2人の同世代日本人女性による《ショパンのバラード全集》聴き比べ

文:松本武巳さん

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ショパン作曲

  • バラード第1番ト短調 作品23
  • バラード第2番ヘ長調 作品38
  • バラード第3番変イ長調 作品47
  • バラード第4番へ短調 作品52

1.

仲道郁代(ピアノ)
録音:1990年4月25‐27日、松本市「ザ・ハーモニーホール」
BMG(国内盤 BVCC-18)

 
CDジャケット
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CDジャケット表
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2.

小山実稚恵(ピアノ)
録音:2005年3月29日‐4月1日、さいたま市「彩の国さいたま芸術劇場」
ソニー(国内盤 SICC-10028)

 
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■ 執筆の動機

 

 伊東さんが頻繁に取り上げられておられる二人の女流ピアニストは、私にとっても同世代の輝けるスターピアニストであり、高校生のころから意識し続けている存在でもある。お二人がそれぞれの道を歩みつつ、かつて日本人ピアニストがほとんど構築してこなかった方法で、それぞれがすばらしい現在の地位を築き上げておられる。このことを心から祝福しつつ、ここで折角の機会を利用して、お二人の演奏を聴き比べてみたいと思う。お二人はまったく異なるアプローチを見せつつも、きわめて近似した演奏を作り上げた部分も結果的に同居しており、この聴き比べは実に楽しい作業であった。

 

■ まずは公表されたプロフィールから

 

 実は小山さんは私と同い年である。一方の仲道さんは、伊東さんの一つ年下であり、要するに両者は同年代に属し、かつ二人を応援している私と伊東さん(2人は2歳違いである)とも年代層が重なっている、このことはいわゆる『ジェネレーション・ギャップ』が起こりえないことを表している。なおお二人ともに、生まれは宮城県である。小山さんはいわゆる芸大系であり、仲道さんは桐朋系である。当時の演奏家の紹介をする場合に、詳細は省略するがこの系列に関して無視し得ない部分もあるので、ここでも紹介しておくことにする。また、小山さんは海外への留学経験をまったく有していない。一方の仲道さんは桐朋の大学を中退し、ミュンヘンで音楽教育の最終部分を学ばれた。海外でのコンクール歴は小山さんがチャイコフスキーとショパンの両コンクールに入賞、一方の仲道さんはエリザベートとジュネーヴの両コンクールに入賞されている。

 ちなみに個人的には、小山さんのお名前は私の中学生時代(小山さんも中学生)から知っており、仲道さんのお名前は高校を卒業する少し前(仲道さんは中学生)に知ることになった。しかしピアノを学習途上のかなり若い時代から、両者ともに知る人ぞ知る存在であった。そしてお二人ともに現在の地位を築き上げられたことは脅威でもある。二人はともに同年代を牽引し続けるスターでもある。

 

■ バラード全曲の比較試聴記

 

 仲道さんの演奏は、細部を突き詰める前に、もともと感性で捉えていた表情や表現を、最終的な演奏に意外なほどそのまま残されていることを痛感する。そのために、全体の構成や細部の技術的な問題点を若干残したままになっていると思われる。ところが、当初の感性を維持しているためであろうか、4曲を通して聴いてみると、最初に個々の曲に感じていたわずかな不満が消し飛んでしまうのだ。明らかに、全体を通して聴いて欲しいと彼女が念願した演奏であり、聴き手も4曲を通して聴くほうが大きな感動を得られることになると思う。

 一方の小山さんの演奏は、感情を排して楽譜を見つめた成果をまずきちんと挙げてから、実際の演奏を練り上げているのが理解できる。したがって、多分楽曲の各々の部分から感じ取られる感情をわずかではあるが犠牲にしてでも、まず全体の構成を構築した上で演奏していると思われる。ところが、細部を突き詰めてから全体の流れを完成させたためか、結果としては1曲1曲を取り出した場合における曲ごとの完成度は、仲道さんよりも高いと言える。そして全体を貫く高度の意志も聴き手に伝わってくるために、万人に広く受け入れられる側面を同時に持ち合わせた演奏となっているのだ。

