「わが生活と音楽より」
2枚のクリスマスにちなんだアルバムを聴く文:ゆきのじょうさん
唐突ですが、皆さんにとってのクリスマスの「色」は何でしょうか?
私はクリスチャンでも何でもなく、幼稚園がキリスト教系であったというだけで12月に訳も分からずキリストの生誕を扱ったお遊戯会をさせられた淡い記憶しかありません。クリスマスはお正月のお年玉と並んで、自分の好きなものがプレゼントされるボーナスのようなイベントでしかありませんでした。
その頃の巷の飾り付けというのは、ほとんどは金と銀に彩られていたように記憶しています。紙で作られたモール、クリスマスツリーの星形のオーナメントなどなど、それらは金と銀であったことが多いと思いました。
従って、私にとってのクリスマスの「色」は金と銀なのです。
大学を出て社会の荒波に揉まれるようになってしばらくしてから、巷ではクリスマス・イブはカップルが一緒に過ごすというイベントとなっていました。バブルもはじけた後、私は2年半余りアメリカ東海岸に行くことになります。そこで体験したクリスマスでは、私が渡米する前には日本では目にすることが少なかったポインセチアの鉢が沢山並べられていました。飾られるリボンも赤と緑です。どの赤も日本での朱色じみた明るさはなく、どの緑も新緑のような明るい緑ではありません。農園に行ってその場で「切り売り」するクリスマスツリーも深い緑です。どこかほの暗く、そしてしみじみとした心持ちにしてくれる色でした。
従って、アメリカで体験したクリスマスの「色」は赤と緑でした。
私はヨーロッパのクリスマスを知りません。もちろん絵や写真、映像では観たことがありますが、自分自身の体験としてのクリスマスの中にヨーロッパは含まれていないという意味です。11月から12月になり、寒さが一際厳しく鳴ってくる頃、ヨーロッパではどのような「色」が私の目に飛び込んでくるのか、そんな機会が残された人生であるのかわかりません。
カンターテ・ドミノ 合唱とオルガンによるさまざまな国のクリスマス音楽
- マルコ・エンリコ・ボッシ(1861-1925):カンターテ・ドミノ
- ヨハン・ゴットフリート・ヴァルター(1684-1748):オルガン協奏曲イ長調
- オット・オルソン(1879-1964):待降節
- ゲオルク・フリードリッヒ・ヘンデル:喜べ、たたえよ、シオンの娘
- ゲオルク・ヨゼフ・フォーグラー(1749-1814):ダヴィデの子にホザンナ
- 喜べ、キリストの花嫁(スウェーデンの伝承曲)
- 子守歌(韓国の伝承曲)
- 聖なる御子がお生まれになった(フランスの伝承曲)
- アドルフ・アダン(1803-1856):クリスマスの歌「聖らに星すむ今宵」
- 祝福されし日(北欧の伝承曲)
- フランツ・グルーバー(1787-1863):聖しこの夜
- マックス・レーガー(1873-1916):素朴な歌作品76 から 第52番「マリアの子守歌」
- オット・オルソン:クリスマス
- ツィターのキャロル(チェコの伝承曲)
- アーヴィング・バーリーン(1888-1989):ホワイト・クリスマス
マリアンヌ・メルネス ソプラノ
アルフ・リンダール オルガン
トシュテン・ニルソン指揮オスカーズ・モテット聖歌隊録音:1976年1月23-25日、4月29日、オスカー教会、ストックホルム
スウェーデンproprius(輸入盤 PRCD7762)LP時代から日本では優秀録音として知られ、オーディオ用チェック・レコードの定番となっていたディスクです。SACDで発売されていますし、最近も国内盤でLIMK2HD025として出ています。息の長いベストセラーと申し上げて良いのだと思います。
私もLPで所有していますが、自身のオーディオシステムは貧相なのでチェック用が目的ではなく、ただ音楽として買い求めました。買った理由は単純です。ジャケットの色合いが私にとってのクリスマスの「色」である金と銀に近いからでした。
ディスクそのものについては、語り尽くされた名盤ですから多くを語る必要もないのかもしれません。アルバムタイトルにもなっている、冒頭のボッシの曲は荘厳という名にふさわしいオルガンの響きが高みに消え入って、トランペットが晴れやかに謳い、やおら密やかに合唱が始まります。オーディオ的には、いろいろとチェックポイントがあるのでしょうけど、音楽として聴き入らざるを得ない力がみなぎっています。
