい演奏として、現在まで語り継がれている演奏である。この演奏については、もはや語りつくされている感があり、あえてここで協奏曲第5番の演奏内容自体には触れる必要はないと思われる。
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■ ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番
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なんと言っても聴き物は、第1楽章と第3楽章のカデンツァの演奏である。第1楽章のカデンツァは延々と続く即興的かつ壮大なカデンツァであり、一瞬ではあるが協奏曲第5番のパッセージまで現れており、このヨッフム指揮のライヴ録音の白眉であると言えるだろう。また、第3楽章のカデンツァも、非常に聴き応えがある名演と言えるだろう。スタジオ録音からは決して得られぬ、まさにライヴならではの妙技を発揮していると言えるだろう。念のため申し添えるが、フィッシャーはスタジオ録音でも、実はほぼ同様の方向性を持つカデンツァ演奏(ともに自作と思われるが、聴き比べると少し異なっている。特に第3楽章カデンツァは方向性こそ似ているものの、細かい表情付けはかなり異なる演奏)を残している。ちなみに、聴衆がいる前での演奏とスタジオ録音の最大の違いは、協奏曲の場合カデンツァにあると言っても過言ではないだろう。カデンツァにはソリストによる聴衆に向けての腕の見せ所と言った側面が確かにあることを、このフィッシャーの録音からは明白に聴きとれるのである。
ただし、例えば第3楽章の冒頭など、腕の故障からなのか、若干技巧的に危うい場面も散見され、技巧面を含めた安定した演奏を聴きたいと考える方は、後年フィッシャーが指揮も兼ねて協奏曲第3番とともに録音したEMI盤の方を、聴いて欲しいと思う。このヨッフムとのライヴ録音は、フィッシャーがこの協奏曲の楽曲全体の構造をどう捉えたのかが分かり、さらに当時のヨーロッパにおけるベートーヴェンの演奏スタイルを髣髴させてくれる貴重な演奏記録であると言えるだろう。
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■ ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第8番『悲愴』
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こちらは、1952年11月23日の演奏であるが、ほぼ同時期にEMIにもスタジオ録音を残しているようだ。しっかりした造形で、かつ全体の流れも円滑であり、間違いなく立派な演奏ではあるが、当時の演奏に於けるいわば慣例のような、演奏者によるスコアのわずかな改変などがときおり確認され、さすがに過去の名演の一つとしての歴史的な存在価値を別とすれば、現在これに勝る演奏は客観的にはいくらでも存在すると思われる。とは言っても、第2楽章の演奏から聴きとれる深い感情表現などは、決して時代錯誤的なものではなく現代でも十分に通用する表情付けであり、同時にフィッシャーがこのソナタをどのように捉えていたのかが理解でき、残された録音の存在価値自体は不滅であると言えるだろう。
それにしても、後年腕を痛めたフィッシャーが、全盛時にピアノ・ソナタの録音をこの曲に限らずほとんど残していない上に、演奏記録を見ても、録音の存在が確認されるピアノ・ソナタは、確かわずか9曲程度に過ぎないのではないだろうか。全盛時にピアノ・ソナタ全曲録音を残しておいて欲しかったと思うものの、同時期に活躍したアルトゥール・シュナーベルによるピアノ・ソナタ全集録音が先行したためもあって、録音技術や世界情勢を含めた当時の環境を考えると、フィッシャーの録音が行われなかったのは、残念ではあるがやむを得なかったのだと諦めるしかない。
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■ ベートーヴェンの幻想曲作品77
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実はピアノ学習者の間では、今でも結構知られている曲であるし、以前はピアノ・リサイタルのプログラムに載ることも結構あった曲なのだが、近年は明らかに人気が落ち気味な曲であり、このところ目ぼしい録音も出てこないこともあり、結果的にリスナー専業の方にはほとんど知られていない楽曲となってしまっているため、ここでは詳細を割愛したいと思う。
ただ、この曲は冒頭からして、ちょっとベートーヴェンらしからぬ楽曲でもあるので、その点に興味を抱いた方はぜひ聴いて欲しいと、そのように思っている。フィッシャーはこの曲を結構愛好していたようでもあり、最近の新録音の少なさも相まって、今でもベートーヴェンの幻想曲の代表的な録音の一つとして、十分に評価すべきであると思っている。
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(2023年9月16日記す)
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