■アメリカ東海岸音楽便り〜ボストン響のコンサート・レポートを中心に■
マゼールさんのマーラー交響曲第5番を聴く
ロリン・マゼール指揮ニューヨーク・フィル
2003年9月20日 午後8時〜
ニューヨーク州ニューヨーク、エヴリフィッシャー・ホール
- ステファン・ハートキ:交響曲第3番(世界初演、ニューヨーク・フィル委嘱)
ヒリヤード・アンサンブル- マーラー:交響曲第5番
いよいよ2003〜2004シーズンが始まりました。私たちにとって今シーズン最初のコンサートはニューヨークでの上記のコンサートとなりました。以前報告させて頂いた通り、昨シーズンの私たちの最終コンサートは、同じコンビによるマーラーの《復活》でした。その演奏に大変感銘を受けた私たちは、今回このコンサートにかなりの期待を抱き出かけたのでした。
さて、ニューヨーク・フィルは音楽監督であるマゼールさんとの2シーズン目を向かえ、9月17日(水)のオープニング・ガラ・コンサートから新シーズンを開幕させています。今回のコンサートは第一週目の定期コンサートの3日目(同じ曲目を木・金・土・火と演奏しています)に当たりました。オープニング・ガラ・コンサートも含めると4日連続の演奏会となりますから、プロのオーケストラのメンバーというのはたいした体力の持ち主なのでしょうね。
最初の曲、ステファン・ハートキの交響曲第3番はニューヨーク・フィルの委嘱により作曲され、今回が世界初演となります。何でもイギリスの古い(8〜9世紀)悲歌を元に作曲したそうで、男性4人(ヒリヤード・アンサンブルの4人のソリストが担当)による4声とフルオーケストラによる編成となっています。冒頭その男性4声による不協和音で曲は始まりました。その後、厳かな儀式でも始まるかのようにオーケストラも登場するのですが、やがてけたたましい音響とともに音楽はどこに行くのか分からなくなりました。ちょっと私たちには苦痛の時間帯が続きました。妻は本当に気分が悪くなったほどです(苦笑)。ただ作曲者の名誉にために言っておくと終演後はかなりの拍手が巻き起こっていました。理解できなかった方が少数派なのかもしれません。
休憩時間を挟んでマーラーの交響曲第5番です。私がこの曲を初めて聴いたのはショルティ指揮シカゴ響(旧盤)によるもので、その溌剌とした演奏が私のリファレンスとなっています。よって他の演奏を聴く場合、冒頭のトランペットによるあまりにも有名なソロにしばしば物足りなさを感じてしまうことがあります。この曲ぐらい冒頭のソロが全体のイメージに影響を及ぼしてしまう曲も少ないのではないでしょうか。しかしその心配は無用どころか嬉しい驚愕に変わります。マゼールさんが静かに指揮棒を振り始めると、トランペットのソロがホールに響きました。そのまったく淀みのない輝かしい音色は次第に大きくなり、ホールをまさに支配してしまったのです。そして壮絶なオーケストラの響きが加わりました。こんなに存在感のあるトランペットの音はまさに私のリファレンスであるショルティ指揮シカゴ響以来です。そしてその輝かしいトランペットの音は長場の交響曲中終始存在感を示し続けました。
演奏は前回聴いた《復活》同様のスタイルです。マゼールさんはかなりテンポを揺らし濃厚な表情付けをしてゆきます。速いところは思いっきり速く、遅いところはとことん遅いです。またその指揮ぶりは奏者による勝手な解釈を許さず、すべてを自分の支配下に置いている感じでした。冒頭のトランペットのソロさえ奏者任せにはせず全部振っていましたから・・・。でも第一楽章ではそのマぜールさんの解釈がとても面白く、刻々と変わる表情に一瞬も気を抜いていられず、あっという間に終わってしまいました。
