コンセルトヘボウ管第11回来日公演<2002年>【レビュー】

文:管理人の青木さん

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コンセルトヘボウ管2002来日プログラム

 

11月8日(金) 19:00〜21:10 大阪 ザ・シンフォニーホール 

 

 えらそうに「コンセルトへボウの研究」などを担当させていただいているにもかかわらず、いろいろ事情があってこれまで一度も彼らのコンサートに行ったことがない。なんという怠慢。これが最後になるかもしれないこのコンビの日本ツアー、今回はなんとしても行かねばならぬ。

 そのコンセルトヘボウ管弦楽団の大阪公演は、マーラーの交響曲第3番のみのプログラムだ。90〜100分を要する大曲なので当然とはいえ、一曲だけというのはなんとなく寂しいというかもの足りないというか、他会場のような多彩な演目だったらよかったのに、とも考えていたのだが。しかし終わってみると、

 〔このプログラムでよかった…〕

という深い満足感が残った。これだけの内容のマーラーを実演で聴くことのできる機会は、そうあるものではないだろう。公演プログラム冊子に寄せたメッセージでシャイー自身が言っているように、「まさに特別な演奏会」なのだった。

 会場はザ・シンフォニーホール。他楽団の来日公演や関西フィルの定期演奏会などで馴染んでいるホールなので、オーケストラの比較をするにもちょうどいいし、なにしろこれだけ音のいい会場でコンセルトヘボウを聴けるというのはありがたい。そのステージ上には多数の打楽器群を含むおびただしい楽器が文字通り所狭しと居並び、その上部席には児童合唱と女声合唱のメンバーが位置につく。壮観だ。この光景だけでも、ただごとではない雰囲気が伝わってくる。オーボエ奏者が立ち上がってチューニングを先導するのは、このオーケストラの伝統のようだ。そしてリッカルド・シャイーが颯爽と登場。

 8本のホルンによって力強く開始されるや否や、一気に「へボウのマーラー」の世界に引き込まれた。これに続いて複雑に展開する長大な第1楽章は、ゆったりとしたテンポと間合いで余裕をもって進行し、ややもすると推進力が失速しそうな部分もあったかに感じられたが、その分サウンドの魅力を堪能できる。

 このオーケストラの特徴のひとつは、音が消えゆく瞬間の美しさにあると思う。その余韻を存分に味わえるような演奏だ。フレーズの開始の部分ではアンサンブルが完璧には揃わぬ部分がないでもなかったが、この余韻の味わいは終始保たれていた。これはもちろん、豊かな残響を持ち音響効果に優れた会場の特性も、大きく貢献しているのだろう。今回の来日公演でこの曲が演奏されるのは、このホールや東京のサントリーホールという「音のよさ」で知られる会場なのだが、それは単なる偶然ではなくこの演奏スタイルが要求する前提条件として必然的に選定されたのでは…という気さえしてくる。

 また音の溶け合いの美しさも印象的で、各奏者が他の楽器群とのバランスを常に意識しながら演奏しているかのようだ。残響の長さで知られるコンセルトヘボウというホールを本拠地にしていると自然とそのような耳が育つというわけかもしれないし、無理をして強奏していないせいもあるのだろう。朗々と鳴り切っているのに全体から突出しないという金管群のサウンドは、これまでいろいろなオーケストラを聴いてきたこのホールにおいて初めて経験するもので、ほとんど不思議な思いさえするほどだ。厚みがありあたたかい響きが、この絶妙のブレンドによって形成されていることがよくわかった。ティンパニのあの独特の音色も、コンセルトヘボウ大ホールでの録音で聴くことのできる雰囲気にかなり近いものが感じられる。

 第3楽章に入ると、これもこのオーケストラの特徴である木管の魅力がいよいよ際立ってきた。この曲を録音で聴いていたときには気づかなかった木管のフレーズが、コクと艶のある音色でもってくっきりと浮き上がり、そしてやはり全体から浮き上がることはなくみごとに溶け込んでいる。エッジが立っているのに鋭くはないという、絶妙のバランスだ。この楽章で舞台裏にて奏でられるポストホルン(実際にはトランペットが使用されていたらしい)の長いソロも実にみごとだった。

 声楽についてはその良否を判断できる耳をもっていないのだが、病で来日できなくなったミシェル・デ・ヤングの代役に立った寺谷千枝子のメゾ・ソプラノには、はかない寂寥感のようなものが感じられた。それが曲想にふさわしい表現の結果なのか、単に準備や力量が不足していただけなのか、そのあたりはよくわからない。桃太郎少年合唱団の児童合唱は、声量がやや小さいことが気になったが、予想以上の清澄な歌声で、違和感やもの足りなさを覚えるほどではなかった。

