美しいドイツ語の歌を聴く

ホームページ WHAT'S NEW? CD試聴記


 
CDジャケット

ローテンベルガー〜別れの曲(ポピュラー名歌曲集)
ソプラノ:アンネリーゼ・ローテンベルガー
録音:不詳
EMI(国内盤 TOCE-8957)

 伝説的な名歌手というわけではなかったが、ローテンベルガーは数多くのオペラ録音に参加している。しかも、純情可憐な役柄がほとんどであった。シュターツカペレ・ドレスデンとの「フィガロの結婚」でもスザンナを演じていたのはやはりローテンベルガーである。純情路線という徹底したイメージ戦略を貫き通せた幸せな人である。

 ここで取り上げたCDでは、そのローテンベルガーが残したドイツ語の歌が聴ける。しかし、残念ながら、有名なCDではない。もしかしたらもうとっくに廃盤になっているかもしれない。私もこのCDに収録されている歌のすべてがすばらしいと思っているわけでもない。でも、何故か時々無性にこのCDを聴きたくなる。それはこのCDのタイトルにもなっている「別れの曲」のためだ。

 「別れの曲」といえば、言うまでもなくショパンの練習曲作品10の第3曲である。原曲は純然たるピアノ曲で、ショパンはもちろん、歌詞などをつけてはいない。ローテンベルガーが歌っているのはエルンスト・マリシュカが詞をつけ、アロイス・メリヒャルがオーケストラ用に編曲した版である。これは、ショパンのファンに顰蹙を買いそうな「改竄」である。が、名曲というものは、この程度の改竄にも十分堪え、曲に備わっている本来の魅力を失わないものだと私は思う。実際、私はこの歌を聴く度に深く感動する。それは主として二つの理由による。

 まず、ローテンベルガーのドイツ語がとても美しく、何度聴いてもうっとりしてしまうためだ。私のドイツ語はすっかり錆びついているが、今でも少しはドイツ語を理解できる。ローテンベルガーのドイツ語は極めて美しい。このCDには全部で15曲が収録されているが、その中でも「別れの曲」におけるローテンベルガーのドイツ語は最も美しく感じられる。よく、「ドイツ語は馬の言葉だ」などと、したり顔で言う人がいるが、私は全く同意できない。ドイツ語は美しい(私は日本語はもっと美しいと思うし、とても好きだ)。ローテンベルガーの深々としたドイツ語の響きを聴くと、よけい美しいと思う。きっと、この曲を聴けば、誰もがドイツ語を美しいと感じるだろう。

 もうひとつの理由。それは、エルンスト・マリシュカの歌詞のすばらしさである。これはシューベルトの“An die Musik”にも一脈通じる歌詞だ。以下にその歌詞をご紹介しよう。

In mir klingt ein Lied, ein kleines Lied,
In dem ein Traum von stiller Liebe blueht
Fuer dich allein !
Eine heisse, ungestillte Sehnsucht schrieb die Melodie !
In mir klingt ein Lied, ein kleines Lied,
In dem ein Wunsch von tausend Stunden glueht,
Bei dir zu sein !
Sollst mit mir im Himmel leben,
Traeumend ueber Sterne schweben,
Ewig scheint die Sonne fuer uns zwei,
Sehn dich herbei und mit dir mein Glueck,
Hoerst du die Musik, zaertliche Musik....

日本語訳(西野茂雄氏訳)

私の心の中に歌が、ある小さな歌がひびく、
その歌の中で、あなたひとりのための
静かな愛の夢が花ひらく!
その旋律を作り出したのは、熱い、鎮められないあこがれだ!
私の心の中に歌が、ある小さな歌がひびく、
その歌の中で、あなたのそばにいる
数知れぬ時間への願望がもえ立つ!
私と一緒に天上で暮らし、
夢みながら星の上をさまよおう、
太陽は永遠に私たち二人のために輝き、
私はあなたを、あなたとともに私の幸福を身近かに見る、
お聞き、この音楽を、やさしい音楽を....

 訳が変な箇所もあるが、曲調にぴったりである。もっとも、日本語タイトルは「別れの曲」だが、「別れ」に関する曲ではないのがおかしい。おそらくは何か別のタイトルが付けられていたと推察される。が、EMIは「別れの曲」でなければ認識されないと判断し、差し替えるのをやめたのだろう。

 この曲は私だけのヒットで、マイ・ブームCDといえばこのCDを取り上げたい。15曲入りのCDだが、これ1曲だけでも推薦盤だ。惜しむらくはテープノイズが少し気になることだ。ちゃんとしたステレオ録音だし、もしかするとマスターはいい音なのかもしれない。EMIでartリマスタリングをしてくれないものだろうか。リマスタリングされて再発されたら是非買い直したいCDである。

 なお、全15曲は以下のとおり。

  • 子守歌(モーツァルトの子守歌)(フリース)
  • アヴェ・ヴェルム・コルプス K.618(モーツァルト曲 ミンガルド編)
  • アヴェ・マリア(J.S.バッハ−グノー)
  • 子守歌 D.498(シューベルト)
  • アヴェ・マリア D.839(シューベルト)
  • 眠りの精(ツッカルマーリョ)
  • インドの歌(歌劇「サドコ」より)(リムスキー=コルサコフ)
  • 別れの曲(ショパン曲 メリヒャル編)
  • 春へのあこがれ K.596(モーツァルト)
  • 夕べの想い K.523(モーツァルト)
  • 糸を紡ぐグレートヒェン D.118(シューベルト)
  • 春のおもい D.686(シューベルト)
  • ます D.550(シューベルト)
  • 月の夜 作品39-5(シューマン)
  • 眠りの精 作品79-12(シューマン)
 

1999年11月1日、An die MusikクラシックCD試聴記