ヤナーチェクのオペラ『ブロウチェク氏の旅行』を紹介する

文:松本武巳さん

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CDジャケット

ヤナーチェク作曲
オペラ『ブロウチェク氏の旅行』全曲
指揮:イルジー・ビエロフラーヴェク
ヤン・ヴァツィーク、ペテル・ストラカ、ロマン・ヤナール、マリア・ハーン、ズデニェク・プレフ
BBC交響楽団
録音:2007年2月(ロンドン、バービカン・センター)
DG(国内盤UCCG-1398/9)

 

■ 当オペラについて

 

作曲 1908-17年
初演 1920年4月23日《プラハ国民劇場》
指揮 オタカール・ストルチル

第1部 ブロウチェク氏の月への旅行
第2部 ブロウチェク氏の15世紀への旅行
台本 スヴァトプルク・チェフの小説をもとに、主にヴィクトル・ディク、フランチシェク・セラフィン・プロハースカ、及びヤナーチェク自身による(チェコ語)
   
第1部 1888年のプラハと月の世界
第1幕 満月の夜,プラハのフラッチャニー城内にある居酒屋ヴィカールカと聖ヴィート大聖堂の前 --古い城の階段--月の世界の風景
第2幕 月の世界の芸術の殿堂---月の世界の旅行---再び地上の居酒屋ヴィカールカの前
   
第2部 15世紀(1420年)のプラハ
第1幕 王,ヴァーツラフ4世の宝庫---旧市街広場
第2幕 ドムシークの家---旧市街広場---居酒屋ヴィカールカの前
 

■ あらすじ
第1部 ブロウチェク氏の月への旅行

 

第1幕 第1場 (1888年。満月の夜、プラハ城内居酒屋ヴィカールカの前、聖ヴィート大聖堂と堂守の家が見える)

 マーリンカが居酒屋から飛び出してくると、マザルも出てくる。マーリンカはマザルが他の女と踊ったと言って怒っている。彼女はやけになってブロウチェク氏と結婚すると叫ぶ。マザルはマーリンカをからかってキスをする。ちょうど家から出てきた父親が、娘がマザルと一緒にいるのを見つけ引き離そうとする。そこへブロウチェク氏が登場する。ブロウチェク氏はかなり酔っぱらっており、マザルを見ると、家賃を払わないことに腹を立て、放り出すぞと脅し、マーリンカの前でファンチの仲について吹聴する。マザルはブロウチェク氏におじぎをし、「あなたは月から落ちてきたのか、苦労する人間をあざ笑っているように見える」と皮肉ってヴィカールカに入っていく。ヴィカールカの主人も、争いは月まで続くと冗談混じりに言う。マーリンカは自分をもらってくれる人は誰もいないと言って、ブロウチェク氏に自分と結婚してくれと迫ると、ブロウチェク氏は「月の上なら」と応える。ブロウチェク氏は城の階段の方へ歩いていく。マーリンカと堂守が続く。ヴィカールカの中で芸術家達が陽気に歌を歌っている。マーリンカと堂守があきらめて家に戻ってくる。そこへマザルがやってきてマーリンカを呼び出す。お互いの愛を歌い上げ闇に消える。ブロウチェク氏が壁に沿って出てくる。壁によじのぼり月に向かって語りかける。「月の世界には、苦難も心配事もない。税金も、新聞も、盗人も、破産も。そして議会も!」ブロウチェク氏の身体は、月へ向かって上ってゆく。

 

第1幕 第2場 (月世界の風景。鶏の足の上に建つ城)

 登場人物は、地上での人物にうりふたつ。ブロウチェク氏は気絶して倒れている。そこへ詩人の青空の君がペガサスに乗って飛んでくる。二人は顔を見合わせて驚く。それぞれ自分のことを語るがかみあわない。やがて青空の君は15年間も思いを寄せているエーテル姫への思いを歌うが、ブロウチェク氏は月の世界では子どもはどこからやってくるのかと問う。青空の君は怒ってしまう。そこに月森の君が娘のエーテル姫をつかまえるため、緑色の網を持って城へやってくる。エーテル姫も城の方から登場し歌と踊りを披露する。青空の君はブロウチェク氏に、エーテル姫に対して跪くように命ずるが従わず、エーテル姫に話しかける。その大胆さがエーテル姫の心を捉える。エーテル姫はブロウチェク氏への愛を歌い、月森の君と青空の君は慌てるが、エーテル姫はブロウチェク氏をペガサスの後ろにのせ、芸術の殿堂へと飛び去る。

