「わが生活と音楽より」
マックス・ポンマーを聴く文:ゆきのじょうさん
マックス・ポンマー(Max Pommer、ポマーと表記されることもあります)は1936年にライプツィヒに生まれた指揮者です。1974年にライプツィヒ大学合唱団の音楽監督になったことを皮切りに、1978年にライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の団員らとともに、ライプツィヒ新バッハ合奏団(Neues Bachisches Collegium Musicum Leipzig、以下NBCM)を結成します。これはバロック音楽、殊にバッハのカンタータや合唱作品を演奏することが目的だったそうです。ポンマーとNBCMLは1985年に国際的に知られることとなります。それは以下のディスクがDeutscher Schallplattenpreisを受賞したからです。
J.S.バッハ:
ブランデンブルク協奏曲全曲 BWV1046-1051, BWV1046a, 1047a, 1050a, BWV174
マックス・ポンマー指揮ライプツィヒ新バッハ合奏団
録音:1984年、ライプツィヒ、パウル・ゲルハルト教会
独Capriccio(輸入盤 49 255 9, 49 256 6. Edition Bach Leipzigに収載)
ジャケット写真は第1-3番私は、上記のような経緯はまったく知らずに、このディスクをLP3枚組で買い求め、たちまち虜になってしまいました。時代は既にピリオド楽器が全盛となっており、バロック音楽はピリオド楽器とピリオド奏法で行うことが当然のように受け止められていました。そんな時代にポンマー達は、モダン楽器でのバッハを世に送り出してきたのです。
まだ東ドイツがあった頃のことです。古き伝統を守る、バッハの故郷とも言えるライプツィヒから「正統な」バッハの登場とも言えます。しかし演奏はそんな言葉から受ける古くささとは無縁の、気品と愉悦に溢れる演奏でした。
この演奏については、伊東さんのレビューに詳しいです。あえて付け加えさせていただけるのなら、この演奏には演奏家たちの喜びと幸福に満ちていると思います。きちんとした考証に基づいているのでしょうけど、演奏は四角四面の堅苦しさは全く感じません。急速楽章は弾み、緩徐楽章は歌います。ヴァイオリンのズスケ、トランペットのギュトラー、フルートとブロックフレーテのハウプト、オーボエのグレツナー、ハープシコードのジャコテ・・・という当時の東独の名だたる強者たちが集っているのに、ここには個性のぶつかり合いよりは、皆が同じ喜びを享受しようとしています。初稿版の第1、第2、第5なども収録した、このディスクが賞を受けるというのは、至極当然だと思いました。
興味をもった私は、CDになってからもこのコンビのバッハを買い求めました。
J.S.バッハ:
復元された協奏曲集
ライプツィヒ新バッハ合奏団
マックス・ポンマー指揮
録音:1985年1月、2月、7月、1986年1月、ライプツィヒ、パウル・ゲルハルト教会
独Capriccio(輸入盤 10 083-085 3枚組)
ジャケット写真は第1集チェンバロ協奏曲として残されているものを、元々の協奏曲として復元したものです。ブランデンブルク協奏曲と同様、瑞々しい美しさと、自然な喜びからもたらされる躍動感は変わりません。独奏楽器を担当する奏者たちは、妙技を披露するというよりは、バッハの音楽に奉仕する立場が強いようです。それでも演奏する楽しさが伝わってきます。
J.S.バッハ:
フーガの技法 BWV1060
マックス・ポンマー指揮ライプツィヒ新バッハ合奏団
録音:1984年、ライプツィヒ、パウル・ゲルハルト教会、及び、オルガン演奏部分は1983年、ドレスデン、ルカ教会
独Capriccio(輸入盤 10 026/1-2)録音年からみれば、今回取り上げたポンマーのバッハのうち、最も古いディスクですが、聴いたのは最後でした。楽器指定のないフーガの技法を、管弦楽の様々な組合せとオルガンで演奏しており、オルガンは何とドレスデン・ルカ教会の楽器が使用されています。また、コントラプンクトゥス13の2台のハープシコードのための編曲版でポンマー自身が演奏者として加わっています。このようなコンセプトの編曲版としては、リステンパルトや、パイヤールなどのディスクがありましたが、タイトルとしてクレジットされていませんが、解説を読むとポンマーの編曲によるものと分かります。モダン楽器を用いていますが、演奏にはやはり古くささはなく、純粋に音楽をする楽しさに満ちています。
