ジョン・アダムズのオペラ「中国のニクソン」を紹介する

文:松本武巳さん

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ジョン・アダムズ
オペラ「中国のニクソン」

CDジャケット
CDジャケット

エド・デ・ワールト指揮
セントルークス管弦楽団・合唱団
録音:1987年12月、アメリカ・ニューヨーク
Nonesuch(輸入盤 7599-79177-2)

CDジャケット
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マリン・オールソップ指揮
コロラド交響楽団、オペラコロラド合唱団
録音:2008年6月6-14日、アメリカ・コロラド州デンヴァー
NAXOS(輸入盤 8.669022-24)

DVDジャケット
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ジョン・アダムズ指揮
メトロポリタン歌劇場管弦楽団・合唱団・バレエ団
収録:2011年2月12日、アメリカ・ニューヨーク
Nonesuch(輸入盤 7559-79608-8),DVD

 

■ 作曲の経緯

 

 1972年2月のアメリカ大統領ニクソンの歴史的訪中を題材として、1982年に着想され、1987年に完成し初演された全3幕のオペラである。1987年10月22日にヒューストンで初演された。ここでは、その直後のスタジオ録音であるエド・デ・ワールト指揮のディスクと、近年ナクソスから発売された著名な女性指揮者オールソップ指揮のディスク、さらにはメトロポリタン歌劇場で上演された映像ディスクを紹介したいと思う。

 

■ 主なキャスト

リチャード・ニクソン(バリトン)
パット・ニクソン(ソプラノ)
周恩来(バリトン)
毛沢東(テノール)
ヘンリー・キッシンジャー(バス)
江青(ソプラノ)
第一秘書(メゾソプラノ)
第二秘書(メゾソプラノ)
第三秘書(メゾソプラノ)
ダンサー
市民軍
北京市民
 

■ オペラの筋書き

   オペラは、大統領専用機が北京郊外の空港に到着する場面から始まる。次の場面は毛沢東の書斎であり、祝宴の場で第一幕を閉じる。

 第二幕はパット・ニクソンが市内観光をする場面から始まるが、中国現代バレエの場面などは、映像で見たいとどうしても思ってしまう。この場は、江青女史の独白で終わる。

 第三幕は、ニクソンの北京滞在最後の夜で、ニクソン夫妻、毛沢東と江青夫妻、周恩来の寝床での回想シーンである。

 ところで、キッシンジャーと江青女史は、とことん間抜けな役どころとして取り扱われ、一方毛沢東はハイ・テノールで大活躍を見せている。なお、このオペラは、現時点でも中国では依然として上演禁止であるようだ。
 

■ 作曲家ジョン・アダムズについて

   1947年アメリカ合衆国生まれ。ミニマルミュージックを提唱する、アメリカ在住の作曲家。マサチューセッツ州に生まれ、ハーヴァード大学を卒業後、カリフォルニア州に移住。現在も活動中の現役作曲家である。なお、この中国のニクソンは、フィンランド語、ドイツ語での訳詞上演も行われており、存命中の作曲家によるオペラとしては、きわめて上演数の多い作品と言えるだろう。なお、ドイツ語による上演(ビュルツブルク歌劇場)を手がけている演出家は、若手日本人演出家である。

 また、メトロポリタン歌劇場でも上演され、この上演はライヴビューイングで配信され(2010-2011)、その後冒頭に紹介しているとおり、現在はDVDやBlu-rayにて発売されているのだ。さらに当映像の指揮は、作曲者ジョン・アダムズ自身が務めているうえに、劇中の中国現代バレエを踊っているのは、二人の日本人ダンサーなのである。他に、近年に限ってみても、カナダのトロント、ドイツのビュルツブルク、フィンランドのタンペレ、さらにサンフランシスコやパリなどでも上演されており、間違いなく現代オペラの人気演目となっていると言えるだろう。
 

■ 3種類のディスクの寸評

 

 エド・デ・ワールトのディスクは、世界初録音のディスクだけあって、演奏者全体に気合が漲っているものの、指揮者と合唱団の間には少々齟齬又は意思の疎通の問題があったように思えてならない。しかし、ソリストたちの技量を含めて、この初録音のディスクの名誉を汚すような大きな問題ではないと思われる。

 女流指揮者オールソップのナクソス盤が、私にとっては総合的にみて最も優れたディスクであると考える。オペラの場面場面の切り替えともうまく連動させている、そんな指揮者の力量も随所に感じ取れ、録音も非常に聴きやすい上に発売当初から廉価盤でもある。このナクソス盤は名盤の類に入れて良いと思われる。

 メットのライヴビューイングをもとに発売された、作曲者自身の指揮による映像ディスクは、視覚的要素を兼ねることもあって、初めて聴く方には絶対的にお勧めできるディスクであると思われる。ただ当該ディスクは、作曲者の指揮能力の問題なのか、あるいは作曲者からの指示が演奏者に伝わりきらないのか、さらには作曲者の意向が演奏者に理解し得ない部分があるのか、やや隔靴掻痒ともいえる煮え切らないところが散見される。しかし、映像の視覚的な威力は当該オペラのような作品の場合、特に顕著であるので、やはり最大のお勧めディスクであると言えるだろう。

■ 最後に

 

 初演当時は、専門家による評価が大きく割れており、むしろ否定的な評価の方が多かったと言えるだろう。このような作品は、後世に絶対に残らない作品であると公言した評論家までいたのである。ところが、その後徐々に公演回数が増えていき、特にこの10年ほどはかなりの人気演目として、新演出であるとか、上演現地の言語での翻訳公演まで現れている、そんな人気ぶりなのである。

 専門家による当初のやや否定的な評価を覆したのは、明らかに世評であるだろうが、そこにはミニマルミュージックという先入観にとらわれない現代の聴衆の力だけでなく、一方ではジョン・アダムズの作品としてはけっこう分かりやすい音楽であったことと、さらには題材として取り上げられた事象が、現代人にとってあまりにも著名な歴史的事象であったことなども、作品の評価をあげることに寄与していたと思われるのである。

 

(2018年11月23日記す)

 

2018年11月23日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記