「わが生活と音楽より」
二枚のグローフェ/組曲「大峡谷」を聴く

文:ゆきのじょうさん

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■ アメリカ音楽

 

 ファーディ・グローフェは、アメリカでのクラシック音楽の草分け的存在です。ガーシュインがジャズバンド向けに作曲したラプソディ・イン・ブルーのオーケストレーションを行ったことでも知られています。今回とりあげる、組曲「大峡谷」は、そのグローフェの代表作の一つです。

 原題をそのままにした「グランド・キャニオン」と今日ではタイトルされることが多いようですが、私が最初にこの曲を知ったときは「大峡谷」でしたので個人的には、そちらの方がしっくりしていると思っています。

 「日の出」、「彩られた砂漠」、「山路にて」、「日没」、「雷雨」、と題された5曲からなり、文字通り大峡谷での1日の風景を描写した音楽です。第3曲の「山路にて」ではロバがパッカパッカと歩く音が模されていて、最終曲の「雷雨」ではウィンドマシーンやカミナリの音も指定されています。

 この曲の魅力は、全体的に決して深刻ぶらない、あっけらかんとした、その脳天気さにあると思います。大自然の脅威とそれにひれ伏す人間のなんと愚かしくも小さいことか・・・などという説教じみたコンセプトは一切なし。ハリウッド映画の一シーンを観ているような(聴いているような)お気楽さです。「いやさ、聴いてくれよ。この間旅行に行ってきたんだけどさ、スコールに遭ったりしてひどい目にもあったんだけど、それはまぁ、素晴らしいところだったよ。あんたも一度くらいは行ってみた方がいいよ」という感じでしょうか。

 今日のマーラーとかブルックナーのように、大曲で宗教性や精神性が云々されることが多い人たちから見れば、なんと浅い音楽かと言われてしまうかもしれません。昔、学校の音楽の時間でも使われていた記憶があり、そのせいかFMラジオでもずいぶん良く流れていましたが、最近は新録音も少ないようですね。

 

■ ドラティ盤

CDジャケット

アンタル・ドラティ指揮デトロイト交響楽団
録音:1982年10月、ユナイテッド・アーチスト・オウディトリウム、デトロイト
西独LONDON(輸入盤 410 110-2)

 オーケストラ・ビルダーとして名高いドラティが、手兵であったデトロイト響と録音した一枚です。私は、このコンビでのアメリカ音楽としては、コープランドの「エル・サロンメヒコ」が真剣勝負の、とても素晴らしい演奏と感じて、よく聴いています。「大峡谷」においても、ドラティはまったく手を抜くことなく、壮大なスケールで演奏しています。この曲がただの標題音楽ではなく、構成もしっかりしていて、立派な「交響楽」でもあることを証明していると思います。アンサンブルは整然とていますが無味乾燥というわけではありません。「山路にて」でのソロ楽器のニュアンスは豊かですし、「日没」では壮大に描いて、最後の「雷雨」も迫力満点の堂々たる名演です。

 

■ リッチマン盤

CDジャケット

スティーヴン・リッチマン指揮ハーモニー・アンサンブル・ニューヨーク
録音:2004年4月6-8日、12日、ニューヨーク州立大学芸術センター
米BRIDGE(輸入盤 BRIDGE 9212)

 なんと、「大峡谷」のオリジナル初演版の完全初録音というディスクです。この曲はてっきりフルオーケストラが原曲だとばかり思っていましたが、実はポール・ホワイトマン楽団というジャズ・オーケストラのために作曲されました。この楽団はガーシュインの「ラプソディ・イン・ブルー」を初演したことでも有名で、グローフェはこの楽団のアレンジを担当していたとのことです。この楽団自身の何らかの録音があるのかどうかは、私は聴いたことがありません。

 さて、「大峡谷」オリジナル版を、初演当時の編成で録音した演奏ですが、フルオーケストラに慣れてしまった耳で聴き始めると、響きの薄さが最初は気になりましたが、むしろ良い意味での「脳天気さ」がよりよく出ているように思いました。「山路にて」での洒脱さは際だっていますし、「日没」での雰囲気の良さは、一級のサロン音楽でもあります。「雷雨」ではさすがにスケール感は望めませんが、最後はジャズバンドらしく華やかに締めくくってくれます。

 ドラティ盤は、まさに大峡谷を観てきたばかりの興奮を伝える演奏だとしたら、リッチマン盤は、在りし日に行った旅の、懐かしい思い出を友と語らっているような演奏だと思います。

 このリッチマン盤は他にも、「アメリカ横断ウルトラクイズ」のテーマ音楽となった「ミシシッピ組曲」の(やはり)初演版とか、ガーシュインのセカンド・ラプソディという曲の初録音も収録されていますが、驚かされるのはグローフェが作曲したアルト・サックスとピアノのための「ガロドロのセレナーデ」という曲です。グローフェがガロドロというサックス奏者のために作曲したものですが、なんとこのディスクではその初演者であるガロドロ自身が独奏を担当しています。録音当時91歳とは思えぬ粋な演奏です。

 

■ 最後に

 

 組曲「大峡谷」は、私にとって決定盤という演奏は存在していません。リッチマン盤は初演当時の演奏が楽しめるものですが、やはりフルオーケストラで堪能したいのが正直なところです。ドラティ盤は響きがとても立派で今のところ不満は少ないのですが、これでもうちょっと洒落っ気があれば・・と贅沢を言いたくなります。あのバーンスタインも録音していますが、活きの良さという感じがもう少し欲しい気もします。他にも何種類かあり、その全てのディスクを聴いたわけではありませんが、今までのところは「これは」というものがありません。若い頃のティルソン=トーマスが録音していてくれたら、というのも無い物ねだりですし、現時点では、もしかするとドゥダメルあたりが乗り乗りで演奏してくれると良いのかもしれません。

 今のような世の中だからこそ、我を忘れて頭を使わず、ただただ突き抜けた天真爛漫さをもった音楽を聴いてみたい。そんな要求にぴったりな曲が、この「大峡谷」だと思います。

 

2007年7月1日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記