シュターツカペレ・ドレスデン来日公演2004
5月15日(土) 愛知県芸術劇場コンサートホール
文:青木さん
■ 名古屋公演
ハイティンク指揮シュターツカペレ・ドレスデン
コンサートマスター:マティアス・ヴォロング
- モーツァルト:交響曲第41番ハ長調 K.551「ジュピター」
- R.シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」作品40
- ワーグナー:楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕への前奏曲(アンコール)
■ 演奏の感想
実に感動的な演奏会でした。
最初に団員が舞台に登場すると同時に客席から起こった拍手は、全員が配置につくまでの間ずっと続き、おざなりでなく心のこもったその拍手で会場は暖かい雰囲気に包まれました。そしてアンコール曲が終わるとものすごいブラボーの嵐で、団員が去っても拍手は鳴り止みません。それに応えてハイティンクが単身ステージに現れると、立ち上がって拍手していた観客たちが舞台ぎわに集まりはじめたのです。ここまでの盛り上がりをみせたのは、アンコールのマイスタージンガー前奏曲が特大スケールの圧倒的演奏だったせいもありますが、もちろんそこへ至るまでの本編二曲がたいへん充実していたからでもあります。
大曲「英雄の生涯」のあとに10分以上もかかるアンコール曲を聴かせてくれたハイティンクは、75歳の高齢(かつ病弱という噂)からすると意外なほど元気な様子。特にこの日は絶好調だったのでしょうか、鮮やかな棒さばきでどっしりとして恰幅のよい音楽を構築し、その堂々たる風格はまさに〔真の巨匠〕そのものでした。
そしてそれに応えるシュターツカペレ・ドレスデンの、言葉にできないくらい素晴らしい合奏美。このオーケストラを生で聴くのは初めてなのですが、全体として〔一つの楽器〕であるかのような一体感や同質性が、録音で聴く以上に強く感じられました。特に前半のモーツァルトは、金管や木管が弦にきれいに溶け込んで、えもいわれぬブレンド感が醸し出されます。しかしそれにもかかわらず、第2楽章で弦だけのパッセージが続いたあとに管が入ってくるとちょっと空気が変わってしまうようにも感じられたのは、弦楽合奏がこの世のものとも思われぬ美しさを極めていたからでしょう。曲全体としては、柔らかく威圧感がないサウンドなのに「ジュピター」にふさわしいシンフォニックで雄大な音楽となっていて、ハイティンクがコンセルトヘボウ管を指揮してペライアのバックを務めたベートーヴェンの「皇帝」の録音を思わせるものでした。
編成がほぼ2倍に拡大した後半のシュトラウスは、奏者の名人芸や全合奏の大迫力など見せ場も多く、よりいっそう楽しめる充実した演奏。特にコンサートマスターにこれほどの技量が要求されようとは、CDを聴いているときにはあまり実感できなかったのですが、コンマス氏はその要求に完璧に応えていました。オーケストラの音色は、精妙な部分でも単調にならず絶妙の表情付けがなされていましたし、金管や打楽器が活躍するダイナミックな部分であってもトータルの音響に違和感は生じず、溶け合いのバランスが保たれていたのが見事です。そしてその音の質は華美な印象こそないもののけっして古めかしくもなく渋すぎもせず、安易に〔いぶし銀の響き〕などと表現することには抵抗をおぼえます。とはいえその音には魅力的かつ明確な個性があって、それがいかにも自然に身に付いているものであるかのように楽曲と一体化している。これが結局は〔伝統の力〕ということなのかもしれません。
というNHK風のまとめ方もまた安易ではありますが、とにかくその素晴らしい個性を堪能できた至福の2時間でした。聴きながら随所で「そうそうこの音!」という感じで顔がニヤけてしまいましたし、「英雄の生涯」の第1曲で炸裂するホルンのサウンドには鳥肌が立ったほど。大阪から名古屋まで遠征した価値は大ありでした。
■ メモ
- 「ジュピター」の楽器編成は、弦が40(vn12+10,va8,vc6,cb4)、管が9(fl1, ob2,fg2,tp2,hrn2)、ティンパニ1、合計ちょうど50名
- 「ジュピター」は各所のリピートの有無で演奏時間が大きく変わるが、今回は第1楽章と第4楽章の提示部が繰り返され(他の部分のリピートもあったかも)、40分近くを要した
- 「英雄の生涯」の楽器編成は数えきれなかったが、概ね100名前後(うちホルンは9名)
- 「英雄の生涯」では「英雄の伴侶」の途中で3人のトランペット奏者が舞台裏に移動し、「戦場での英雄」のファンファーレが終わると戻ってきた
- アンコールは前述のようにワーグナー「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕前奏曲で、この曲としては通常よりも大きな編成での演奏だったと思われる
- 客席は2階と3階のサイドにかなり空席が見られ、全体としては8割強ほどの入り(もったいない!)
- ちなみに愛知県芸術劇場コンサートホールは、ステージを囲んで側面や背後にも客席が配置された、アリーナ型に少し近い形状。天井にはカーテンのドレープのような造形物が取り付けられ、音響効果には貢献しているのだろうが見た目にはちょっと悪趣味かも。大阪のザ・シンフォニーホールほど残響が長くは感じられず、音響はまずまずの水準というところか。コンサートホールは複合文化施設「愛知芸術文化センター」の4階に位置するので帰りはエスカレーターやエレベーターが混雑し、あまり具合がよろしくない。建物自体の立地は便利性がよく、向かいにある「オアシス21」というユニークな立体公園は必見。
(2004年5月17日、An die MusikクラシックCD試聴記)