「わが生活と音楽より」
二枚のヴィヴァルディ/四季を聴く

文:ゆきのじょうさん

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CDジャケット

 ヴィヴァルディの「四季」は、ベートーヴェンの「運命」と同じくらい日本人にはお馴染みのクラシック音楽だと思います。実際、LP時代において、カラヤン/ベルリン・フィルの「運命」「未完成」と同じくらい「四季」のレコードは売れたと、何かに書いてありました。私も「四季」を最初に聴いたのは、そのベストセラーになったアーヨ/イ・ムジチ合奏団による「四季」のレコードであり、楽譜入りのダブルジャケットの国内盤は今でもレコード棚にあります。その後、さほど熱心な「四季」の聴き手のつもりはありませんでしたが、それでも比較的多くのディスクを聴いてきました。記憶にあるだけでも、ミケルッチ/イ・ムジチ、ミュンヒンガーなどの比較的穏やかな演奏に始まり、シモーネ/イ・ソリスティ・ベネティ、マリナー、そしてアーノンクールなどの刺激的な演奏も聴いてきましたし、シュヴァルベがソロを弾いたカラヤン/ベルリン・フィルも愛聴しておりました。ピリオド楽器になってからも、ピノックの旧盤、新盤から、四曲すべてソリストを替えたホグウッド盤等々、気が付けば最近の演奏まで折に触れてずいぶんと聴いていました。

 そんな、誇れるほどでもない「四季」の盤歴の中には、演奏や編成に創意工夫を凝らしたものもありました。例えば最近では、レッド・プリーストがなかなか楽しめるアルバムを出しています。今回は、その他で「ちょっと変わっているな」と思ったディスクを紹介したいと思います。

 

■ クスマウル/ベルリン・バロック・ゾリステン盤

CDジャケット

ヴィヴァルディ:
 ヴァイオリン協奏曲 ヘ長調 「秋」 RV293
 ヴァイオリン協奏曲 ヘ短調 「冬」 RV297
 チェロのための協奏曲ロ短調 RV424
 ヴィオラ・ダモーレのための協奏曲イ短調 RV397
 ヴァイオリン協奏曲 ホ長調 「春」 RV269
 ヴァイオリン協奏曲 ト短調 「夏」 RV315

ライナー・クスマウル ヴァイオリンと指揮
ゲオルク・ファウスト チェロ
ヴォルフラム・クリスト ヴィオラ・ダモーレ
ベルリン・バロック・ゾリステン

録音:1998年9月(「四季」)、2004年6月(RV424, RV397)、ベルリン・ダーレム、イエス・キリスト教会
独Christian Feldgen Music(輸入盤 CFM32)

 冒頭が「春」ではなく、いきなり「秋」から始まるのが驚かせてくれるディスクです。間に低弦による協奏曲を挟んで「春」に戻るという趣向で並べられています。四季は循環するので、もちろんこのように並べても問題はないわけです。今まで聴いてきた限られたディスクにおいては、その全てが春夏秋冬の順で並べられていましたので、「冬」がクライマックスのようなイメージが何となくできていた私にとっては、ちょっとした衝撃でもありました。録音年月日を参照すれば容易に想像できるように1998年に「四季」を録音して、2004年に2曲の協奏曲を追加録音してCD1枚分としています。したがって当初からこのようなコンセプトでアルバムは作られたわけではないことは明白ですが、それでも最終形としてこの曲順にしたのは、新鮮に感じました。

 演奏はというと、崩したところがまったくない整然とした演奏と言えます。ベルリン・フィルのコンマスであったクスマウルが結成したドイツのアンサンブルという先入観を外したとしても、この演奏は実に切れ味のよい刃物で刻んだかのような怜悧な断面をもっています。クスマウルのソロを初め、すべての奏者は一糸乱れぬ奏法で統一されているのですが、そこから圧倒的な音楽の力が迫ってきます。わずかばかりの装飾音符や音型がありますが、ほとんど目立ったものではありません。

 「夏」は最後に置かれただけあって、やはりこのアルバムでの一番の聴き所でした。どんなに速いパッセージになっても完璧なアンサンブル、それでいて第一楽章の後半ではヴィオラ奏者の弓がバシバシと鳴るほど白熱しています。第三楽章も見事なまでの疾走感で纏め上げています。ベルリン・バロック・ゾリステンの演奏はただ生真面目に縦の線を合わせているだけではなく、かといって妙な「ノリ」だけで弾き合わせているのでもない、考え抜かれた格好良さが感じられます。聴き飽きることのない演奏だと思います。

 

■  トンネセン/ノルウェー室内管弦楽団盤

CDジャケット

ヴィヴァルディ (テリエ・トンネセン補筆):
ヴァイオリン協奏曲集「四季」 (和声と創意の試み 作品8 から)
 ヴァイオリン協奏曲 ホ長調 「春」 RV269
 ヴァイオリン協奏曲 ト短調 「夏」 RV315
 ヴァイオリン協奏曲 ヘ長調 「秋」 RV293
 ヴァイオリン協奏曲 ヘ短調 「冬」 RV297

テリエ・トンネセン ヴァイオリン
ノルウェー室内管弦楽団

録音:2002年11月10日、オスロ、ウラニエンボルグ教会でのライヴ録音
ノルウェーSIMAX(輸入盤 PSC1247)

 「4 SEASONS」と題されたアルバムです。ヴィヴァルディの原曲にソリストのトンネセンが加筆したもので、トンネセン自身の言葉によれば「1700年代と2000年代との時代間に架け橋をする試み」だそうです。これが類い希なほど刺激的な演奏となっています。

 最初は電子音楽(?)が不安げな不協和音で始まり、やがて「春」が始まり、ほっとするのもつかの間、音楽は変形してヴァイオリンで怪しげなさえずりが交わされます。嵐の場面になると大太鼓?が轟き渡ります。最後はおそらく録音された鳥のさえずりで終わります。第二楽章は装飾符も入りますが楽譜通りに進めるのかと思いきや、途中からガラッと曲調が変わってバグパイプが加わり、ダンス音楽へと変貌していきます。そしていつの間にか第三楽章になっていくのです。

 「夏」以降も創意工夫が凝らされています。打楽器が炸裂するリズムがとても効果的で、最初からこういう曲だったのではないかとすら思える一体感があって実に興奮します。「秋」は電子音や、おそらく奏者たちの声まで参加します。全4曲とも目まぐるしく変わるテンポと音色、あっけにとられる転調、荒れ狂う打楽器、テオルボ、ギター、民族楽器のニッケルハルパまで動員、と枚挙に暇がないくらいの創意工夫が山盛りになっているのです。

 ところが、これが冗談音楽のようなものなのかというと、そうは感じられないところが不思議な演奏なのです。ヴィヴァルディの音楽を真正面から見据え、一度解体してから再構築していく過程で、ここには確かに音楽への愛情を感じます。「冬」の第二楽章は、数あるディスクの中でも秀でた侘びしさがあります。これに続くカデンツァは壮大なゲンダイオンガクなのですが、ちっとも不快感がありません。終楽章は文字通り雪崩を打って終わります。

 終演後、上品な、それでいてやんやの拍手が入ります。ノルウェーにおいて「四季」がどれほど親しまれた曲なのかは分かりませんが、この演奏の質の高さと真摯さが、よく感じられる拍手だと思いました。

 

■ 

 

 「四季」は、他にも心惹かれる演奏があります。そして、これからも多くのディスクが出るのでしょう。それだけの器の大きさを持った曲なのでしょう。これからも、新たな魅力を持った「四季」の出会いを楽しみにしたいと思います。

 

2009年4月19日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記