ジャン=カルロ・メノッティのオペラ「アマールと夜の訪問者たち」を聴く

文:松本武巳さん

ホームページ What's New? 旧What's New?
「音を学び楽しむ、わが生涯より」インデックスページ


 

 

ジャン=カルロ・メノッティ
歌劇「アマールと夜の訪問者たち」

CDジャケット

トマス・シッパーズ指揮
スタジオ・オーケストラ、合唱団
録音:1951年12月24日、ニューヨーク、NBCスタジオ
NAXOS(輸入盤 8111364)

CDジャケット

デイヴィッド・シロス指揮
コヴェントガーデン歌劇場管弦楽団、合唱団
録音:1986年12月21日、ロンドン、The Sadler's Wells Theatre
MCA(アメリカ盤 MCAD6218)

CDジャケット

アラスティア・ウィリス指揮
ナッシュヴィル交響楽団、合唱団他
録音:2006年12月、アメリカ、テネシー州ナッシュヴィル
NAXOS(輸入盤 8669019)

 

■ 子どものためのクリスマスオペラ

 

 1951年12月24日、ニューヨークのNBCスタジオにてテレビ放送を前提に作曲され、初演されたオペラである。ホールマーク・ホール・オブ・フェイムの第1回の放送演目でもあった。テレビ向けに特化されたオペラとして、アメリカに留まらずたぶん世界で最初に作られたオペラ作品である。現在でも、全1幕のオペラで、テレビ放送の時間内(1時間以内)に収まることもあって、広くクリスマスもののオペラの定番になっており、著名なフンパーディンクの「ヘンゼルとグレーテル」の上演回数に迫っている、20世紀作品としては異例の人気演目に成長している。

 

■ ジャン=カルロ・メノッティについて

 アメリカの現代作曲家メノッティは、1911年イタリア北部ロンバルディア州に生まれ、2007年モンテカルロで没した現代の作曲家である。トスカニーニの紹介でアメリカに渡り、晩年はスコットランドに移り住んでいる。アメリカ渡航後に在籍したフィラデルフィアのカーティス音楽院では、バーンスタインやサミュエル・バーバーと同級生であり、バーバーとはその後長くパートナーの関係を続けた。関係を清算した後は、今度は初演を指揮したトマス・シッパーズと同様の関係を構築した。生涯を通じて多くの1幕オペラを書き残し、現代の作曲家の作品としては、例外的に多くの作品が生き残り親しまれていると言えるだろう。
 

■ オペラのあらすじ(Wikipediaより引用)

 

とき:紀元1世紀
ところ:ベツレヘム近郊

 肢体不自由の少年アマールは愉快で優しい心根の子どもだったが、ほら話をするのが大好きという困った一面も持っていた。ある夜「お母さん! うちの窓をびっちり覆うくらい大きな星が出ているよ!」と言い出した彼の話を、母親は全く信じない。その夜遅く、ドアをノックする音に母は「出て行って誰だか見ておいで」とアマールに頼む。少年が戸口に見たものは、なんと立派な身なりの3人の王様(新約聖書に出て来る「東方の三博士」)。王たちがアマールと母に告げたのは「すばらしい子どもに貢ぎ物を捧げるため、もう長いこと旅を続けている。ここでしばらく休ませてもらえないか。」という話。母は村人たちの手を借り、一行に食べ物を施し座興を催す。

 夜も更けて、母は我が子が乞食にならずに済むのならと、どこぞの子にやってしまうという黄金に手を伸ばし、王の従者に見とがめられる。「お母さんをぶたないで!」と母をかばうアマール。「母よ、これはあなたがとっておきなさい。私たちの聖なるみどりごは、神の国を作るために黄金など使う必要は無いのです。」とメルヒォール王は言う。母は「そのみどりごに何一つ贈り物を捧げる事ができない」と嘆いている。だが、「僕にはこの松葉杖がある。おかあさん、これをあげようよ!」とアマールが杖を差し出すと、少年の脚は癒えたのだった。アマールはその救い主に会うために、3人の王様とともに至福の旅へと出かけていく。

 

■ アマール役のボーイソプラノについて

 

 日本でも今や各地で演奏されている人気演目になっているのだが、実はアマール役として本来ボーイソプラノがあてがわれている。ところが、たとえ聴きやすく分かりやすいオペラだとは言っても、やはり20世紀の音楽技法で作曲された現代のオペラ作品であり、少年が歌うには相当の困難が付き纏うと言わざるを得ない。そのため日本での上演の多くは、実際にはソプラノ歌手によりアマール役が歌われているのである。たぶん、海外でも似たような状況であろうと推測される。

 同様の例として、あの有名な『マーラー交響曲第4番』の終楽章が挙げられるだろう。こちらもボーイソプラノが歌うには少々荷が重く、例えばバーンスタインがドイツグラモフォンに再録音を行ったディスクでは、思い切ってボーイソプラノに歌わせているものの、録音史としては貴重なディスクであるとはいえ、現実にはやはり歌い切れていないのが実情であると言えるだろう。

 

■ 3枚のディスクについて

 

 1枚目のディスクは、1951年初演時の貴重な演奏記録である。その意味で非常に貴重な録音であるし、この演奏にはテレビ放送に用いた映像の方も実は残されているのだ。2枚目のディスクは、ロンドンのコヴェントガーデン歌劇場のメンバーを使って1980年代半ばになってから演奏された記録である。そして3枚目のディスクは、21世紀に入ってからアメリカでNAXOSによって新たに録音された、音質がとても優れたディスクである。

 このようなクリスマスを祝う子ども用のオペラ作品であっても、作曲者の出自イタリア・ミラノと、初演の地アメリカ・ニューヨークと、そしてイギリス・ロンドンでは、各々のキリスト教自体の解釈がそもそも異なっているのか、キリスト教とは一般的にさらに距離があると思われる日本人でも、聴いているだけで演奏者の微妙な理屈を超えた視点の違いが、まさに何となくその微妙な違いが、難しい宗教曲の演奏から学ぶ以上に、これらの録音からストレートに体感できるように思うところがあるのだ。

 この3枚のディスクを気楽に聴くだけでも、そんな雰囲気が醸し出されていることがなんとなく分かってしまうように思われる。すなわち、宗教が信仰本体とほぼ完全に切り離された形であっても、信仰心を一切有さないと信じている多くの現代人の人生や国民性までも左右するような、見えざる大きな力を有しているのだと言うことを、大人に対して考えさせてくれるディスクであると言えるだろう。このような観点からも、このオペラは子どもと一緒に大人にもぜひ聴いてほしいと念願するのである。

 

(2018年12月24日記す)

 

2018年12月28日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記