「わが生活と音楽より」
二枚のギターのアルバムを聴く

文:ゆきのじょうさん

ホームページ WHAT'S NEW? 「わが生活と音楽より」インデックスに戻る


 
 

 私と同年代の、すなわち昭和30年半ば生まれなら、中学生の頃にフォークソングの洗礼を受けた方は多くいらっしゃるのではないのでしょうか? 吉田拓郎やかぐや姫、井上陽水などが活躍した頃です。当時はフォークソングを歌うことは、ちょっとした不良扱いでもありましたが、男子の多くはギターを買い必死になってコードを覚えて弾き鳴らし歌っていました。

 私自身はというと、友人に貸してもらって弾いてはみたものの、どうも上手く使いこなせなかったため親にねだることもなく、結局ギターとは縁遠いままに「青春時代」を過ごしてしまいました。

 時は巡り、クラシック音楽を聴きまくっていた頃、クラシックギターというジャンルがあることを知りました。しかし、熱心な聴き手ではありませんでしたので、カタログやFM雑誌でのレコード評などから、名奏者としてセゴビア、イエペス、ブリームなどがいることや、当時駆け出しだった映画音楽作曲家と同姓同名のジョン・ウィリアムズという、これも新進気鋭のギタリストがいること、くらいしか知りませんでした。曲に至っては映画「禁じられた遊び」で有名であった愛のロマンス、「アルハンブラの想い出」、そしてアランフエス協奏曲くらいだったと思います。

 さらに時代は変わり、日本人で山下和仁がオーケストラ曲の編曲ものをリリースして話題になったことも知っていました。しかしフォークソングのギターとの不幸な出会いがトラウマになったのか、私はギターというジャンルをほとんど聴かずに過ごしたのです。

 大学に入ってオーケストラ部に在籍していた頃、定期演奏会と称して学外の○○会館と称する小ホールを借りて演奏会をしていました。部員数も限られていましたから、他の音楽系サークルの部員が裏方として手伝っての開催です。お返しに私も他の音楽サークルの演奏会の裏方にもなりました。

 その音楽系サークルの中にクラシックギター部というのがありました。裏方をしながらゲネプロ、本番と聴いていると上手く説明できないのですが、やはりギターの演奏にも善し悪しがあるのだなと感じました。しかし貧乏学生の限られたお金では、オーケストラ曲などのレコードに費やすのが精一杯で、ついにギターのディスクは一枚もないままに社会人となったわけです。そして、現在もアランフェス協奏曲のディスクすら我が家には存在しません。

 このように、ギター音楽とのふれあいが薄い私が、たった二枚だけ持っているディスクを今回は紹介したいと思います。

 

 

CDジャケット

「孤独な野鳥」:ギターによる19世紀アメリカ合衆国の民間賛美歌と霊歌集

  • 孤独な野鳥(南部の賛美歌)
  • メドレー;タクシーム - 準備をしなさい - ヨルダンの岸辺で
  • ゆれるよ幌馬車
  • 深い河
  • 時には母のない子のように
  • パッサカリア
  • 10月
  • らせん
  • ギリアデにある香油
  • かわいい天使
  • 美しい街
  • 大空の真ん中に
  • 見知らぬ旅人

デイヴィッド・ロジャース(ギター)

録音:2003年2月15日、3月1、8、22日、オレゴン州メドフォード=ログ・リヴァー、オレゴン・サウンド・レコーディング・スタジオ
伊Callisto Musica (輸入盤 CLS0501)

 タイトル通りに、1800年代のアメリカの賛美歌や黒人霊歌をギターで演奏したディスクです。フォークから入り込んだ経験からすると、ここでのギターが奏でる西部劇にでも出てくるような音楽はとても懐かしさを感じてしまう部分があります。そして、このディスクでのギターの音色はとても美しいと思いました。つま弾く一つ一つの音色が、どの弦から出てきても響きが同質で、きちんと光り輝いているのです。たとえば「深い河」では響きはより柔らかく、ほの暗さをもって迫ってきます。一方で「パッサカリア」は様々な音色を組み合わせて、変奏が繰り広げられていきます。「美しい街」ではギターが見事なまでに「啼く」のです。

 このディスクはまったくの偶然から手に入れたものでした。今回採り上げるにあたってネットで調べてみたところ、どうやらこのレーベルは倒産してしまっているようです。ほかにもこのシリーズのディスクがあったかもしれませんが、よくわかりません。しかしギターという楽器がかくも美しく鳴るのだということを教えてくれた、とても大切な一枚です。

 

 

CDジャケット

ヨーロッパのギター二重奏曲集

ロバート・ジョンソン(1583頃-1633):
 フラット・パヴァン
 フラット・パヴァンへのガリアード
アダム・ヴァーツラフ・ミフナ(1600頃-1676):
 チェコのリュート
ドメニコ・スカルラッティ(1685-1757):
 ソナタ ホ長調 L.23
クリスティアン・ゴットリープ・シャイドラー(1752頃-1815):
 ソナタ ニ長調
フェルナンド・カルッリ(1770-1841):
 二重奏曲 作品34の2
フェルナンド・ソル(1778-1839):
 慰め 作品34
ヤン・トルフラージュ(1928-)
 ソナタ 作品7

チェコ・ギター・デュオ
 ヤナ・ビエルハンズロヴァー、ペトル・ビエルハンズル ギター
録音:1992年9月
チェコSARKA (輸入盤 1-2111)

 ギター二重奏のアルバムですが、時代順に曲が並べられており、最初のロバート・ジョンソンやミフナの生年からわかりますように、そもそもはリュートのために書かれた曲を、ギターを用いて演奏しているものが含まれています。調べた限りではギターがリュートに取って代わったのは1700年代終わりの頃のようですからドイツの作曲家であるシャイドラーあたりからギターそのもののための曲になっているようです。その前のスカルラッティの作品が、そもそもはリュートのためなのでしょうけど、可愛らしい小品だと思いました。

 さて、ギター音楽に移り変わったところでのシャイドラーの作品は、それまでの曲とはやはり異なって聴こえてきます。ギターの特性を考えた上での作曲であることを感じることができます。カルッリ、ソルは各々イタリア、スペイン生まれですが、最後はパリで活躍したギター音楽を代表する作曲家だそうです。さすがにここまでくるとギター音楽が確固たる技法を駆使したものになっていることが、否が応でも感じられてきます。特に一番長いソルの曲はギター二台の掛け合いが堂々たる伽藍を築いています。

 最後のトルフラージュはプラハ生まれの現代作曲家です。バイオグラフィーによるとギターのための多くの作品を発表しているそうです。いわゆる不協和音が満載のゲンダイオンガクではなく、とても聴きやすいものです。

 演奏しているチェコ・ギター・デュオは折り目正しく、各々の曲の性格を弾き分けていると思います。ギター二重奏という特殊なジャンルの曲集ですが、これ一枚でギター音楽の変遷を、(何とはなくですが)感じることができるという点で、私にとってはとても勉強になったディスクでした。

 

 

 

 この二枚だけで、ギター音楽がわかったとは、もちろん思いません。そして、この二枚を聴いたから、以前は見向きもしなかった名演奏家たちのディスクを買い求めるようになったのかというと、まだそこまでには至っていません。でも、以前のようなギターに対する妙な構えみたいなものはなくなってきているようです。これからいつか、またギター音楽(演奏)との出会いがありそうだという楽しみが一つ増えたということで、今は少し満足しているところです。

 

2009年1月15日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記