ブーレーズ指揮の20世紀音楽集

文:青木さん

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 今回は、ORIGINAL ALBUM CLASSICSシリーズの中から、ブーレーズが指揮するモダン・ミュージックの世界へご招待いたします。さきごろ「コンセルトヘボウの名録音」の「近くて遠いドイツとオランダ ― ドイツ・グラモフォンのコンセルトヘボウ録音を聴く」篇において、「モーゼとアロン」のブーレーズ盤にまったく理解が及ばずあえなく玉砕。そのリベンジというわけでもありませんが、20世紀音楽を集めたこのブーレーズ・セットがなかなかの好内容だったので、採りあげることにしました。

 

■ CDについて  

CDジャケット

 SONY/BMGのORIGINAL ALBUM CLASSICSというこのシリーズ、クラシック関係はここに全10セットが紹介されており、ほかにロック〜ポップスやジャズ〜フュージョンのものもたくさん出ています。基本的にはアーティスト単位で有名盤を5タイトルずつ、LP盤風にデザインされたCDをオリジナル・ジャケットの紙スリーヴに入れ、それらをスリップケースに収めて2000円前後、という魅力的なシリーズ。上記サイトには

  • 音源については、それぞれ最新リマスターを使用しています
  • オリジナル発売当時のカップリング通りに楽曲が収録されており〜

とありますが、クラシック以外ではボーナストラック追加や曲順変更など、現行CD版を踏襲しているものもある模様。

 さて当ブーレーズ篇、CDが入る紙スリーヴは、DG111周年の55枚組と違って裏面までもがオリジナルと思しいデザインで、これはすばらしい。ただ、わざわざ封入されている別冊ブックレットは、CDトラック割りと演奏時間を示すためだけにあるようで、演奏者の詳細表記や録音関係のクレジットがないという不親切なもの。以下では「レコード芸術」誌別冊の「レコード・イヤーブック」で補ったデータを記載しました。

(輸入盤 SONY MUSIC 8869756168-2)

 

■ CD1 

CDジャケット

バルトーク
管弦楽のための協奏曲 Sz.116
ピエール・ブーレーズ指揮ニューヨーク・フィルハーモニック
録音:1972年12月18日 マンハッタン・センター、ニューヨーク
 プロデューサー:トマス・Z.シェパード
 エンジニア:エドワード・T.グラハム

 ブーレーズのソニー録音といえば、計48CDを11のセットに分けたものが、これも格安で発売されたばかり。ところがこのうち「バルトーク&スクリャービン編」ではなぜかオケコンがオミットされていて、それが当ボックスの一枚目です。オリジナル・ジャケットは、かつてのクアドロフォニック(4チャンネル)時代に目玉盤として録音・制作されたという事情を今に伝えるあの有名なイラスト。このジャケットによるCD化はされていないのでは?

 では中身はどうなのか。シカゴ響を指揮した新盤(1992年DG録音)と聴き較べてみたところ、ブーレーズの解釈にはさほど違いが感じられません。しかしその特徴である「解像度の高さ」は、圧倒的にこの旧録音のほうに分があって、ちょっと意外な感じ。当時のニューヨーク・フィルは精彩を欠いていた時期だという先入観があったからですが、実際に木管のソロや弦の合奏などはちょっとささくれだって聴こえたりして、技巧上はシカゴ響の洗練度・完成度に及ばない。しかし、対旋律や打楽器等の浮かび上がらせ方が徹底していて、これは録音面の影響も大きいんでしょうけど、結果として「スコアが見えるような」とか「レントゲン写真みたいな」といった、当時のブーレーズ評の常套句がまさにピッタリ。シカゴ響の新録音が(あえて比較すると)全体的に穏当な印象になっているのに対して、この旧盤はかなりトンガっており、個人的にはこっちのほうが圧倒的に好きですね。この一枚だけでもう元をとった気分。もちろん2チャンネルのミックスですが、4チャンネルでの再生をぜひ体感してみたいところ。ハイブリッドではない純SACDが、このオリジナル・ジャケットで出ていたようです。

 