ヘンデルの「マカベウスのユダ」の旋律に、「メサイア」の歌詞を付けたものは讃美歌130番と同じらしいのですが、他にも「聖しこの夜」「ホワイト・クリスマス」などの定番曲も散りばめられている一方で、北欧、チェコ、フランス、さらには韓国のクリスマス曲という珍しいレパートリーが採りあげられています。
その中にあって、私にとってはレーガーの「マリアの子守歌」が忘れられぬ余韻を残す佳曲です。メルネスの独唱は実に暖かく包まれるような優しさに満ちています。深々と降り積もる雪の夜、暖かい暖炉のそばで聴かされているような、幸せな気持ちになってしまいます。LPで聴いていて、ここで針を上げ、余韻を楽しんだことが何度かあります。
このディスクから、ヨーロッパのクリスマスの「色」について語ることは困難ですが、レーガーを聴くだけでも、アメリカで感じた赤と緑とは違うと思いました。
スウェーデン民衆のクリスマス
- 導入
- 主の道を用意せよ
- みどり児はこの日に生まれ
- この日人となりし御子を
- エサイの根より
- おおキリストの妻よ 喜べ
- スタッファンの歌三章
- 処女は今日御子を産み
- 聖しこの夜
- 地上の平和
- ポルスカの宴
- 救い主が来たれり
- 来たれ、エマヌエル
ソフィア・カールソン、エンマ・ヘルデリン ヴォーカル
リサ・リドベリ ヴァイオリン
グンナル・イデンスタム オルガン
ゲイリー・グラーデン指揮聖ヤコブ室内合唱団録音:2007年6月、オスカー教会、ストックホルム
スウェーデンBIS(輸入盤 BISNL5031)小鳥のさえずりか、すっかり葉が落ちた木立を渡る風かのような、そんな軽やかに鳴るオルガンに、いかにも民謡のような歌がヴァイオリンによって加わります。それがオブリガードになって合唱が「主の道を用意せよ」を謳うのです。とても見事な導入であり、もうすっかりこのディスクの世界に入り込んでしまいます。何でもスウェーデンの一般家庭で歌われているクリスマス・ソングを、オルガンを担当しているイデンスタムが編曲したものということですが、ほとんどが初めて聴いた曲ばかりです。「エサイの根」も讃美歌96番であるようですが、まったく未聴でした。
しかし、ここで聴かれる音楽は例えようもなく圧倒的です。二人の独唱の歌声はいずれも自分の音楽という輝きがあります。合唱は一点の曇りもありません。しかりとした男声と、どこまでも澄み切った女声がここまで寄り添うことができるのかと感じ入ります。ほぼ全編を彩るヴァイオリンは伸び伸びと人なつっこく語りかけてきます。それをオルガンが格調高くまとめ上げているのです。奇しくも「カンターテ・ドミノ」と同じ場所での録音ですが、音楽は実に対照的です。
唯一、馴染みのある「聖しこの夜」も、すっかりスウェーデンの家庭での歌となっています。スウェーデンの人も、言葉も、風も、街のざわめきも、何も知らない私ですら、きっとこれがスウェーデンという国のクリスマスなのだと納得させられてしまう、そんな音楽が、この一枚のディスクから溢れんばかりに語りかけているのです。最後はややゲンダイオンガクぽい終わり方になりますが、それでも土臭い民族的な香りを感じることができます。
それにしても、何と印象的なジャケットなのでしょう。山向こうの空は、暮れ残ったのか、それとも煌々と月が照らしているのでしょうか。いずれにしても、此処には静謐で峻厳とした空気を感じます。そこに光り輝く尖塔を持つ教会が誇らしげに、そして暖かみを持って建っています。これはJan-Peter Lahallという写真家の作品:Church in a nightly mountainous landscapeなのだそうです。
スウェーデンのクリスマス、あるいはもっと広く、ヨーロッパのクリスマスが、こんな「色」をしているとは思いませんが、少なくともその国の人の生活に一体化した、息づかいが感じられるような気持ちにさせられるこのディスクは、クリスマスの「色」は私の想像できないものがありそうだと教えてくれました。
私の実体験としてのヨーロッパのクリスマスの「色」が何か?の答えを出すことは難しいかもしれません。せめていくつかのディスクを聴きながら極東の地から思いを馳せることにしましょう。
2008年12月16日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記