このような演奏をするポンマーとNBCMの演奏会は、当時ベルリンに住んでいた知人の話によると、やはり絶大な人気があったそうです。ところが1987年、ポンマーはNBCMから、ライプツィヒ放送交響楽団の常任指揮者に移籍します。バッハのカンタータも何曲か録音していたものの、マタイ受難曲やミサ曲ロ短調などの大曲は録音することはないままの移籍となりました(ヨハネ受難曲はビデオ映像で存在するらしいです)。この経緯については、当時の東独で権威があった音楽家がポンマーとNBCMの人気に嫉妬したため、強権による人事異動なのだ、との噂もあったのですが、真相は分かりません。
ポンマーはライプツィヒ放送交響楽団に移ってからは、バロック音楽ではなく東独の現代作曲家の作品や、ロマン派の音楽を録音します。その中にドビュッシーがあります。
クロード・ドビュッシー:管弦楽作品集
- 三つの交響的エスキス《海》
- 夜想曲
- 牧神の午後への前奏曲
- 小組曲(ビュッセル編)
- 月の光(カプレ編)
- 子供の領分(カプレ編)
- バレエ《おもちゃ箱》(カプレ編)
シモネ・リスト 語り
マックス・ポンマー指揮ライプツィヒ放送交響楽団、ライプツィヒ放送合唱団
録音:記載なし
独Capriccio(輸入盤 51132)東独のオケが演奏するドビュッシーと聞くだけで一体どんな演奏になってしまうのかと思われてもしょうがないのですが、ポンマーの持ち味がよく生かされている演奏です。色彩感よりは透明感に溢れており、はね回るようなリズム感、ふんわりとした優美さにも不足がありません。それでいて雰囲気に流されるようなことはなく、しっかりとした見通しがあるので聴いていて曖昧なところがありません。フランス音楽が苦手な方でも楽しめる演奏だと思います。
ライプツィヒ放送交響楽団時代に、ポンマーが積極的に取り組んだのが、フィンランドの作曲家、ラウタヴァーラの作品です。その中で比較的聴きやすいと思うのが以下のディスクです。
ラウタヴァーラ:
カントゥス・アルクティクス(鳥とオーケストラのための協奏曲)(1972)
交響曲第5番(1986)マックス・ポンマー指揮ライプツィヒ放送交響楽団
録音:1989年12月、1990年6月、ライプツィヒ、ベタニエン教会
BMGビクター(国内盤 BVCT1514)カントゥス・アルクティクスは、鳥の鳴き声が録音されたテープと、管弦楽による演奏です。ゲンダイオンガクではありますが不協和音は余りなく最後まで聴きやすいものです。鳥の鳴き声とオーケストラの絡み合いは、おそらくは大自然に対する敬意のようなものを込めているのだと思います。ポンマーの柔らかく、明晰な指揮はこの曲の魅力を見事に表現していると思います。交響曲第5番は、打って変わって荒々しい不協和音が混沌とした曲です。時々切ないメロディが出てきてはうち消されるというものです。このようなゲンダイオンガクであっても、ポンマーの指揮ぶりは変わりません。どんなに粗暴な響きであっても、そこに溺れることなく聴き手を導いてくれています。
ライプツィヒ放送交響楽団は、ベルリンの壁崩壊と東西ドイツ統一によって1991年に解体され、当然ながらポンマーも常任指揮者の地位を辞します。ラウタヴァーラの交響曲は第5番までライプツィヒ放送響、第6番をヘルシンキ・フィルと録音しますが、その後録音は途絶します。《光の天使》という副題で後にラウタヴァーラの代表作となった第7番は、セーゲルスタムがヘルシンキ・フィルを指揮して録音することとなりました。
現在、ポンマーはザールブリュッケン音楽院の指揮科教授に就任し、後進の指導と客演活動が主になっています。新録音も全く出てきません。NBCMは活動を続けており、公式サイトもあります。どうやら常任指揮者は置いておらず、アルブレヒト・ヴィンターという人がコンマスとリーダーを兼務しているようです。楽団の歴史の記述にはポンマーの名前が出ていますが、コンサート予定表にポンマーが指揮者として登場するプログラムはないようです。
ポンマーの素晴らしいところは、音楽を心の底から好きで楽しんでいることが聴き手に伝わることです。そして、私が聴いた限りのディスクでは、自分の演奏スタイルは変えず、むしろそれに合う曲を選んでいるようです。ラウタヴァーラを熱心に取り上げた理由はよくわかりませんが、聴いた範囲では、ポンマーはこの作曲家がとても好きだったと感じることができます。
今、ポンマーとNBCMに交流があるのかどうか分かりません。私個人としては、もし可能なら、ポンマーがまたNBCMを指揮してバッハを演奏してくれたら良いのに、と思っています。
2007年8月10日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記