ネヴィル・マリナーとカペレの初顔合わせを聴く‐マリナー追悼を兼ねて
文:松本武巳さん
LP CD
- チャイコフスキー:イタリア奇想曲
- グリンカ:スペイン序曲第1番「ホタ・アラゴネーザ」
- シャブリエ:狂詩曲「スペイン」
- ラヴェル:「ボレロ」
ネヴィル・マリナー指揮シュターツカペレ・ドレスデン
録音:1982年6月29日-7月1日(ドレスデン、ルカ教会)
ETERNA(旧東ドイツ盤LP 729 264)現役国内盤CDは左のジャケットで出ている。
DECCA(国内盤 UCCD2250)■ マリナー追悼
ネヴィル・マリナー(1924.4.15-2016.10.2)が先般亡くなった。個人的には特別な感慨は、実はほとんど持っていない指揮者であった。私にとって指揮者マリナーとは、まず第1に、ピアニストのサンソン・フランソワと同い年(1924-1970)であったこと、第2にブレンデルのモーツァルト・ピアノ協奏曲全集の伴奏を担当した指揮者であったこと、そして映画「アマデウス」における音楽担当、こんなところである。とはいえ、膨大な録音を残したマリナーについて、自分なりに何か追悼文を書こうとして考えていたところ、このディスクが目に留まったのである。
■ 謎の録音
1982年、まだドップリと東側の停滞感の中でもがいていた当時のシュターツカペレ・ドレスデンが、マリナーとの初共演盤として突如発売されたのが、この摩訶不思議なアルバムであった。
イタリア奇想曲、ホタ・アラゴネーザ、狂詩曲スペイン、ボレロと言えば、一般に何を連想されるであろうか?まさか、ここで旧東側の地方都市で、未だゼンパーオパーが復興前であった、シュターツカペレ・ドレスデンを思い起こす人はいないであろう。
どうやったら、こんなアルバムが企画され、無事に録音されて世に出たのか?普通はこのように考えるであろう。私もまたその一人であったにもかかわらず、なぜか初出エテルナのレコードを、当時の私は入手していたのである。■ 読者の怒りを覚悟して
私の購入動機は、実はたった一つであった。『ゲテモノ見たさ、怖い物見たさ』であったのだ。さらに、怒りを買う覚悟を決めて書くなら、私はチャイコフスキーの音楽の良い聴き手ではないし、実はラヴェルの全作品中ボレロが最も苦手であるし、残りの2曲も嫌いだからであったのだ。さらにご丁寧に、マリナーと言う指揮者を、当時は何でも乞われれば引き受ける、そんな軽い指揮者だと考えていたことも、正直に付け加えておこう。
■ 抱き合わせの購入品
当時の私は、世界中のクラシック音楽を全て愛好しようなどと言う、戯けたことを本気で考えていた。そんな中で、苦手な音楽を克服したいと言う意思も強かったのである。つまり、苦手を克服するためにわざわざ購入したディスクであったと考えれば正しいのである。
そこで、当該ディスクが発売された当時、私はこれを手に取り考えたのである。嫌いな指揮者が嫌いな楽曲ばかりを取り揃えた1枚のアルバム、ただしCD時代初期の当時は、旧東側の外貨稼ぎ目的であろうと思われるが、エテルナのレコードも意外に日本まで輸入されていたのである。実際にこのLPを買った動機は、当時はCDよりもかなり安価であったこと、元来良い音質を提供してくれていた旧東ドイツ・エテルナのディスクであったこと、この日のレコード店訪問の主目的であった、ブルックナー交響曲全集(ヨッフム指揮シュターツカペレ・ドレスデン)のLPセット(確か11枚組)をレコード店の棚からたまたま発見したこと。この勢いで、マリナー盤はヨッフムのブルックナー全集と抱き合わせで、ついでに購入してしまったのである。■ 盤の感想
世評は、あえて無視したい。私としては嫌い又は苦手な音楽を、棒捌きの優れた指揮者と、音感の優れたオーケストラにより演奏されたこのディスクは、良い意味で均整の取れた特徴の乏しいディスクであるが故に、私にとって最も受け入れやすいこれらの楽曲のディスクとなったのである。
後年、たまたま高等学校の音楽の授業などを受け持つに至り、実は私はCDで買い直し、これらの音楽を聴かせる場合は、大抵このディスクを聴かせているのである。つまり、ラテン系音楽特有の情熱とやらを一切強調してはいないが、一方で均整の取れた癖のない演奏と録音として、出来上がったディスクは私自身への効能に留まらず、後年思わぬ副産物を産みだしたディスクでもあるのだ。
長年の第一線での活動への感謝とともに、これを以て私なりのマリナーへの追悼文としたい。(2016年11月6日記す)
2016年11月6日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記