第二楽章はほとんど間を置かず続けて演奏されました。マゼールさんのかなり微細な表情付けは止まる事を知らず、この第二楽章も今まで聴いたこともない響きを創造していました。途中チェロが中心となった静かな部分がありますが、かなりテンポを落とし丁寧に演奏し、無常感を漂わせるなど、「こんな部分があったっけ?!」と驚かされることが多々ありました。しかしです。マゼールさんはいろいろやりたいことがあったのでしょう。やりすぎた感じがします。途中から場面転換を激し表現し過ぎたため、結果としてこの楽章は全体の流れがひどく不自然になり、まとまりが悪くなってしまいました。また、楽章の後半でマゼールさんが少し自分の感情を見せるような場面があり、そういった時はこちらもドキドキとしてくるのですが、その反面、大部分はどんなにオーケストラが絶叫しようともあくまで突き放した冷静な指揮ぶりで、こちらも演奏に乗り込めないもどかしさもありました。
第三楽章の前後には長めのはっきりとした間が置かれました。マゼールさんがこの曲を3部(1部が第一&二楽章、2部が第三楽章、3部が第四&五楽章)にはっきりと区切って理解していることがわかります。第三楽章は冒頭から跳ねるようなリズムでかなり軽めの音楽にしていたと思いますが、ここでも場面転換が激しくその雰囲気は刻々と変わりました。この楽章後半に見せたティンパニの激しい打ち込みには驚かされましたし、木と木を叩き合わせる楽器の音もこんなに良く聞こえた演奏を知りません。また話題になったラトル盤のようにホルンの奏者が指揮台横に出で来ることはなかったですが、その存在感はこの楽章に限らず十分でした。
第四楽章、演奏によっては、甘く耽美的な音楽に出来そうな曲ですが、マゼールさんの方向性はそういったものを排除した明快な音楽です。指揮ぶりものめり込むような所が一切なく、こちらも陶酔出来ないのですが、その明快な美しさはこれで十分とも思わせます。最後の一音はかなり長めに保ったのですが、この最後の一音が消えないうちに第5楽章冒頭のホルンの一音を重ねました。そして第四楽章の弦の響きが完全に消えてから、続きのホルンのメロディーが入りました。
第五楽章はニューヨーク・フィルの威力が全開した演奏です。抉りの効いた金管群といざと言う時には凄い打ち込みを見せるティンパニがメリハリをつけ、ちょっとうるさく感じたくらいです(苦笑)。最後はかなりテンポを上げて締めくくりました。かなりの拍手が巻き起こり、スタンディングオベーションとなりました。トランペット、ホルン、ティンパニの奏者が順に立たされ盛んな拍手を浴びていました。
私たちには前回聴いた《復活》と比べると、どうもまとまりを欠く演奏(特に第二&三楽章)であった気がします。曲自体にも責任があるのかもしれませんが・・・。演奏には幾分不満がありましたが、マゼールさんの過激な要求に応えたニューヨーク・フィルには感心してしまいます。マズアさんの時とは違い明らかに良く鳴るようになった(マズアさんは押さえ気味だったのでしょうか)のは間違いなさそうです。今シーズンの最後の週(2004年6月16〜19日)には同じマゼール指揮ニューヨーク・フィルのコンビでマーラーの大曲、交響曲第3番も予定されています。私たちも都合がつけば聴きたいと思います。この次にはどういった演奏になるのか今から期待半分、不安半分です。
最後に今回の演奏会、私たちが聴いた日とは異なりますが(9月18日の演奏会)、誰でも家にいながら丸々聴くことが出来ます。ニューヨーク・フィルのホームページにアクセスし、イベント&パフォーマンスの項からブロードキャストを選択してこの日の演奏会をダウンロードするだけです(要RealOne Player)。私も聴いてみましたが、個々の迫力には欠けますが全体としてのまとまりはこの18日の演奏会のほうが上の気がします。もし興味がある方がいらっしゃいましたらお試しください。
《私のお気に入りのCD》
マーラー
交響曲第5番
バルビローリ指揮ニュー・フィルハーモニーア管
EMI(輸入盤 7243 5 66910 2 5)私のリファレンスCDはショルティ指揮シカゴ響(旧盤)には違いないのですが、最近聴いて、この曲をより好きになったバルビローリ指揮ニュー・フィルハーモニア管の演奏をここではあげたいと思います。マゼールさんほど強烈な表情付けをしていないにもかかわらず、バルビローリさんのこの曲への思い入れが伝わってくる演奏です。
(2003年10月5日、岩崎さん)