 

第2幕 第1場 (月世界の芸術の殿堂。光り輝く星の形。前方に入り口の階段がある)

 中央に魔光大王が座っており、それぞれの分野の芸術家が周囲で仕事をしている。魔光大王と芸術家が芸術を讃える歌を歌う。そこへエーテル姫とブロウチェク氏がペガサスに乗ってくる。魔光大王は、ブロウチェク氏を見て隠れてしまうが、やがて彼を歓迎する。芸術家は音楽部門の竪琴弾の歌と踊り、詩の部門の朗読などを披露して歓迎するが、だんだん月世界がいやになってくる。神童が花の食事をブロウチェク氏にすすめると「私の鼻はもういっぱい」と応える。月世界では身体を口に出すのは御法度で、怒り出してしまう。そこに美術部門の麗虹の君が現れ、自分の絵をブロウチェク氏に見せようとする。ブロウチェク氏はソーセージをかじり出す。麗虹の君は、ブロウチェク氏が泣きだしたと勘違いして芸術家を呼び出すと、ブロウチェク氏がソーセージを食べていると分かり、気絶してしまう。エーテル姫を吹き飛ばし宴会のテーブルを投げ散らかし、ペガサスに乗って飛び去る。そこにエーテル姫を追って青空の君と月森の君が現れる。やがて竪琴弾きと音楽家も魔光大王の祝福に登場し、王座のまわりを歌いながら行進する。倒れていた芸術家も行列に加わり、芸術家の芸術を讃える合唱が続く中、舞台はやがて霧に包まれる。夜が明けると再び居酒屋ヴィカールカの前。ヴィカールカから芸術家がブロウチェク氏の棺を運んでゆく。マザルとマーリンカが残り、静かに幕を閉じる。

 

第2部 ブロウチェク氏の15世紀への旅行

 

第1幕 (王、ヴァーツラフ4世の宝庫)

 今夜もヴィカールカで酔っぱらったブロウチェク氏は夢を見て、プラハ城からヴルタヴァ川まで地下道でつながっている古い地下の宝物庫へ落ちる。ブロウチェク氏は助けを求め出口を探すが、旧市街広場が見えるドアの所に行き着くと、詩人スヴァトプルク・チェフが亡霊になって現れ、消えてゆく。時は1420年、フス教徒時代。ブロウチェク氏が旧市街広場に立っている。プラハは神聖ローマ帝国の王ジークムントが統治しており、プラハを包囲しフス教徒を撲滅させるために、決戦を交えようとしている。緊迫した空気の中、ブロウチェク氏は役人の尋問にあうが、スパイだと勘違いされる。役人は彼を市長のところへ連れていこうとするが、ブロウチェク氏は気絶する。そこに鐘つきのドムシークが現れて、ブロウチェク氏はトルコから来たので言葉と服装がおかしいのだと説明する。ブロウチェク氏はドムシークの家に連れて行かれる。武装したフス派の民衆が、声高らかに宗教歌「主の日が始まる」を歌いながら行進していく。

 

第2幕 (1420年7月14日朝。ドムシーク家の一室。市庁舎・旧市街広場・ティーン教会が見える)

 目覚めたブロウチェク氏は、1420年に来てしまったことを悩んでいる。フス派の軍隊なんかにかり出されたくないと騒いでいると、ドムシークが自分たちの仲間に加わるように服を着せようとする。外で民衆が神への祈りを捧げている。ドムシークの仲間が部屋に入ってくる。ヴァツェク、ミロスラフ、ヴォイタ、ドムシークの娘クンカである。ドムシークはブロウチェク氏を紹介する。一同は乾杯して政治論議になる。そこに学生が現れ志気を煽る。ブロウチェク氏は政治についての意見を問われると「どうでもいいし、戦争にも行かない」と答えて怒らせる。一同は人間として立ち上がれと叫び、ドムシークは武器を取るように命じ、次々に武器を手にして飛び出していく。後にはクンカとケドルタとブロウチェク氏だけが残る。「ターボル万歳、フス万歳」武装した民衆の叫び声が響く。フス派の指導者、ヤン・ジシュカの率いる解放部隊によって「汝ら神の戦士達よ」が合唱される。クンカは武器を取って飛び出していく。ケドルタは神に無事を祈り歌う。ブロウチェク氏は衣装を脱いで自分の服に着替えて部屋から出ていく。対照的に民衆の歌は盛り上がりを見せ、チェコの国の人々よ勇敢に立ち上がれ、と闘志を煽りながら歌い続ける。