 そして最終楽章では、弦楽セクションの美しさが最高潮に達した。家でCDを聴いていると、集中力が最後まで持続しないということもあり、愉しい第5楽章が終わったあとの最終楽章はほとんど退屈な存在でさえあったが、今回はまったく違う。特に、チェロとコントラバスによるアンサンブルがほとんど神々しいまでの美しさを感じさせる瞬間があり、このオーケストラの底知れぬ魅力に改めて感嘆。

 息の長い圧倒的なクライマックスを築いて、この大曲が終了する。拍手が始まるまでにあと一瞬の間が欲しかったが、余韻をかき消してしまうようなブラボーもなく、拍手と歓声が自然に湧き上がり高まりゆく。客席のほとんどを埋め尽くした今夜の観客も、よい聴衆だったと思う。演奏中も終始静かで、緊張感さえ感じられたのだが、大阪も一週間ほど前から急激に冷え込みが厳しくなって風邪が流行中だということを考えれば、あの静けさは特筆ものだったかもしれない。とにかくこれだけ力のこもった熱演をステージで展開されれば、客席で聴く方もおのずと集中するのは当然か。

 カーテンコールは果てしなく続き、ポストホルンを持って舞台裏から現れた奏者と、みごとなトロンボーンのソロを聴かせた首席奏者(イヴァン・マイレマンスか)が、ひときわ大きな拍手を受けていた。ちなみに、演奏が終わってすぐに時計を見ると時刻は8時50分。第1楽章と第2楽章の間(全曲の第一部と第二部の間でもある)にやや長めの間があったとはいえ、開始が7時過ぎだったので、時間的にもかなりゆったりした演奏だったことになる。

 ステージから楽団員が退場し、楽器の片付けが始まっても、まだ拍手は鳴り止まない。それに応えて、カバー掛け作業中のハープの前を通って、シャイーが単身で再び舞台に現れた。笑顔を興奮で高潮させ、手を合わせて何度もお辞儀を繰り返す。このとき自分はちょうど出口に向かってホール前方に移動していたところだったので、そのマエストロの巨体を間近に見ることができ、この素晴らしいコンサートがいっそう印象的なものとなった。

 

11月10日(日) 15:00〜17:10 福岡シンフォニーホール 

 

 せっかくの来日ツアーなのだから、別プログラムの日も聴きに行くことにした。といっても、計4回ものコンサートが開かれる首都圏と違って、関西では大阪の1公演しかないので、遠隔地へ出張しなければならない。平日の夜に名古屋や金沢に行くこともできず、日曜日に行われる福岡公演を選んだ。

 会場の福岡シンフォニーホールは、都心のど真ん中に位置するアクロス福岡という複合文化施設の中にある。今日のコンサートはアクロスの自主企画であり、梶本音楽事務所ではなく財団法人アクロス福岡や福岡県等が主催者となっている。そのせいか、1000円で販売されていたプログラムとは別に、アクロス側が作成した小冊子が全観客に配られた。全8頁の簡素なものだが曲目解説は有料のものよりも詳細で、例えば一曲目の「プルチネルラ」組曲が1949年版であるということはこちらにしか明記されていない。シャイーとヘボウが10年前の1992年に行ったこの曲の録音では声楽を伴う全曲版が選ばれたし、組曲版にも1922年と1949年の二つの版があるので、これは重要な情報といってよい。

 ホール内部は長方形のシューボックス型で、2・3階のバルコニー席が配される。木質を主体とした落ち着いた内装で、天井は白のグリッドパターン。この天井はどこかに似ている。コンセルトヘボウ大ホールだ。そのことに気づいた楽団員もいたかも知れない。

 舞台にメンバーが登場する。40人弱の編成だ。続く「カルタ遊び」ではこれが約60人に増え、後半は80人弱の大編成に。単に増員するだけではなく同一セクション内での奏者の入れ替えなどもあり、一つのオーケストラがメンバーチェンジをして別の楽団のようになるのは、見ていてとても面白かった。マーラーではトップに座っていたフルートのエミリー・バイノンやトロンボーンのイヴァン・マイレマンスは、本日は登場せず。

前半

ストラヴィンスキー:バレエ音楽「プルチネルラ」組曲(1949年版)
ストラヴィンスキー:バレエ音楽「カルタ遊び」

 前半はシャイーが得意とするストラヴィンスキーで、「カルタ遊び」は1996年の来日公演でも取り上げられた。

 舞台上は奇妙な配置だ。指揮台の周りに棺桶(?)のような台が5つ置かれ、弦五部のトップがそこに座る。弦は他に23名で、その背後に管の10名が一列に並ぶ。次の曲に備えてか空の椅子が積んであったりするせいもあり、広いステージで奏者がこぢんまりと固まっているかのよう。エキストラで増強された大編成だった一昨日のマーラーとはうってかわって、コンセルトへボウは室内管弦楽団に変身した。