■ CD2 

CDジャケット

シェーンベルク
月に憑かれたピエロ Op.21
イヴォンヌ・ミントン(シュプレッヒシュティンメ)
ピンカス・ズッカーマン(ヴァイオリン、ヴィオラ)
リン・ハレル(チェロ)
ミシェル・デボスト(フルート、ピッコロ)
アンソニー・ペイ(クラリネット、バス・クラリネット)
ダニエル・バレンボイム(ピアノ)
ピエール・ブーレーズ指揮
録音:1977年6月20-21日 リバン教会、パリ
 プロデューサー:ロイ・エマーソン
 エンジニア:ロバート・グーチ、マイク・ロス=トレヴァー
(初出国内盤:25AC684 1979.6.)

 次はあの難曲「モーゼとアロン」の作曲者。シノーポリとカペレのCDで聴いたことがあるはずの曲なのに、まったく印象を覚えていない。ごく小さな室内楽編成だし、こりゃまたもやダメか・・・と警戒しながら聴いたんですが、杞憂でした。歌と語りの中間のようなシュプレッヒシュティンメが、「モーゼとアロン」の悪夢を連想させるのではなく、むしろベルクの「ヴォツェック」に近い魅力的な世界を創出。短い曲が続き、曲ごとに楽器の組み合わせが変わっていくのもいい。その響きは幻想的とさえいえるもので、無調の味気なさはほとんど感じられません。

 演奏者は新春特別興行のようなオールスターズですけど、そのアリガタミは特に感じず。もっと聴きこむ必要がありそうです。ブーレーズはシェーファーとDGに再録音していて、その音源を使ったシュールな映像作品というのがあるそうな。これは興味をひかれます。

 

■ CD3 

CDジャケット

ブーレーズ
プリ・スロン・プリ(マラルメの肖像)
〔賓(たまもの)/マラルメによる即興曲I/マラルメによる即興曲II/マラルメによる即興曲III/墓〕
ハリーナ・ルコムシュカ(ソプラノ)
マリア・バーグマン(ピアノ)
フーゴー・ダルトン(マンドリン)
ポール・スティングル(ギター)
ピエール・ブーレーズ指揮BBC交響楽団
録音:1969年5月8-10日 EMIスタジオ、ロンドン
 プロデューサー:ポール・マイヤーズ
 エンジニア:クリストファー・パーカー、ロイ・エマーソン
(初出国内盤:SOCL228 1970.5.)

 続いてはブーレーズの自作曲。まぁここまで来てしまうと、ふつうにイメージする現代音楽そのもの、という印象です。といっても奇天烈で耳障りな不協和音が炸裂するようなものではなく、精緻な音響が連続していく静謐系で、シロフォン系の打楽器が実に効果的。こういったサウンドは、我々の世代にとってテレビや映画のサントラで実はなじんできたもの。それだけ多方面への影響力が大きかったのでしょう。しかし瞬間瞬間では魅力的なんですが、その構成・展開をよく把握できぬまま延々1時間に渡って続くので、ちょっとタイクツな時間もありました。もっと何度も繰り返し聴かなければ・・・

 

■ CD4  

CDジャケット

ラヴェル
a.歌曲集「シェエラザード」
b.ステファヌ・マラルメの3つの歌
c.マダガスカル島民の歌
d.ドゥルシネア姫に思いを寄せるドン・キホーテ
e.5つのギリシャ民謡
ヘザー・ハーパー(ソプラノ-a)
ジル・ゴメス(ソプラノ-b)
ジェシー・ノーマン(ソプラノ-c)
ホセ・ファン・ダム(バリトン-d,e)
ピエール・ブーレーズ指揮BBC交響楽団(a,d,e)、BBC交響楽団のメンバー(b)、アンサンブル・アルテルコンタンポランのメンバー(c)
録音:1972年1月13-14日 EMIスタジオ(a)、1977年4月15日 ヘンリー・ウッド・ホール(b)、1977年12月9日 オール・セインツ教会(d,e)、以上ロンドン、1979年2月4日 IRCAM、パリ(c)
 プロデューサー:ロイ・エマーソン、ポール・マイヤーズ(a)
 エンジニア:不明
(初出国内盤:28AC1966 1984.7.)

