「わが生活と音楽より」
フランセの「花時計」を聴く

文:ゆきのじょうさん

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CDジャケット

リボル・ペシェク フレンチコレクション

ジャック・イベール:ディベルティメント
ジャン・フランセ:花時計
 ジョナサン・スモール オーボエ
ガブリエル・フォーレ:パヴァーヌ 作品50
ジョルジュ・ビゼー:
カルメン組曲第1
モーリス・ラヴェル:ボレロ

リボル・ペシェク指揮ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団
録音:2000年5月10-11日、リヴァプール
RLPOLIVE(ロイヤル・リヴァプール・フィル自主制作盤 RLCD302)

 私が入学した当時、大学は設立間もなくて漸く校舎が建てられたころでした。クラブ活動もまさに黎明期で、私は以前から弾いていたヴァイオリンを携えて入部したオーケストラ部は、実態は弦楽器のみ、それも全体で10人足らずというものでした。入部から4年後人数も20人くらいに増えたところで、トレーナーの伝手で在京のプロ管楽器奏者を招いて曲がりなりにも室内オーケストラレベルに増員しての定期演奏会を開くことになりました。

 鄙びた地方都市にあって、一つの輸入レコード専門店がありました。店主が気に入った輸入LPしか販売しないこだわりの店で、先輩に連れられて行ってからよく入り浸りました。貧乏学生でしたらそうそう輸入LPを買えるわけでもありません。それでも店主は毎回コーヒーをご馳走してくれて、いろいろな曲や演奏を聴かせてくれました。面白がった私たちは、前年の定期演奏会ではイギリス音楽としてホルスト、ディーリアス、ウォルトン、ヴォーン=ウィリアムスの弦楽曲を取り上げたりしました。

 その店主に今回の定期演奏会のプログラムについて相談したところ、「それならフランセの《花時計》をやりなさいよ。あれは良い曲だよ。」とのこと。どんな曲なのかと聞くと。今、此処にはないから今度手には入ったら聞かせるよ、という返事でした・・・・。

 それから四半世紀近く一度も耳にできず、いつも思い出しては探し、一度はネット注文で入荷待ちまで至りながら在庫切れで手に入らなかった幻の曲を、今年ついに聴くことができました。

 《花時計》というタイトルの由来は、植物の分類、学名命名法を体系立てたカール・フォン・リンネ(1707-1778)が創造した花時計に由来します。リンネは一定時刻に咲く花と閉じる花を順番に植え、その咲きようを見ることで、時刻を知ることができると考えました。ジャン・フランセはその中から7つを選び、オーボエ独奏と小管弦楽のための曲を作りました。それが《花時計》です。7つの小曲切れ目なく続く16分ほどの小品で、それぞれには以下のタイトルがついています。

午前3時 Galant de jour (毒イチゴ 別名蛇苺)  
午前5時 Cupidone bleue (南仏原産の青カタナンセ 和名ルリニガナ)
午前10時 Cierge a grandes fleurs (大輪のアザミ)
正午 Nyctanthe du Malabar (アラバーのジャスミン)
午後5時 Belle-de-nuit (ベラドンナ、セイヨウハシリドコロ)
午後7時 Geranuim triste (アサゼラニウム、嘆きのゼラニウム)
午後9時 Silene noctiflore (夜咲くムシトリナデシコ)

 全体は緩急の順番に組み合わさっていて、オーボエソロに時には弦楽パートが、あるときは管楽器アンサンブルが絡むという趣向です。メロディはどれも人なつっこく粋なもので、特に「アラバーのジャスミン」はラテンアメリカン調のリズムが楽しい印象的な曲で、何か歌詞をつけて歌にしても良いくらいです。最後は様々な楽器が参加する大団円という趣で、お洒落な終わり方にも注目です。

 この《花時計》は、フランセがフィラデルフィア管の首席オーボエ奏者ジャック・デ=ランシーのために書いたものです。デ=ランシーがプレヴィンのサポートで録音した国内盤も入手しました(BMG BVCC-37304)。初演者としての堂々として自信に満ちあふれた名演と感じました。一方、今回紹介するペシェク/ロイヤル・リヴァプール管でソロを吹くジョナサン・スモールはオケのメンバー表ではオーボエ=ダ=モーレ担当のようです。スモールの演奏は爽やかで気品がある上に、嫌らしくならない程度の洒落っ気を込めており、とても共感できます。ペシェクの指揮も折り目正しいようでいて遊び心に溢れています。何度聴いても聴きあきない演奏だと思います。

 《花時計》は検索してもなかなかヒットせず、HMVのカタログでも曲名では見つからないものの、よく調べるとスモール、ペシェク盤以外にもズビッキー、サラステ盤(Simax)や、ペハ、フリーマン盤(Kleos)などがあるようです。ただどれも《花時計》はオマケ扱いです。それ故目立たないことこの上ない可憐な佳曲は、本当はもっと知られて良いのに、と心から思います。

 定期演奏会での曲目は結局、《花時計》の楽譜が入手できずに、代わりにフンメルの「アダージョ及び主題と変奏」になりました。時は流れて私は大学から離れて仕事を続け、今年になり所用があって近くに寄ったので、あのレコード屋を探してみました。記憶を頼りに商店街から小道を曲がってみると、そこに店はなく駐車場になっていました。電話帳やネットで検索してもお店の名前は見つかりませんでした。大学も統廃合の煽りを受けて今年から合併して別の名前になってしまいました。あの学生時代に、もし《花時計》を聴いていたら、その時の自分はどう思ったのでしょうか。

 

2005年12月23日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記