「ハイパー・リマスタリング・シャルプラッテン・ベスト」を聴く

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 キングレコードから発売された「HYPER REMASTERING Deutsche Schallplatten BEST」20枚を1ヶ月かけて聴きました。発売されたのが今年(2006年)9月6日、聴き終わったのが9月27日です。このシリーズの発売を私はAn die Musik掲示板にあったSchmidtさんの書き込みで知りました。CDショップに駆け込んだ私はまず4枚を購入。それを聴いて興奮のあまり、数日後には全てのタイトルを購入してしまいました。ボックスセットでもないのに、発売された全てのタイトルを購入したのは初めてのことです。

 ドイツ・シャルプラッテンの録音はかつて徳間ジャパンコミュニケーションズから発売されていました。地味ながらもセンスのあるLPジャケットに好感を持っていた方も少なくないと思います。CD時代になっても徳間は旧録音を何度も再発していましたので、クラシックファンならば今回リリースされた20枚のうち、どれかは必ず耳にされていると思います。私もほとんどの録音を聴いていました。

 それでも買い直したのは、リマスタリングによって音質が如実に改善されていたからであります。2枚以上の購入者に新旧マスタリングを比較試聴できるCDをプレゼントしていたことからも推察できるように、キングレコードにしても自信作だったのでしょう。もともと徳間のCDは、輸入盤よりも音が良いと言われていましたが、今回のリマスタリングによってさらにマスターテープに近い音になったと思われます。それも、全く自然な、温かみがある音です。オーディオファンには物足りないでしょうが、アナログの雰囲気を色濃く漂わせた音に、私はしばし聴き入り、陶然としました。

 ・・・というより、シュターツカペレ・ドレスデンやシュターツカペレ・ベルリン、ベルリン放送管弦楽団という旧東ドイツの録音を聴いているうちに、私は自分のクラシック音楽の嗜好はここに原点があったのだと再認識させられたのであります。まるで自分のルーツを発見したような気分です。恥ずかしい話ですが、20枚も聴き続けられたのは、それが最大の理由だったからでしょう。

 解説書も非常に丁寧に作られていて、曲目の解説だけではなく録音にまつわるコメントなども盛り込まれています。国内盤は高価なだけで何の付加価値もなく、それどころか音質も悪い場合があることを考慮すると、今回のシリーズはほとんどあらゆる点で申し分ない商品といえます。

 以下に、特に印象に残ったCDを列挙してみます。私の思い入れが強く反映されているので、「何故これが?」というCDもあるかと思われますが、それは何卒ご容赦下さい。

CDジャケット

マーラー
交響曲第5番 嬰ハ短調
スウィトナー指揮シュターツカペレ・ベルリン
録音:1984年9月24,25日、12月10-13日、ベルリン・キリスト教会
KING RECORDS(国内盤 KICC-9407)

 20枚の中で最も新しい録音。ベルリンの壁が崩壊する前のシュターツカペレ・ベルリンの清冽な音が聴けます。マーラーの5番の場合、私は1970年録音のショルティ指揮シカゴ響の猛烈な録音をすぐ思い出しますが、おそらくこれはその対極的な演奏といえます。金管楽器が前面に出てこれでもかとバリバリ吹きまくる・・・という演奏ではなく、オーケストラはひたすら美しくマーラーを奏でています。では迫力に不足するかと言えばそうでもなく、良い意味で中庸を追求しています。激烈でなければマーラーではないという先入観を持っているのでもなければ、このマーラー演奏に十分満足できるでしょう。

 録音がすばらしい。このCDを聴いていると、「もしやマスターテープはこういう音がしているのではないか」と思わされます。

CDジャケット

モーツァルト
フルートとハープのための協奏曲 ハ長調 K.299 (297c)
管楽器のための協奏交響曲 変ホ長調 K.297b
スウィトナー指揮シュターツカペレ・ドレスデン

ヨハネス・ワルター(フルート)
ユッタ・ツォフ(ハープ)
アルフレード・トルスクドルフ(オーボエ)
カール・シュッテ(クラリネット)
ギュンター・シャフラッシュ(ホルン)
ハインツ・ワプラー(ファゴット)

録音:1975年3月18,19,23日、1961年4月17,18日(K.297b)、ドレスデン・ルカ教会
KING RECORDS(国内盤 KICC-9409)

 このCDに収録されている2曲はシュターツカペレ・ドレスデンの古き良き時代の録音として何度もリリースされています。が、今度のリマスタリング盤はおそらくこれらの録音の決定盤といっても差し支えない出来映えでしょう。ソリストの音色がみずみずしく、艶やかです。

