隠れた名演「ドヴォルザーク『スラヴ舞曲集』を紹介する」(セーゲルスタム追悼)

文:松本武巳さん

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CDジャケット

ドヴォルザーク
スラヴ舞曲集(全16曲)
レイフ・セーゲルスタム指揮
ラインラント=プファルツ州立フィルハーモニー管弦楽団
録音:1988年11月、旧西ドイツ
BIS(CD-425)

 

■ セーゲルスタム追悼

 

 350を超える数の交響曲を作り、世界各地のオーケストラを指揮した、フィンランドの指揮者で作曲家のレイフ・セーゲルスタムさんがヘルシンキで死去した。80歳だった。10月9日、フィンランドのメディアが報じた。ウィーン国立歌劇場などで指揮台に立ち、シベリウス音楽院教授、ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団首席指揮者などを歴任。レパートリーの幅は広く、とりわけマーラーの演奏に定評がある。交響曲の作曲がライフワークで、東日本大震災に衝撃を受けたことから書いた作品(第244番)もある。日本では読売日本交響楽団などを指揮した。
(以上、朝日新聞より(抜粋))

 レイフ・セーゲルスタムは、フィンランドの指揮者兼作曲家。ヴァーサ出身で母語はスウェーデン語であった。シベリウス音楽院やジュリアード音楽院で学び、ウィーン国立歌劇場などヨーロッパ各地で指揮者を務める傍ら、ドイツのラインラント=プファルツ州立フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者を務め、また作曲家として数々の作品を発表した。特に残された交響曲は、実に300曲以上に達している。シベリウスなどのほか、マーラーやベルク(ヴォツェックの録音は忘れがたい)、ワーグナーやプッチーニなどのオペラまで、非常に幅広いレパートリーを誇り、自作を含む数々のレコーディングも行った。同時にシベリウス音楽院の指揮科の教授でもあった。1995年から2007年までヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督、さらに2019年までトゥルク・フィルの音楽監督でもあったが、コロナウィルスに感染後は、一時期体調を崩したこともあってか目立った活動をしていなかったのだが、今回の逝去の報道はあまりにも唐突に予期せぬ形で訪れてきた。実際に闘病生活はごく短期間であったらしい。私にとってセーゲルスタムは、良い意味での怪物音楽家であったように思う。

 セーゲルスタムは巨漢としても知られており、私が2008年夏にフィンランドの古都トゥルク(隣町のナーンタリには著名な『ムーミンワールド』がある)に家族旅行で滞在中、ホテル内のエレベーター入り口で彼と鉢合わせしたときには、あまりの巨漢ぶりに驚愕した(私自身が巨漢であり、人を驚かせることも多いのだが、スケールが違いすぎた)ことを今なお鮮明に記憶している。しかし、若いころのセーゲルスタムはかなりスリムな体型をしており、実際にフィンランド人で母語がスウェーデン語であることが共通する、作家のトーベ・ヤンソンとダンスに興ずる写真も残されているくらいだ。

 

■ 知られざる名盤「ドヴォルザークのスラヴ舞曲集」

 

 セーゲルスタムを追悼するとき、シベリウスや、マーラーの全集録音や、自作の交響曲演奏、さらにはトゥルクでの世界に先駆けての『東日本大震災復興支援コンサート』の開催(世界史に多少詳しい方であれば日本とトゥルクの深い縁を、一方演奏家情報に詳しい方であればトゥルク・フィルに在籍する数名の日本人のことなどが、すぐにでも思い浮かぶであろう)を取り上げる方が多いと思われる。

 しかし、私はまだセーゲルスタムが40歳代であった1980年代に残した、ドヴォルザークのスラヴ舞曲集をどうしても取り上げておきたい。この全集は、作品46と作品72から成り、各々8曲ずつ合計16曲が残されていることはご存じだろうと思う。ラファエル・クーベリック畢生の名演(1970年代半ば、バイエルン放送交響楽団に残した録音)を始めとし、チェコやハンガリー出身の指揮者の多くが、全曲の名録音を残している、そんなとても録音に恵まれた名曲である。

 セーゲルスタムは、作品46と作品72の演奏で、両者の明確な違いを意識的に表現している点が忘れがたい。作品46については、全体を通じて切れ味鋭くテンポ感にも溢れた指揮ぶりであり、舞曲の持つ本質的な楽しさや賑わいを上手く表現していると言えるだろう。その一方で作品72に入ると、指揮者の表現は一転し、今度はとてもゆったりとした落ち着いた情感を全体の中心に添え、舞曲の持つ本質的な美しさや民族の誇りを上手く表現しているように思えるのだ。この作品46と作品72の違いをこのように明確に振り分けた指揮者は、セーゲルスタムの他にいないように思えてならない。そして、私がセーゲルスタムのディスクを追い始めたきっかけともなったディスクでもあるのだ。

 私が、セーゲルスタムを追悼するにあたり、どうしても彼への興味を抱くきっかけとなった、ドヴォルザークのスラヴ舞曲集を紹介したいと考え、この追悼文を認めたのである。本当に長い間、私を楽しませ続けてくれたセーゲルスタムの冥福を、心から祈りたいと思う。

 

(2024年10月25日記す)

 

2024年10月25日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記