庄司紗矢香のデビュー盤を聴く

文:松本武巳さん

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CDジャケット

1.

パガニーニ作曲

ヴァイオリン協奏曲第1番ニ長調 作品6

2.

ショーソン作曲

詩曲 作品25

3.

ワックスマン作曲

 

カルメン幻想曲

4.

ミルシテイン作曲

 

パガニーニアーナ

庄司紗矢香(ヴァイオリン)
ズビン・メータ指揮(1〜3)
イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団(同上)
録音:2000年7月、テルアヴィヴ
ドイツグラモフォン(国内盤 UCCG-1020)

 

■ つい釣られて3枚目を・・・

 

 実は彼女の試聴記は室内楽の2枚でお仕舞いにするつもりであったのだが、期待されると弱い性格の私は、勢いでこのディスクの評論を書くことにした。プロコフィエフで若干細かいことを書き綴ってしまった反省を込めて、今回はあまり細かいことにこだわらずに、全体の雰囲気が伝わるようにしたいと考えている。したがって、軽めのエッセイとして読んでくださるとありがたい。

 

■ パガニーニの協奏曲第1番

 

 16歳のときに彼女はパガニーニ国際コンクールで優勝したことで、急に騒がれるようになった、そんないわくつきの曲でもある。

 ここで、まず真っ先に2000年10月26日に伊東さんが書かれた『おじさん現象』というタイトルの文章から、この楽曲に関する部分を抜き出して紹介したいと思う。

 しかし、「CD試聴記」の趣旨がありますので、簡単に演奏について述べますと、ことパガニーニについては、まだまだ努力の余地があると思います。これは庄司紗矢香さんだけではなく、ややおっとりとした伴奏をつけているメータにも言えます。最近発売されたパガニーニのバイオリン協奏曲第1番の中で出色だったのは、コンヴィチュニー指揮シュターツカペレ・ベルリン、ソロはリカルド・オドノポソフによる演奏でした(録音:1961年3月24日、 カップリングはチャイコフスキーの交響曲第4番。Weitblick 輸入盤 SS0008-2)。このいかにも地味なコンビによる演奏は、初めて聴いたときから感心しどおしでした。CDジャケットは面白みのない顔をしたコンヴィチュニーの横顔ですが、演奏は極めて立派です。テンポ設定、音楽の揺るぎない流れ、緊張感の持続、確実な技術、余裕のある表情、そしてモノラルながら高音質、ということなしでした。心を鬼にして書きますが、その演奏と比べると、技術と音質以外のところでDG盤は若干の遜色があります。庄司紗矢香さんは 1983年生まれですからまだまだこれからです。日本が生んだ世界的才能の持ち主であることは間違いないのですから、頑張って大バイオリニストになってほしいですね。

 いやはやご覧の通りの、恐るべき文章を残されておられるのである。これを上回る気持ちを込めてディスクの感想を書くことなど実際に可能なのであろうか・・・と塞ぎ込むくらいの思いが伝わってきて、私は書く前から、いささかの重圧を受けてしまった。しかし、6年半も前に、この名文句を残された伊東さんに何とか報いるべく、とりあえず頑張ってみようと思う次第である。

 

■ 仕切りなおしてパガニーニの協奏曲について

 

 私はこの曲が結構好きなのだが、先行するイメージほどには実際のところは難曲では無いと思っている。実際に彼女の演奏が、仮に伊東さんが比較された上記のディスクの演奏よりも劣っているとしたら、それはメータがゆったりとしたテンポを設定しながら、一方で結構詰めの甘い指揮をしたせいだと思っているのである。指揮者がもっと煽り立てるくらいの気迫で、オケもろともグイグイと引っ張って行った方がどんなにか良かったであろうと、そう思うと残念でならない。実際にコンヴィチュニーはそうやっているのである。私はここでは彼女の擁護に回って、ソリストの技術や能力に若干の遜色があるのでは決して無く、その差の大半は指揮者のせいなのだと、ここでは声を大にして決め付けておきたいと思う。

 もとより若い少女のデビュー盤であるのだ。仮にどんな大物でも指揮者に遠慮が全く無いなんてこともなければ、まずそれ以上にスタジオでの収録の方法すら基本的にはほとんど無知であったと思う当時の彼女に対して、この指揮振りでは演奏者は厳しいだろうと想像する。メータのこのディスクでの伴奏振りは、大家に対して遠慮がちにつけた場合であったとしたら成功であったかも知れないが、デビュー盤としては場違いであったと思うのである。デビュー盤の指揮者選択が不幸であったとしか、少なくともパガニーニの協奏曲に関しては思えないのである。

 

■ ショーソンの場合

 

 ところが、メータの指揮は、ショーソンにおいてはかなりの成功を収めていると思われる。この曲の本質的に持っている、甘さや気だるさを上手く引き出して、若いヴァイオリニストをリードしていると思われる。若さゆえに技巧的に直截な表現に走りがちなこの曲を、指揮者が上手くサポートして、曲本来の甘酸っぱい豊饒な響きを誘発しており、星の数ほども残されているこの楽曲の録音の中でも上位に位置する結果となっていると評価したい。

 

■ カルメン・・・

 

 さて、アメリカの映画音楽作曲家が残したカルメン幻想曲であるが、曲の魅力自体がサラサーテやフバイの残した同名の曲ほどには引き立っておらず、演奏は意外なほどに地味なものに終始してしまっている。もっとも当時の彼女に「カルメン」になりきるだけの妖艶さを求めようにも、それはとうてい無理と言うべきなのであろう・・・この曲を、諏訪内晶子の弾いたサラサーテ作曲の録音と聴き比べると、私が何を言いたいのかがどなたにも分かっていただけると信じる。しかし、これは庄司さんのせいでも諏訪内さんのせいでもありえない話で、まさにどうにもならない。だって、この録音当時、彼女は『女子高生』なのだ。そりゃ普通ならとても無理でしょう・・・すみません、書けば書くほどに、私も『おじさん現象』をさらすだけになってしまいますので、蛇足に蛇足を重ねるのはこの辺で止めにしましょう。

 

■ 最後を見事に締めるパガニーニアーナ

 

 これは一転して名演だと思う。この有名な旋律は、数多くの作曲家が「主題と変奏」として残している有名なものであるが、あっさりと技巧的に弾ききるほうがかえって聴き映えがするものなのであるが、ここでは彼女はソロ演奏であるためか、周囲への気兼ねもほとんど感じることなくストレートに弾ききった結果として、とても優れた演奏となっている。有名な旋律ゆえに思い入れたっぷりと弾く大家の録音も数多い中で、このようにすっぱりと割り切った演奏の方が、実は聴き手の心にも響いてくるので、私にとってはこのパガニーニアーナは大満足であったのである。

(2007年3月29日記す)

 

2007年3月29日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記