「わが生活と音楽より」
クリスティナ・ビイェルケによる二枚の現代デンマークの作曲家のディスクを聴く文:ゆきのじょうさん
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トーベン・エングホフ(Torben Enghoff, 1947-)
すべての年齢の人に〜ピアノのための小品集(1841)
小さなテディベアのためのワルツ
小さな犬のディーヴァに
自転車に乗ってイプの家へ
いい気分!
冬の光
マフィへの歌
火曜の楽しみ
遊び場で
6月の雨
祈りと驚き
ちょっとした春のワルツ
庭にいるキアステン
きっとうまくいく
おやすみのメロディ
夕暮れの歌
11月
雪のダンス(ボーナス・トラック)
クリスティナ・ビイェルケ ピアノ
録音時:2022年8月、デンマーク、オーデンセ、デンマーク国立音楽アカデミー
デンマークDanacord DACOCD 947
トーベン・エングホフは、デンマーク生まれのミュージシャン、作曲家、教師、作家です。20歳からジャズ・サクソフォン奏者で活動し、クラシック・サクソフォン奏者としても活躍しています。1999年から作曲活動を開始。室内楽や合唱曲を発表し、そのいくつかはCDになっているそうです。
エングホフは「作曲は独学で、ルールに則って作曲はしていない。耳だけを頼りに書いている。」そうで、「曲のアイデアが思いついたら、鉛筆と五線紙があれば書き留めていく。」ということです。『すべての年齢の人に〜ピアノのための小品集』は、コペンハーゲンの楽譜出版社Edition Wilhelm Hansenから2020年に出版されました。エングホフはほとんどピアノが弾けないため、子どもでも弾けるようなシンプルな曲にしたそうです。実際、どの曲も凝った技法はなく、主たる旋律はわずかな変化を与えられながら繰り返されます。伴奏部も絡み合うことはあまりありません。
では退屈かというと、そうではありません。1分から2分程度の小曲に添えられたタイトルから、想像の色づけをしながら楽しむことができました。
ビイェルケのピアノは優しく柔らかい音色を主体にして、エングホフの音楽を紡いでいきます。第4曲「いい気分!」や第13曲「きっとうまくいく」などの押しつけがましくない前向きさの表現も見事です。最後の第16曲「11月」はほの暗さと哀切を込めながら、静かに幕を閉じます。そして、まるでアンコールのように「雪のダンス」が絶妙な間合いで始まり、シンプルでありながら、華やかに締めくくります。
ブックレットによりますと、この録音は取りなおし・編集なしで一気に行われたとのこと。収録時間がたいへん短いCDですが、中身はとても聴き応えがありました。
動物の宇宙〜12人の作曲家による12のピアノ練習曲
1. アナス・コッペル(1947-):アナグマ (2018)
2. アナス・ノーエントフト(1957-):クモ (2018)
クモが歩く
クモが巣をはる
クモは巣を支配する
3. ヨン・フランゼン(1956-):カバ (2018)
4. ペーター・ブルーン(1968-):カエル (2018)
思慮深いカエルが跳ぶ
思慮深いカエルと用心深い鳥
恐怖を感じたカエルは落ちる
5. エヴァ・ノエル・コンドルプ(1964-):アザラシ(2018)
6. アンデシュ・ブレスゴー(1955-):カメレオン変奏曲 (2019)
テーマ:... ある日
第1変奏:風景、母と赤ちゃん、空気中の何か
第2変奏:カメレオンのラブコール
第3変奏:アンコール:パリのカメレオン
7. ブリギッテ・アルステッド:カメの夢…それは何? (2019)
8. アンディ・ペイプ(1955-):小さなゾウ
9. カルステン・フンダル(1966-):渡り鳥
10. アミール・マヤル・タフレシプール(1974-):ペルシャのチーター (2018)
小さなチーターが生まれる
狩の経験
チーターと男
11. モーエンス・クリステンセン(1955-):スピロッパー (2019)
跳びはねるノミ
ノミの仕事
ノミのダンス
12. エリック・ウルム・フォン・スプレケルセン:ミユビシギ
クリスティナ・ビイェルケ ピアノ
録音:2019年8月2-4日、デンマーク、オーデンセ、デンマーク国立音楽アカデミー
デンマークDACAPO 8.224733
クリスティナ・ビイェルケが、デンマークで活躍している12人の作曲家に委嘱した、動物をテーマにした練習曲集です。それぞれが基本的に三楽章構成となっていて、標題が付けられていたりいなかったりしているのは作曲家の考えに因るのでしょう。またテーマとなる動物の選択については、ビイェルケと事前に調整していたのかどうは不明です。
快活なアライグマ、神秘的なクモ、かなり激しい曲想のカバ、瞑想的なカエルと、かのサン=サーンス『動物の謝肉祭』のような写実性はなく、もっと自由な連想で曲が書かれています。エングホフ『すべての年齢の人に』に比べたら、もちろんかなりの技法が駆使されているのです。しかし不協和音ばかりのゲンダイオンガクとは異なり、聴きやすい曲が多く並んでいると思いました。
ビイェルケは委嘱者ですから、それぞれの曲の持ち味を過不足なく描き分けています。個人的にはブレスゴー/カメレオン変奏曲の独特な雰囲気が魅力的でしたし、クリステンセン/スピロッパーの愉悦溢れる躍動感に惹かれました。再度のスプレケルセン/ミユビシギ(三趾鷸)は、19cmくらいの小鳥でありながら、かなり深く重層的な曲になっています。最後も大団円で結ぶのではなく、まだ続きそうな余韻を残して終わります。
なかなか一癖も二癖もある曲たちですが、ビイェルケはそれを押さえ込むことなく、逆に煽ることもなく描き分けています。エングホフとは別の世界観として、何度も聴き返していきそうです。
2025年3月31日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記