レスリー・ハワードで「ダンテを読んで」の作曲過程を聴き比べる

文:松本武巳さん

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CDジャケット
ジャケット写真は、輸入盤CDA67233/4(初出CD)

リスト

  • 『ダンテの神曲のパラリポムネス(補遺)』(初版)S.158a
  • 『ダンテの神曲のプロレゴムネス(序章)』(第2版)S.158b
  • ソナタ風幻想曲『ダンテを読んで』(第3版)S.158c
  • 巡礼の年第2年「イタリア」より第7曲『ダンテを読んで』(最終稿)S.161/7

レスリー・ハワード(ピアノ)
録音:1996,1997年他(全集全体は1987-2009年録音)
Hyperion (輸入盤 CDS44501)99枚組
(初版と第2版はDISC80,第3版はDISC81,最終稿はDISC10所収)

  ■ レスリー・ハワードの偉業
 

 レスリー・ハワードは1948年にオーストラリアのメルボルンで生まれた現役のピアニストで、リストの未出版の楽譜や手書きの草稿まで含めたピアノ作品の完全全集を録音した。実に99枚組の大全集、演奏時間にしてなんと7320分!これを単独のピアニストによって完成させたのである。私は発売当初から20数枚をフルプライス盤で購入してきたが、さすがに途中で諦め、完全全集の完成を待ったのである。ジャケット写真は、当全集のVOLUME51としてダンテソナタの初版から第3版までを収録した、初出時のディスクのジャケット写真であるが、完全全集ではそのままDISC80と81に引き継がれている。もちろん、最終稿は、巡礼の年第2年全曲盤として、通常の形で世に出た。
 ここでハワードは、手書きの草稿や未出版の作品も、自身で整理整頓して、これらも全て録音しているのだ。そのため、史上初の全集と銘打って発売された、60年代末のフランス・クリダ女史のLPは24枚組であったが、今回の全集はCD99枚組となり、一気に膨れ上がったのである。ちなみに、フランス・クリダの偉業も、フランス国内盤でCD化されており、こちらは14枚組である。まさに驚異的な偉業である。

  ■ 作り直しはリストの癖ではあるが・・・
 

 リストは一度手がけた作品を一旦放置し、しばらく経ってから再び加筆し、さらに寝かせた後に完成させると言う作曲手法を多用しており、結果的に同じ曲の複数の版が存在していることが非常に多い。その中には自身の管弦楽曲をピアノ曲にしたり、決して同時代の他人の作品だけをピアノ曲化する癖があったわけではない。たとえば、巡礼の年第2年「イタリア」は終曲『ダンテを読んで』の前に、3曲のペトラルカのソネットが置かれているが、こちらもそもそも最初は歌曲として作曲されたものであり、歌曲集の方でも、フィッシャー=ディースカウがバレンボイムのピアノ伴奏で歌った名盤が残されている。3枚組セットの最後に収録されているので、興味があれば聴き比べると面白いだろう。ここでバレンボイムは、歌曲の伴奏とピアノのソロ作品の両方を手掛けているので、相変わらず流石バレンボイムと言うか、二刀流の本領を発揮している。(ただし、1枚のディスクにはなっていないのが、多少残念である)

 

■ 全然地獄落ちの恐怖を感じない初版(1839年)

 

 20分を超える大曲で、全体の構成もすでに最終稿とほとんど同じであるが、全体的にたいそう大人しい楽曲であり、凡そ地獄に落ちる恐怖心などは感じない。現代風に言えば、この初版は素材をきちんとまとめておいた草稿であり、後日リストは手を加える意思があったのは間違いないだろうと考えられる、まさに未完の草稿に近い作品である。

 

■ 少々恐怖心を煽るような曲に進化した第2版(1840年)

   初版に比べて、一気に完成度が向上してきたが、この第2版で使われている素材が「ダンテを読んで」ではない別の楽曲に転用されたものもあり、それ故演奏時間はやはり20分を超えている。ただ、全体の構築性がかなり高まっており、凡庸な作曲家であったなら、これが最終稿として十分に通用するレベルにすでに至っているところが、さすがリストと言えるのではないだろうか。
 

■ タイトルも現在と同じになった第3版(184?年)

 

 実は第2版と第3版の間に、1841年に断片のみ残された「ハ長調のアダージョ」が存在しているが、まさに断片であるので、ここでは完成年こそ不明だがタイトルが最終稿と同じ「ダンテを読んで」となった最初の稿を第3版としている。18分程度の楽曲であり、ほとんど最終稿と同じ楽曲構成となっている。ただ、迫力や恐怖心の面では、むしろ第2版よりも若干後退しており、ロマン派本流の音楽として捉えるなら良い出来になったが、リストはこれに満足せず、最終稿の完成に向けて第2版と第3版の良いところを集めて、ついに最終稿の完成に至るのである。

 

■ われわれの知る巡礼の年の最終曲である最終稿(1849年)

 

 この楽曲へのコメントはここでは控えておきたいと思う。リストの巡礼の年第2年「イタリア」は、ピアノ弾きにとってはかなりの人気曲であるが、第7曲「ダンテを読んで」は単独で、音楽大学の学内の試験や、コンクールでの自由曲として好んで弾かれている。非常に技巧的な楽曲でありながら、とても聴き映えのする曲でもあるため、近年ではアマチュアのコンクールでも、本選辺りでこの曲を取り上げるコンテスタントが急増している、そんな状況である。

 

■ 再び、レスリー・ハワードの偉業

 

 このレスリー・ハワードの全集は、空前絶後である上に、リストが楽曲を創作していく過程を、段階ごとに余すところなく表している全集でもある。研究を志す者にとっても、楽曲を弾こうとする者にとっても、この全集は宝物となるであろう。しかし、良くもまあ、リストの膨大な作品全体を、散逸した草稿まで探し求めて完成させたと思われるが、実はハワードはそもそもの本業が音楽学の研究者なのである。たまたまピアノの技巧も非常に優れていたハワードは、自身の研究成果を、通常の研究者が論文の発表で示すように、次々と自身の研究成果を録音していき、遂に99枚もの膨大な全集完成に至ったのである。後世のためになる有意な研究成果であったと思うが、それにしても凄いことだとつくづく感心してしまう。

 

(2016年10月26日記す)

 

2016年10月27日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記