 「管楽器のための協奏交響曲」は20枚の中で最も古く、私が生まれる半年前の録音だとか。本当に45年前の録音なのかと信じられません。1975年録音の「フルートとハープのための協奏曲」はいうに及ばず、「管楽器のための協奏交響曲」には時を忘れさせて聴き手をスピーカーの前に釘付けにする力があります。こういう録音に比べると、最近のデジタル録音には生彩に欠けるものが多すぎると言わざるを得ません。

CDジャケット

シューベルト
交響曲第5番 変ロ長調 D.485
交響曲第8番 ロ短調 D.759「未完成」
ブロムシュテット指揮シュターツカペレ・ドレスデン
録音:1980年3月19-21日、4月2日、10月9日/ 1978年2月23-24日(D.759)、ドレスデン・ルカ教会
KING RECORDS(国内盤 KICC-9404)

 ブロムシュテットがシュターツカペレ・ドレスデンと録音したシューベルトの交響曲全集はオーケストラの美質が最大限に発揮された比類のない録音だと思います。指揮者の解釈以前に、オーケストラが作り出す響きが、聴き手に「これ以上は考えられない」と思わせるためです。シュターツカペレ・ドレスデンを技術的に上回るオーケストラはいくつもあるのでしょうが、このようにその響きに耽溺できる演奏を可能ならしめる団体がいくつあるでしょうか。「未完成」は、その耽美的な演奏に聴き惚れます。音だけで満足できるでしょう。

CDジャケット

モーツァルト
交響曲第39番 変ホ長調 K.543
交響曲第40番 ト短調 K.550
スウィトナー指揮シュターツカペレ・ドレスデン
録音:1974年11月21,22日、1975年3月17,18日(K.550)、ドレスデン・ルカ教会
KING RECORDS(国内盤 KICC-9401)

 音だけでも満足できるのがシュターツカペレ・ドレスデンの特長なのですが、稀代のモーツァルト演奏家であるスウィトナーが指揮するとなると、もはや別格です。ここ20年ほど、スウィトナーのモーツァルトは話題に上ることが少なくなってきましたが、こうして旧録音をじっくり聴いてみると、その味わいの深さに驚嘆します。このCDでも、交響曲第39番の第2楽章「アンダンテ・コン・モート」に現れる木管楽器の響きを聴いていると、クラシック音楽に浸る幸福をひしひしと味わえます。

 スウィトナーはシュターツカペレ・ベルリンのシェフでしたから、シュターツカペレ・ベルリンとモーツァルト録音をしても何ら不思議ではありませんでしたし、その組み合わせで録音された「序曲集」も極めて優れた出来映えでした。しかし、やはりシュターツカペレ・ベルリンとシュターツカペレ・ドレスデンは違いますね。こうした録音を聴くと、ドレスデンを起用してくれて良かったと思わずにはいられません。

CDジャケット

ドイツ・オペラ合唱曲集

  1. ベートーヴェン:《フィデリオ》より〈囚人たちの合唱〉
  2. モーツァルト:《魔笛》より〈僧侶たちの合唱〉
  3. ニコライ:《ウィンザーの陽気な女房たち》より〈月の出の合唱〉
  4. ウェーバー:《オイリアンテ》より〈狩人たちの合唱〉
  5. 同:《魔弾の射手》より〈狩人たちの合唱〉
  6. フロトー:《マルタ》より〈農民たちの合唱〉
  7. ワーグナー:《ニュルンベルクのマイスタージンガー》より〈市民たち全員の合唱〉
  8. 同:《ローエングリン》より〈婚礼の合唱〉
  9. 同:《さまよえるオランダ人》より〈糸紡ぎの合唱〉
  10. 同:《タンホイザー》より〈大行進曲〉
  11. 同:同〈巡礼の合唱〉

スウィトナー指揮シュターツカペレ・ベルリン、 ベルリン歌劇場合唱団、ほか
録音:1977年3月7,9,15日、1978年2月27日、ベルリン・キリスト教会
KING RECORDS(国内盤 KICC-9419)

 20枚の中には声楽ものが3枚あります。この「ドイツ・オペラ合唱曲集」 はそのひとつで、今回私が最初に買ってきたディスクでもあります。何でもない演奏のようですが、オーケストラ、合唱団とも実に良く揃い、さらに情感が溢れています。私はこんな優れた演奏だったのかと感激し、その後に20枚全てを聴いてみることにしたわけです。合唱のすばらしさは半端ではなく、私だけかもしれませんが、ちょっと平常心では聴けませんでした。