 その小オーケストラがシャイーの指揮のもとで奏でる「プルチネルラ」は、じつにカラフルで軽妙で、まったくもって耳の至福とはこのことか、弦や管のソロも名人芸のオン・パレード状態。他人が書いた昔の曲をストラヴィンスキー自分流にアレンジした曲なので、演奏の内面をシリアスにあれこれ考えてもしかたなく、こうやって楽しく美しく再現してくれれば文句はない。

 続く「カルタ遊び」も基本的には同傾向の演奏で、楽器の数と種類が増えたことでますます彩りが豊かになった。マーラーでは左側のティンパニを叩いていた奏者が、全打楽器を担当しての大活躍。

 途中でジャズ風のリズムが出てくるところなどは、ドラムも達者というシャイー氏、指揮というよりリズム・キープでグルーヴ感を生み出しているようで、こんなノリはたとえばネーメ・ヤルヴィがコンセルトへボウと録音したシャンドス盤では聴けなかった(ただしそのCDは録音が素晴らしい)。それにしてもシャイーの身振りは流麗、かつかなり動きの激しいもので、少し前に肩を壊していたらしいがすっかり回復したようだ。

 曲が終わって大きな拍手を受ける中、シャイーが活躍した奏者を立たせて健闘を称える。それに応える奏者たちは、楽器を掲げてポーズをとったり指を立ててシャイーに合図を送り返したり、なかなかお茶目でほほえましく、和やかなムードがさらなる拍手を誘う。必死さを見せずにあくまで余裕たっぷりに、しかし素晴らしい音色で高度な演奏を達成してしまう。実にカッコいい。最高の技術・実力の持ち主たちが、豊かな伝統を背景に、いい意味での余裕を持ってアンサンブルを組んでいる。オーケストラとしての魅力的なサウンドを保持できている秘密の一端は、そのへんにありそうだ。

後半

ベートーヴェン:交響曲第7番イ長調 Op.92

 一曲くらいはふだん聴きなれた曲でコンセルトへボウに接したいと考えていたので、この曲をいちばん楽しみにしていたのだが、その期待はかなってこのオーケストラの個性をフルに体感できるに至った。わざわざ福岡まできた甲斐があるというものだ。

 シャイーはベートーヴェンをほとんど録音しておらず、特にシンフォニーは皆無だったと思うが、その演奏そのものも期待以上だった。マーラーとは違って間合いやタメはほとんどとらず、早めだが無理のないテンポで滑らかに推進していく。その中で、やや大きめの編成の弦に大きく旋律を歌わせ、管を溶け込ませるという演奏だ。厚みはたっぷりしているがモタモタした感じはなく、重量感は中庸的。

 これだけなら流麗に過ぎてしまいかねないところを、素晴らしい―ほんとうに素晴らしい―音色のティンパニが、要所要所で演奏をグッと引き締める。これを聴いて、コンセルトへボウ管弦楽団のティンパニの魅力を改めて思い知らされた。巨大な音量で圧倒しているわけではないのに、実に存在感に満ちた深い響きの低音が伝わってくる。最高だ。

 もうひとつ確認できたのはヴィオラの充実。第二楽章の対旋律がハッとするほど美しい。ベイヌム時代にその強力さで知られていたというヴィオラ・セクションの魅力が、今に至るまで引き継がれているのかもしれない。また、以前にベーレンライター版を使用した小編成によるこの曲の実演を聴いたときには第4楽章のホルンが不自然なまでに突出していて興ざめしたこともあったが(CDでもたまにある)、へボウのホルンはとてもきれいに溶け込んでいる。録音でもあまり聴けないような、絶妙のバランスだ。

 全体としては、これが5番や9番ならばもっと深い内面性や精神性が必要だのなんだのといった批判が出そうな演奏、という見方もできるかもしれない。問題提起や新提案なども見られない、楽天的な内容だったのは事実だ。しかしこの曲はこういう表現方法でも存在価値が損なわれることはないと思うし、このコンビにぴったりの楽曲であるとさえいえるだろう。とにかく、

 〔ずっとこの響きに浸っていたい…〕

と思わせる演奏で、だから第1楽章と第3楽章のリピート指示が守られていたことにも満足。響きも構成も「フルサイズ」の7番だった。

 ほぼ満席の客席からは盛大な拍手が鳴り止まず、それに応えてアンコール曲が演奏された。曲目はベートーヴェンの「プロメテウスの創造物」序曲。だったと思うが、それほど馴染んでいる曲ではないので、もし勘違いだったらご容赦を。

 オーケストラの音色やバランスなどの音響的側面については、ホールの特性や座席の位置などにも左右されるため、上記はあくまで個人的・主観的な感想に過ぎず、別の印象を持った人がいても当然です。福岡での座席は2階の2列目中央付近でした。しかしながら、そこで聴くことのできたコンセルトへボウ管弦楽団のすばらしいサウンドは、どのホールのどの席でも変わることのない、オーケストラに固有の特性であると確信しております。

 

 

 

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(An die MusikクラシックCD試聴記)