「わが生活と音楽より」
「ジャケ買い」した二枚の現代ピアノ音楽を聴く

文:ゆきのじょうさん

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 私が時々やる方法として、CDジャケットを見て気に入ったものを買うという、いわゆる「ジャケ買い」があります。収録曲、演奏家についての予備知識は、もちろんいっさいありません。ジャケットのイメージからの期待を大きく外すこともありますから、そうそう頻繁にできる所作でもありません。一種のギャンブルと称しても良いものでしょう。

 そもそも、CDジャケットというものは、いかなるものなのでしょうか?当然のことながら、そのディスクの顔と言うことができます。容易に思い浮かぶ対照として一昔前のLPジャケットがあります。このLPからCD化されたディスクにおいて二つの興味深い現象が観察できます。一方では、LPとは似ても似つかぬ意匠にCDジャケットが切り替えられていることです。他方では、オリジナルジャケットと称して、LPジャケットのデザインをそのままにしたCDが発売されることです。このことから、ジャケットデザインが、LPという大きさでこそ展開できたのに小さいCDジャケットでは難しいと、(おそらく)制作側が考えているらしい、と分かりますし、買い手としては昔のLPジャケットデザインに愛着を持っていることが多いのでオリジナルジャケットという売り方が成立するのだと理解できます。

 さて、そのジャケットデザインの博物学的考察については、どこかで誰かがきちんとまとめているかとは思いますが、ここでは私個人の覚え書き程度にまとめてみました。

1)

人物写真

演奏者のポートレート 最近では若手女性演奏家にグラビアアイドル風のものが多い
演奏(リハーサル含む)風景
※例外 naiveのヴィヴァルディ・エディション

2)

風景写真

自然、歴史的建造物など

3)

既存の絵画・写真などからの引用

 

「ムーサの贈り物」(音楽之友社)参照

4)

オリジナルのイラスト、写真

カラヤンにおけるホルガー・マッティース

5)

幾何学的デザイン

6)

文字のみ

今まで拙稿で採り上げてきたディスク、また私があちこちで表明しているように、個人的には1)のタイプは好みではなく、特に4)5)6)あたりに惹かれてしまうことが多いのです。今回は、そんな個人的趣向から買い求めてしまった二つのディスクを紹介します。

CDジャケット

ペーター・ミヒャエル・ハメル:人生の響きの(1992-2006)

・旅立ち:ジョン・ケージの追憶に
・アルフレッド・A・トマティスの追憶に
・マイルス・デイヴィスのためのマイルストーン
・モートン・フェルドマンの追憶に
・ワルター・バッカウアーの追憶に
・デーン・ラドハイアーの追憶に
・パンディット・ペイトカーの追憶に
・オリヴィエ・メシアンの追憶に
・ジャチント・シェルシの追憶に
・ヤニス・クセナキスの追憶に
・ヨハン・ダフィト・アントニンのために *1992年10月21日
・到着:ジョン・ケージの追憶に

ロジャー・ウッドワード ピアノ
録音:2006年1月14-17日、バイエルン放送
米 Celestial Harmonies(輸入盤 13256)

CDジャケット

オッテ: 時の本(1991-98、ピアノのための48の小品、全4巻)

ロジャー・ウッドワード ピアノ
録音:2006年1月18-21日、バイエルン放送
米 Celestial Harmonies(輸入盤 13259)

ハメルも、オッテも著名なドイツの現代音楽作曲家だそうですが、私は初めて名前を知りました。

 ハメルは1947年ミュンヘン生まれ。ミニマル・ミュージック、アジア音楽の影響を受けた作風で知られているそうです。「人生の響きの」は、副題にあるように自身が影響を受けた作曲家、音楽家への追悼を主題とした12の小品が切れ目無く続くように構成されており、最初と最後は「ジョン・ケージの追憶に」と題されたほぼ同一の小品になっています。このあたりはバッハのゴルトベルク変奏曲を想起させます。

 音楽自体はさほどゲンダイオンガクしておりません。むしろ環境音楽のような聴きやすいものがあります。特に演奏時間が長い、ジャズトランペッターのマイルス・デイヴィス、カヤールという北インド古典の音楽家のパンディット・ペイトカー、イタリアの現代作曲家ジャチント・シェルシ、の三人への追憶の音楽が心惹かれるものがありました。

 ブレーメン出身のピアニストでもあったオッテは2007年に81歳で生涯を終えました。そもそもは電子音楽の作品で知られているそうです。「時の本」は各12曲の2分足らずの小品集の4巻から構成されています。各々には特に副題は付いておらず、音楽に調性や旋律はなく、不協和音こそありますが聴き手の心を攻め立てるような不快感はありません。音楽は浮かんだり消えたり、転がったり立ち止まったり、戸惑ったりしながら流れていきます。じっと聴き続けてきて、第4巻あたりまで進むと不思議に快い感覚に包まれます。ハメルほど聴きやすくはありませんが、これからの蒸し暑い長い夜に小さめの音量で流しておくのにふさわしいと思いました。

 

 演奏しているウッドワードは、オーストラリア生まれのピアニストで、武満徹の作品の演奏家として名を馳せたそうです。音の一つ一つが硬く澄み切った響きであり、ワイセンベルクを彷彿とさせてくれます。来日もしているようで、検索してみると2002年に彩の国さいたま芸術劇場音楽ホールでリサイタルを開いたという記録もあります。しかし今回のディスクを聴くまでは、正直名前を聞いたこともない演奏家でした。

 スキンヘッドの外見といい、いかにも現代音楽の演奏家という印象ですが、同じレーベルからショパン/マズルカ集(14260)や、ドイツレコード批評家賞を受賞したバッハ/パルティータ集(13280)もリリースしており、レパートリーは広いようです。特にバッハはピアノでのバッハ演奏としては個人的に白眉の一つと考えています。ハメル、オッテの作品も、バッハのディスクも、「ジャケ買い」したことからめぐり合ったのですから、これからも「ジャケ買い」はやめられそうもありません。

 

(2008年7月6日、An die MusikクラシックCD試聴記)