■アメリカ東海岸音楽便り〜ボストン響のコンサート・レポートを中心に■
ボストン響のベートーヴェンを聴く
ベルナルド・ハイティンク指揮ボストン交響楽団
2003年10月4日 午後8時〜
マサチューセッツ州ボストン、シンフォニー・ホールオール・ベートーヴェン・プログラム
- 序曲《献堂式》 作品124
- カンタータ《静かなる海と楽しい航海》 作品112
タングルウッド音楽祭合唱団- 合唱幻想曲 ハ短調 作品80
ドゥブラフカ・トムシッチ(ピアノ)
タングルウッド音楽祭合唱団- 交響曲第5番 ハ短調 作品67
2週前のニューヨーク・フィルに引き続き、ボストン響の2003〜2004シーズンも幕を開けました。ボストン響は今シーズン、開幕から3週連続で首席客演指揮者のハイティンクさんがタクトを振ることになっています。今回私たちはその第一週目に当たる上記のプログラムを聴いてきました。
今回のコンサートはオール・ベートーヴェン・プログラムでメインはクラシックを聴く者なら知らぬ者はいない超有名曲、交響曲第5番です。私も実演で聴くのは二回目で、確か一回目はクラシックを聴き始めて間もない中学生のときに課外授業で聴いた演奏でした。テレマン室内管弦楽団が演奏していたように記憶していますが、初めて生で体験した冒頭の有名な動機に胸が高鳴り興奮し、演奏後、《運命》とはよく言ったものだなと妙に感心したのを覚えています。その後クラシックを本格的に聴くようになり、《運命》と言う題名が日本だけで呼ばれているのを知ったのはずいぶん後になってのことです。
ボストン響のベートーヴェンの交響曲第5番と言うと、伊東様も推薦のクーベリック指揮の演奏が真っ先に思い出されます。私もこの演奏が大好きです。この演奏が録音されたのが1973年、それから30年以上の歳月が経ち、きっとメンバーも半分以上が入れ替わったのではないかと思われますが、今のボストン響がどんな5番の演奏を聴かせてくれるのか楽しみにしてこのコンサートに出かけました。
1、2曲目はベートーヴェンの中でもあまりなじみのない曲(私は初めて耳にしました)が演奏されました。序曲《献堂式》は最初の痛烈な一撃からベートーヴェンらしく始まり、やがて祝祭的な響きが支配し、シーズンの最初にふさわしい曲でした。カンタータ《静かなる海と楽しい航海》は祈りにも似た厳粛な雰囲気の中しだいに豪快に盛り上がってゆきました。
3曲目から私たちも耳にしたことのある曲となりました。合唱幻想曲は昨年のタングルウッドで小澤指揮、ピーター・ゼルキンのピアノと言う豪華布陣で聴きました。しかし、残念ながらあまり記憶には残っていません。それはその演奏が悪かったのではなくその時の他の演奏が素晴らしく記憶に残っているためだと思います。さて、今回はピアノをドゥブラフカ・トムシッチさんが担当しました。彼女の名前を耳にしたのは初めてで、正直全然期待していたわけではありませんでした。しかし彼女の演奏はベテランらしくそつが無いと言うだけでなく、瑞々しいそのタッチは特に高音部で生かされていました。一緒に来ていた友人や私の妻はかなり感銘を受けたようです。またタングルウッド音楽祭合唱団の健闘も特筆すべきものがありました。この合唱団は常設のプロの団体ではなくアマチュアなのですが、その合唱の、前に迫ってくる勢いには力がありました。合唱が加わってから演奏の質が一つ上がったように感じられました。それではボストン響はどうだったかというと、まるっきり物足りなかったです。元々盛り上がる曲ですが、合唱団が加わるまでピアノ以外は退屈してしまいました。私の友人は演奏後「BSO以外が良かったね。」と評したほどです。
そして、休憩後、交響曲第5番です。休憩の前後で演奏が良くなったり、悪くなったりするのはよくあることです。今回もそれを願い聴きはじめました。しかしすぐに失望することになりました。なんとも生ぬるい演奏なのです。ハイティンクさんの誇張のないオーソドックスなスタイルはあのクーベリック盤に近いのですが、大切な何かが抜け落ちています。それを言葉で表現することは難しいのですが、響きの質が軽いと言うか、主張が感じられない音なのです。音自体はクーベリック盤より鳴っている場面さえあるのにです。第三楽章から第四楽章へ休憩なしに入る、あのあまりにも有名な、そして魂を揺さぶるような感動的な場面さえ、そのまま素通りして行った感じです。第四楽章主題の再現部では初めよりテンポを上げ、最後の念を繰り返し押すような部分ではそれなりに高らかに鳴ってはいたものの、盛り上がりに欠けるように思われました。それは根源的な真の迫力が備わっていなかったからだと思います。聴衆の反応は正直でスタンディングオべーションにはなりましたが、トムシッチさんのピアノ、タングルウッド音楽祭合唱団が加わった合唱幻想曲より、熱狂的ではありませんでした。
今シーズン初めての演奏会でいきなり厳しい感想となってしまいましたが、私としても、何がボストン響の響きに足りないのか、まだはっきりとは分かっていません。ただ、やはりベートーヴェンの演奏は難しいのだと言うことが再確認されました。演奏者も聴衆も誰でも知っている曲を感動的に響かせると言うのは実はとんでもなく難しいのでしょうね。
《私のお気に入りのCD》
ベートーヴェン:交響曲第4、5、6番
ラファエル・クーベリック指揮イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団(4番)
ボストン交響楽団(5番)、 パリ管弦楽団(6番)
DG(輸入盤 474 463-2)有名な全集から今年発売された分売。新たにOriginal-Image-Bit-Processing(通称OIBP)のリマスタリング処置が施されています。ボストン響と相性のよかったクーベリックさんの《我が祖国》と並ぶ名盤です。クーベリックさんの指揮に誇張はなく、格調高い音楽が朗々と展開されてゆきます。そこには今のボストン響にない何かが感じられます。それは当時のボストン響が持っていたものなのでしょうか。それともクーベリックさんだからこそ引き出せたものなのでしょうか・・・。
(2003年10月10日、岩崎さん)