CDジャケット

流浪の民 〜シューマン 合唱曲集

  1. 《流浪の民》作品29-3
  2. 《おぼろな光》
  3. 《小舟》作品164-5
  4. 《大道芸人ヴィリー》作品146-2
  5. 《鍛冶屋》作品145-1
  6. 《鵞鳥番の少年のロマンス》作品145-5
  7. 《ボーデン湖畔に》作品59-2
  8. 《狩人の歌》作品59-3
  9. 《おやすみ》作品59-4
  10. 《草刈り人の死》作品75-1
  11. 《森で》作品75-2
  12. モテット《悲しみの谷に絶望するなかれ》作品93
  13. 《別れに寄せて歌う》作品84

ホルスト・ノイマン指揮ライプツィヒ放送合唱団、同交響楽団ほか
録音:1978年2月1-3,6-8日、ライプツィヒ・ゲルハルト教会
KING RECORDS(国内盤 KICC-9418)

 声楽ものからもう1枚。シューマンの「流浪の民」が収録されている数少ないCDのひとつですね。何度も繰り返し発売されているので「またか」と思う人が多いかもしれませんが、このCDに収録された曲はどれも聴き応えがあり、さらにKINGのリマスタリングによって臨場感を増しています。

 ところで、声楽ものの3枚目はフリードリヒ・クレル指揮ヴェルニゲローデ青少年少女合唱団による 「野ばら〜ドイツ民謡集」です。クラシック音楽ではないので私も今まで聴いていなかったCDですが、これは廃盤にならないうちに買っておいてもいいでしょう。こういう合唱はあまり聴けないからです。解説書には、「旧東独だからできた」という趣旨の説明がありますが、私もそうだろうと思います。詳しくは解説書をご覧いただきたいのですが、声楽にもその時代が反映されることが分かります。

CDジャケット

ショスタ コーヴィチ
交響曲第5番 ニ短調 作品47「革命」
ザンデルリンク指揮ベルリン交響楽団
録音:1982年1月19-22日、ベルリン・キリスト教会
KING RECORDS(国内盤 KICC-9408)

 80年代に入って録音されているだけに生々しい録音です。この録音は、今回の20枚にも選ばれているとおり、ドイツ・シャルプラッテンの代表的名録音なのでしょう。どの楽器も目の前で聴くような生々しさ、迫力があります。これを聴くと、「このシリーズのCDはマスターテープにかなり近い」とまた思わせられます。

 ところで、このザンデルリンクの録音は先頃avex-CLASSICSからSACDでも発売されていますので聴き比べができます(シベリウスの交響曲第2番、第7番も)。以下のSACDがそうです。

SACDジャケット

ショスタ コーヴィチ
交響曲第5番 ニ短調 作品47「革命」
ザンデルリンク指揮ベルリン交響楽団
録音:1982年1月19-22日、ベルリン・キリスト教会
avex-CLASSICS(国内盤 AVCL-25284)

 このSACDは「ドイツ伝統の響き」 というシリーズの1枚です。CDとのハイブリッド盤ではなくSACDプレーヤーがなければ聴けないという強気のディスクでした(正確にはハイブリッド盤ですが、CCCDであるため、普通のCDプレーヤーにかけるとプレーヤーが故障する可能性があります)。解説書をじっくり見てみると、テクニカルサポートの項目に「キング関口台スタジオ」とありますから、キングがこのSACD制作に関わっていたことが分かります。もしかしたら、このSACDの制作時に、ドイツ・シャルプラッテンのCDをリマスタリングすれば相当なクオリティのCDができると読んでいたのかもしれません。

 キングのリマスタリング盤を聴いている間、「マスターテープに近いか、そのものなのでは?」と私は何度も思ったのですが、SACDを聴くと、CDとはまるで違った音の鳴り方、出方がするので面食らいます。SACDの方がずっと柔らかい響きがするのです。ですが、マスターテープを聴けるのはごく限られた制作者だけです。どちらがマスターテープに近いのか、それは関係者にしか分かりません。SACDの音でさえ、もしかしたら「それっぽく」作られている可能性さえあります。

 20枚を聴き通した私としては、CDというフォーマットを使ったものとして、今回のリマスタリング盤は最高の仕上がりのシリーズだと思います。

 

(2006年10月1日、An die MusikクラシックCD試聴記)