「わが生活と音楽より」
二枚の「フランス6人組」のアルバムを聴く文:ゆきのじょうさん
■ フランス音楽
フランス音楽というと、ラヴェル、ドビュッシーなどの印象派として学校で習った作曲家が思い出されます。どちらも最初に聴いた時は、どことなく捉えどころのない、茫洋とした音楽という趣に感じました。ドイツ・オーストリア音楽に親しみを持つ人からするとフランス音楽の響きは耐え難いものだと、何かの書物で読んだ記憶があります。このフランス音楽の聴きづらさはどこから来るのだろうと考えてみました。
例えば、ドイツ・オーストリア音楽に数えられる作曲家としてブルックナーがいます。最初聴いたときは何と茫洋とした音楽なのだろうと思いましたが、聴き通してみると拡大されているから分かりにくいだけで、全体には見通しの良さのようなのが存在します。ところがフランス音楽はその見通しが付きにくい音楽です。響きの陰影が(実は確固たる『計算』があるのでしょうけど)無秩序に移ろいゆくように感じます。次に何がやってくるのか予想がつきにくいと言っても良いかもしれません。このような響きをもつ音楽を、絵画芸術における「印象派」と同じ呼び方をして良いのかどうか、何となく疑問に思うのですが、それはさておきます。
フランス音楽の次なる聴きづらい点としては、サティに代表される何となく斜に構えた音楽というものだと思います。これは前述の「捉えどころのない」原因である「見通しのつきにくさ」が関与しているのでしょうが、素直に音楽が運ばないことを意図しているように感じます。結果として(何となくですが)聴き手が馬鹿にされているような感覚に襲われます。馬鹿にされているという物言いが問題ならば、安心感が与えられないという表現でしょうか? 例は悪いですが、「水戸黄門」のようなテレビ時代劇ですと(ワンパターンではあるものの)展開が読みやすく安心して見ていられるものの、人物関係が複雑に絡み合って話の展開が読みがたい(それが意図したものでも、結果的にそんな出来になっていたとしても)ドラマがあれば、少々いらいらしながら見てしまう、というようなものです。(このようなイメージはイギリス音楽にも似たところがあり、違ったところもあると思いますが、これも本稿から逸れますので別の機会にします。)
さて、このようなイメージを抱いているフランス音楽を聴いていく中で出会ったのが、「フランス6人組」でした。
■ 「フランス6人組」と「ロシア5人組」
「フランス6人組」という呼び方を知るようになったのは、クラシック音楽を聴き始めてからずいぶんと後になってからです。「ロシア5人組」というのは中学校あたりの音楽の授業で習った記憶がありますが、「フランス6人組」というのは聞いたことがありませんでした。もっとも「ロシア5人組」についても5人の曲を並べて聴かされて体系的に講義を受けるなどという機会はなく、試験のために暗記した程度です。それも今回調べてみると、5人組はリムスキー=コルサコフ、バラキレフ、ムソルグスキー、ボロディン、そしてグリンカだと思っていたら、グリンカではなくキュイという人だそうで、ずいぶんとあやふやな知識でしかありません。ましてや、「フランス6人組」となると、一人も思い浮かぶ作曲家がいなかったのが事実です。ジョルジュ・オーリック、ルイ・デュレ、アルテュール・オネゲル、ダリウス・ミヨー、フランシス・プーランク、そして唯一の女性作曲家であるジェルメーヌ・タイユフェール、と答えを聞いても、「うーむ、聴いたことがない」というのが正直なところでした。
そこで今回は、「フランス6人組」に関するディスクを聴いてみることにしました。
■ バイノン/ウェスト盤
フランス6人組のフルートとピアノのための作品集
プーランク:フルート・ソナタ
オーリック:アリア
タイユフェール:パストラーレ
オーリック:イマジネ16人のアルバム:独奏ピアノのための小品集
オーリック:前奏曲
デュレ:言葉のないロマンス
オネゲル:サラバンド
ミヨー:マズルカ 1914(
プーランク:ワルツ
タイユフェール:パストラーレデュレ:ソナチネ Op.25
オネゲル:山羊の踊り(フルート独奏)
オネゲル:ロマンス
タイユフェール:フォルラーヌ
デュレ:2つの対話 Op.114(フルート独奏)
ミヨー:ソナチネエミリー・バイノン フルート
アンドルー・ウェスト ピアノ録音 2000年4月20-22日、ヘンリー・ウッド・ホール、ロンドン
英Hyperion (輸入盤 CDA67204)フランス6人組が作曲したフルートのための室内楽と、6人組としての数少ない共同作品であるピアノ小品集を間に挟んだアルバムです。最初のプーランクのソナタからしてフランス音楽独特の旋律が目白押しです。ここに漂う空気というか、香りは駄目な人には全く受け容れられないものでしょう。音楽学の才のない私が勝手にイメージするに、古典から築き上げられてきた様式美が爛熟し崩れていく端境に咲き誇った、強い芳香のある音楽です。私はこれを解き明かすのではなく響きの彩りの変化をひたすら楽しんでいます。プーランクに続いて聴きやすい小品が続きますが、オーリックの「イマジネ1」くらいになると無調音楽のように聴こえてきますので、毒気は強いと思います。