 場面は旧市街広場の夕暮れ。勝利をおさめたジシュカ将軍と戦士達の凱旋。フス派教徒の司祭に勝利の祝福を受けるためティーン教会に入る。ブロウチェク氏が、ドムシークの家から出てアーケードの下に隠れるが、ターボル派の兵隊に見つかってしまい、武器はどこか問いただされる。ブロウチェク氏はでまかせを言う。けれどもブロウチェク氏の嘘に腹を立て、嘘つきの臆病者と非難し裁判にかけようとする。そこにクンカが現れる。ペトゥシークは父親のドムシークが戦死したことを伝えると、クンカは父を悼む美しいアリアを歌う。ペトゥシークは、ブロウチェク氏が「自分は味方だ。プラハの住人でもないし、フス派でもない」と言っているのを見たと証言する。ブロウチェク氏は裁判にかけられ死刑の判決を受ける。民衆は樽の中へブロウチェク氏を押し込めて火をつける。燃え上がった火がだんだん小さくなり、場面は居酒屋のヴィカールカに戻る。火は店主ヴュルフルの持っているろうそくになっている。ブロウチェク氏は、居酒屋ヴィカールカに置いてある樽の中で酔っぱらって寝てしまい、夢を見ていたのである。

(このあらすじの作成は、当然ながら総譜を基本としつつ、筆者のチェコ語能力も勘案し、結果としてヤナーチェク友の会に多くを拠っていることを、御礼とともに予めお断り申し上げます。また、登場人物等の固有名詞の表記に関しては、私見を差し控え、ヤナーチェク友の会に従いました。)

 

■ ごく簡単な一般的な感想

 

 まず、このヤナーチェクのオペラは、第1部と第2部の間に、果たして明確な関連性があるのかどうか、と言うことが言えるでしょう。第1部は、SFファンタジーとも、コミックオペラとも言える内容ですので、誰にでも楽しめるオペラだと思います。しかも内容がなんと『月旅行』であるとは、ヤナーチェクの5作目のオペラは、史上初?のSFオペラだと言えるでしょう。このような楽しみ方も可能な、当オペラの第1部ですし、実際に気軽に聴いても楽しめる内容であることは、間違いありません。

 問題は、やはり第2部でしょう。こちらは、チェコお得意の、フス教徒の世界に立ち入ることになってしまいます。この点で、スメタナの「わが祖国」とも共通する内容になっていますが、フス教徒の問題に対する理解は、われわれ外国人にはきわめて厳しい内容で困難であると言えるでしょう。かつヤナーチェク自身が、このオペラに関して残した文章から判断しますと、当オペラの重心は、実は第2部に置かれているようですが、キリスト教をとりあえず切り離して考えたとしてもなお、チェコ人以外には理解が非常に困難な、民族の歴史本体に絡む微妙な側面が多々あり、われわれにはとても辛いものがあります。

 しかし、そんな問題を抜きにして、ヤナーチェクが書き残した、もっとも親しみやすい楽しい音楽が、少なくとも第1部に関しては流れてきますので、一聴をお奨めする次第です。過去に、ノイマン指揮のスプラフォンによるステレオ初期の録音や、カイルベルト指揮のバイエルン歌劇場での歴史的ライヴ録音等が存在しますが、このビエロフラーヴェクのCDが、今までで最も完成度が高い当オペラの録音であるように思います。かつてDECCAに集中的に録音を残した、マッケラスとウィーンフィルのコンビが、当オペラを録音しておらず、その意味でも今回のビエロフラーヴェクの録音は、貴重なCDだと思います。

 

■ 12月6日に東京交響楽団により日本初演(予定)

 

 なお、東京交響楽団第573回定期演奏会(12月6日18時、サントリーホール)に於いて、飯森範親指揮により、当オペラの日本初演が行われます。セミ・ステージ形式でチェコ語での上演です。こちらも、今からとても楽しみにしているところです。

(2009年8月2日、チェコ・ブルノ市内で記す)

 

2009年8月6日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記