ドラティの指揮でリストの大作オラトリオ「キリスト」を聴く

文:松本武巳さん

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CDジャケット

リスト
オラトリオ「キリスト」
アンタル・ドラティ指揮
ハンガリー国立管弦楽団
ハンガリー・ラジオ・テレヴィジョン合唱団
キンチェシュ(S)、タカーチ(A)、ナジ(T)、ショーヨム=ナジ(Br)、ポルガール(Br)
録音:1985年頃(1986年5月初出)、ハンガリー・ブダペスト
Hungaroton(輸入盤 HCD12831-33)

 

■ リスト没後100周年記念盤として発売

 

  日本でも日本コロンビアから、リスト没後100周年記念シリーズの1巻として、日本語対訳付きの3枚組CDとして、海外とほぼ同時に発売された経緯があるオラトリオである。この曲の全曲盤ディスクは、実はそれなりに存在しているのだが、日本人にとってはあまり縁のない、かつ長大な楽曲であるのかもしれない。しかし、宗教的知識を抜きに聴いたとしても全編が非常に美しい音楽であるので、確かに3時間もかかるオラトリオではあるが、ぜひ紹介したいと思う。

 なお、本質的にはカトリックの宗教音楽ではあるが、プロテスタント団体による録音も存在しており、例えばヘルムート・リリングによる名盤なども存在していることを冒頭に付け加えておきたい。さらに、実はヴァイマールのプロテスタント教会で初演されたなどという経緯すらあるのである。つまり、カトリックの教義抜きに音楽自体に浸ることが可能な、たいへん優れた音楽であるのだ。

 

■ 名指揮者ドラティの祖国での録音

 ドラティ自身は、1906年にブダペストで生まれたのだが、1940年にはアメリカに移住し、1947年にアメリカに帰化しているので、彼自身はいわゆる第二次大戦後のハンガリー共産化に伴う亡命者ではない。そうは言っても、共産国家時代のハンガリーでの活動は非常に少なく、当録音も珍しい部類に入ると言って良いだろう。オール・ハンガリーのメンバーで固めた演奏であり、初めてデジタル録音にて収録されたドラティ晩年の、生地における隠れた当曲の名録音であると言えるだろう。

 

■ 楽曲の簡単な紹介

 

 オラトリオ「キリスト」は、リストが作曲した3つのオラトリオのうち2作目の作品で、1866年に完成した、リスト晩年の畢生の大作である。聖書を原典としてキリストの誕生から受難、復活までを描いている。テキストは聖書とカトリックの典礼をもとにしている。ローマ滞在中の作曲で、少なくとも5つのグレゴリオ聖歌が使われているうえに、教会旋法を用いた作曲も多用されている。1872年に出版され、1873年5月29日にヴァイマールにてリスト自身の指揮で初演された。初演にはワーグナーも立ち会った記録が残っている。全体は3部からなり、演奏時間は3時間に近い大曲である。全曲の構成は以下の通りである。

第1部《クリスマス・オラトリオ》
第1曲 序奏
第2曲 パストラーレと受胎告知
第3曲 輝かしき聖母は佇み
第4曲 飼い葉桶の羊飼いの歌
第5曲 東方三博士
第2部《公現の後で》
第6曲 真福八端
第7曲 主の祈り
第8曲 教会の創立
第9曲 奇蹟
第10曲 エルサレムへの入場
第3部《受難と復活》
第11曲 我が魂は憂い
第12曲 悲しみの聖母は佇み
第13曲 おのこよ、おみなよ
第14曲 復活

 

■ ドラティ指揮による名盤の概要

 

 室内楽的な響きに覆われた、とても落ち着いた雰囲気で進行する非常に美しい仕上がりとなっていることが、このディスクの最大の美点であろうと思われる。本来オラトリオはオペラのようにナンバーで進行する関係もあって、どうしてもナンバーごとにソリストが活躍を見せる場面が目立つものであるが、オラトリオ「キリスト」にはそもそもオペラ的な要素が比較的少ないこともあって、このドラティ指揮の演奏だと、まさに教会で演奏され教会内で聴くのに相応しい、荘厳かつ落ち着いた雰囲気に溢れている。しかし、一聴しただけの場合には、どちらかというと管弦楽と合唱を中心に全体が進行していくためか、さほど宗教音楽的な要素に溢れておらず、むしろリスト特有の交響詩的な要素もあり、非常に美しく聴きやすい音楽に仕上がっていると言えるだろう。

 

■ 残念ながら滅多に聴く機会のないオラトリオ

 

 これだけの大作でありながら、作曲後現代に至るまで、一般的なコンサートのレパートリーとしては、祖国ハンガリーを含めても定着しなかった、とても残念な名曲である。世界中を見渡しても2,3年に一度程度しか演奏されていないようである。しかし、リスト自身が「私の音楽における遺書」であると語ったように、リスト自身が、このオラトリオを作曲する時点までの人生の総決算として、本腰を入れて臨んだ作品であることは確かである。もう少し演奏機会が多くなることを念願してやまない。忘れ去るにはあまりにも惜しい、実に美しい音楽であると信じている。

 

(2018年12月5日、前夜祭として記す)

 

2018年12月5日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記