ここで演奏しているバイノンはイギリス生まれで、当サイトではコンセルトヘボウ管弦楽団の首席フルーティストとして、すでに有名です。公式サイトには何と日本語サイトもあり、年一回くらいのペースで来日しているそうです。テクニックを前面に出して吹きまくるというよりは、比較的暖かい音色で、品の良い演奏です。6人組の中で唯一の女性作曲家タイユフェールの「フォルラーヌ」などはバイノンの演奏で聴くと、美しく哀切に満ちている佳品だと思いました。オネゲルとデュレの無伴奏フルート独奏曲も、刺激的な演奏は避けているようです。バイノンのこの上品さは、もしかすると根っからのフランス音楽愛好家が聴くと物足りなさを感じるのかもしれません。私などはただ聴いて楽しむ程度なので、特にデュレの無伴奏でのバイノンの演奏は、どこか雅楽のような色彩もあって大いに楽しむことができました。
■ コール/エクセルジェアン盤
ミヨー:屋根の上の牡牛、スカラムーシュ
プーランク:キテーラ島への船出、カプリッチョ
タイユフェール:ブルレスケ組曲、最初のお手柄、2つのワルツ
オーリック:5つのバガテル
デュレ:雪
オネゲル:3つの対位法フィリップ・コール、エドゥアール・エクセルジェアン ピアノ
録音:1985年6月19/21日
仏PIERRE VERANY (輸入盤 PV786091)「フランス6人組」によるピアノ連弾ないしは、2台のピアノのための作品集です。最初の「屋根の上の牡牛」は、以前にヴァイオリンとピアノのデュオ曲として紹介しました。元々はチャップリンの無声映画のための音楽だったそうですが、ミヨーはこれをバレエ音楽のための室内オーケストラ版と、「南米の歌による映画サンフォニー」と副題をつけてピアノ連弾版にしています。ブラジル音楽をベースに作曲しているとのことで、大変乗りのよい音楽です。「屋根の上の牡牛」という名前の居酒屋が出来て「フランス6人組」はそこに出入りしていたということですから、そんな酒場に流れるのにふさわしい音楽のようにも思います。続いての「スカラムーシュ」は2台のピアノ曲としては有名な曲の一つだそうですが、私は初めて聴きました。ピアノの掛け合いが楽しい曲です。特に第二曲の「モデーレ」はちょっとしたせつなさが混じった、愛すべき佳曲だと思います。
続くプーランクの二曲は、元気のよい曲です。かしこまった演奏会より、砕けた雰囲気の居酒屋で安いワインを飲みながらガヤガヤやりながら聴くのに良いと思います。タイユフェールの曲になると元気の良さよりはそこはかとない陰影を帯びた雰囲気が漂い、複雑な音の絡み合いよりは旋律の美しさが際だっています。特に「二つのワルツ」では、上質のシャンソンを聴いているような感じです。タイユフェールには他にも「小舟が一艘ありました」という、実に聴いてみたくなるタイトルの曲もあるようです。
オーリックの「5つのバガテル」も深刻さが皆無の曲で、素直に楽しめます。デュレの「雪」は静かに降り積もる雪を表現しているような始まりです。全体的には暗い色調で、寒々としたというよりは白い雪が降る向こうの暗く不気味な夜空が強調されていると感じます。オネゲルの「3つの対位法」は、それまでの曲とは一転して、まるでバッハを聴いているような角張った聴き応えのあるものです。第三曲になって漸く斜に構えたような音の進行がでてきますが、ここまで聴いてきた曲に比べると独特さがあります。
ここで演奏しているコールとエクセルジェアンについては、聴き比べるディスクがない上に、私自身もピアノ・デュオというジャンルはほとんど聴いたことがないので、演奏の善し悪しはまったく分かりません。サティやドヴォルザークのスラヴ舞曲集などが同じレーベルで出ています。少なくとも、このディスクでの洒脱な演奏によって、「フランス6人組」の各曲の魅力が一層輝いていると感じます。
今回、「フランス6人組」についての二枚のディスクはイギリスHyperionレーベルと、フランスPIERRE VERANレーベルによるものでした。Hyperionが柔らかい響きがあり、PIERRE VERANYは少々刺激的と、録音も何となく違います。編成も録音も、もちろん曲も異なる二枚のディスクですが、「フランス6人組」の個性を知るには、良いディスクではないかと思います。私は、ミヨーとプーランクに興味を持ちました。もちろん聴きかじり程度ですが、これからも機会があったらいろいろなディスクを聴いてみたいと思います。
(2008年4月13日、An die MusikクラシックCD試聴記)