 ラヴェルの声楽曲をこうしてまとめて聴くのは初めてです。4人の歌手が使い分けられていますが、寄せ集めではなくこういう企画のもとで制作されたアルバムらしいので、その多彩さを味わうべきなのでしょう。声楽に不案内な当方にはそれをお伝えできる力がないんですけど。

 もう一つのコンセプトは、「異国趣味」の作品集になっている点。冒頭「シェエラザード」の第一曲がいきなり「アジア」。しかし以前に聴いたデュトワ盤に感じられたエキゾチシズムがかなり希薄だし、東洋ムードと無調ぽい現代性とが同居しているような「ステファヌ・マラルメの3つの歌」に至っては後者ばかりが強調され、聴いていてあまり楽しくありません。そのぶん管弦楽の精妙な響きがストレートに伝わってくるようで、これはこれで悪くはないんですが。

 LPだとB面にあたる後半では楽曲自体の異国情緒がかなり際立ってくるので、さすがに雰囲気が変わってきます。ピアノとフルートとチェロだけが伴奏する「マダガスカル島民の歌」のけだるく妖しい南国調はなんともユニーク。そして男声に替わり、スパニッシュな「ドゥルシネア姫に思いを寄せるドン・キホーテ」とにぎやかな「5つのギリシャ民謡」では管弦楽の色彩感も一気に拡大。こういうラヴェルが大好きなワタシには、まったく嬉しい聴きものでした。なお、「ドゥルシネア姫に思いを寄せるドン・キホーテ」はラヴェル最後の作品だそうです。

 

■ CD5 

CDジャケット

ベルク
a.「ルル」組曲
b.演奏会用アリア「ワイン」
ジュディス・ブレゲン(ソプラノ-a)
ジェシー・ノーマン(ソプラノ-b)
ピエール・ブーレーズ指揮ニューヨーク・フィルハーモニック
録音:1976年3月3日(a)、1977年1月24日(b) マンハッタン・センター、ニューヨーク
プロデューサー:アンドリュー・カズティン
エンジニア:バド・グラハム、アーサー・ケンディ、レイ・ムーア
(初出国内盤:25AC690 1979.7.)

 最後はなじみのベルクで、ホッと一息といったところ。ワタシがクラシックを聴きはじめた頃に出たアルバムで、FM誌の広告かなにかで見たこのジャケットは強く印象に残っています。ブーレーズの「ルル」は全曲をCDで、組曲をシカゴ響とのDVDで、それぞれ視聴していますが、より馴染みがあるのはドラティ指揮のマーキュリー盤。シノーポリとカペレ、ガッティとヘボウ、アバートとウィーン・フィルのCDも聴きました。それらに較べると、このブーレーズ盤はもうひたすらクール・ビューティーな印象。緻密でひんやりした演奏によって、曲の独特の美しさと叙情性が際立っています。けっして濃厚じゃないけど薄味でもない、密度の高さがすばらしい。あと、5曲目のルルの悲鳴がひときわ強烈!

 このディスクもそうですが、このセットで印象的だったのは音がよいこと。ソニーの録音ってもうちょっとフニャけたピンボケ音質というイメージがあったんですが。「最新リマスターを使用」の効果なんでしょうか。

 

■ まとめ 

 

 というほどではありませんが、このセットに収められた5枚のセレクトについて。CD2からCD5まではすべて声楽の入る曲だし、CD3のブーレーズとCD4のラヴェル(の二曲目)はマラルメつながり、またそのラヴェル二曲目は、作曲時にCD2「月に憑かれたピエロ」の影響があったとのこと。CD2のシェーンベルクとCD5のベルクはもちろん師弟関係、などなどコジツケぽいのも含めなんらかの関連とまとまりを見出せる。するとCD1のバルトークが異質、これだけが浮いてくるんですね。なぜか再発売が少なかった録音でもあり、特典盤みたいなイメージです。それも含めて、大いに満足できたセットでした。

 

2009年11月14日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記