 結果的に、仲道さんは元来アイドル的な売出し方をされたにもかかわらず強い支持者を持つタイプの演奏家(裏を返せば好悪が分かれる危険性がある)であり、小山さんは、良い意味での教科書としても用いられるタイプの演奏家として、それぞれの確固たる地位を築き上げたと言えるだろう。

 

■ 意外な共通点

 

 上記のように、異なるアプローチを取りながら、実は実際の演奏時間を比較してみると驚く事実に行き着くのである。バラード第1番は4秒違い(小山さんの方が遅い)、第2番は9秒違い(仲道さんの方が遅い)、第3番は4秒違い(小山さんの方が遅い)、さすがに第4番は曲の元々の構成自体が極めて自由に書かれているためか、仲道さんの方が40秒以上遅い(まさに彼女が感性を大事に弾ききった結果がここにも表れているとも言えよう)が、この演奏時間の近似こそが、お二人が同世代の日本人である証しだと、私は信じているのである。良いか悪いかを超越した、人種・性別・文化等々のお互いに意識することもないであろうが、本質的に共有しているものがまだまだ世代間で存在しうる最後の世代であるのだろうと、私は思うのである。

 こじつけかも知れないが、両者のオリジナルジャケットの裏表紙の写真をご覧頂きたい。お二人は表情こそ大きく異なれど、目を瞑った写真なのである。それぞれ一体何を瞑想しているのであろうか。しかし、両者の特質が実に良く表れた裏表紙だと私は内心思っている。

 

■ お二人のプログラミング等々

 

 仲道さんがデビューから約10年経った1990年に、サントリーホールでリサイタルを挙行し、この全容はレーザーディスクでも発売されたが、なぜかDVD化されておらず、現在は入手困難となっている。今回試聴したCDは時期を接した録音である。一方の小山さんは20周年を記念したコンサートを、やはりサントリーホールで挙行した。今回のCDはやはり時期を接した録音である。そして両者ともにショパンのバラード全曲をメインプログラムの一つに据えたのである。不思議なことと言えるのではないだろうか?

 

■ 最後に思うこと

 

 仲道さんの本質は、その音楽への共鳴度の深さを聴き手にも実感させることであろう。しかしテクニックのみを捉えれば、演奏にのめり込む場合も散見されるためか、若干危ういものがあるのも事実である。実際に彼女の初見演奏能力を疑う部分すら時にはある。しかし、かつての日本人には存在しなかったパッションを痛感させるピアニストであり、ホールにいる聴衆を巻き込む能力は並外れている。ちなみに、かつて彼女が18歳で日本音楽コンクールを制覇した直後の《音楽の友》誌の表紙を飾った写真は、語り草になっているほどの《美少女》であった。

 一方の小山さんの本質は、どこまでも理論的に突き詰めた結果としての演奏であり、その考え抜かれた深さを、良い意味で痛感させつつ、しかしながら実際に聴いている聴衆には、音楽の進行上きわめて滑らかに流れる心地良さを感じさせる能力をも持ち合わせている。若い当時の彼女は、まるで学究肌を丸出しにした側面を感じさせる時もあったのだが、その反面として譜読みが若干甘かった場合とかは、実は演奏が崩壊することもごくまれではあるが存在していた。しかし年齢とともに演奏される実際の音楽の内容も、そして演奏者の見た目もともに年々美しくなられており、違った意味で脅威であり、そして輝いておられるのである。

 お二人がまだ10代であったころの私の内心を白状すると、仲道さんは《アイドル》、小山さんは《女ブレンデル》であったのだ。悪い意味で用いていないことは理解していただけると思う。また現時点では、私にとってお二人とも《同世代の憧れ美人ピアニスト》である。いつまでも輝いていて欲しいと念願してやまない。

(2007年4月1日記す)

 

2007年4月3日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記