CD化された「月光の音楽」

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SACDシングルレイヤー
SACDシングルレイヤー盤。

R.シュトラウス 管弦楽曲全集 第1集

DISC 1

  • 交響詩「ドン・ファン」作品20
  • 交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」作品30

DISC 2

  • 組曲「町人貴族」作品60
  • バレエ音楽「泡雪クリーム(泡立ちクリーム)」作品70〜ワルツ

DISC 3

  • アルプス交響曲 作品64

DISC 4

  • 変容<メタモルフォーゼン>(23の独奏弦楽器のための)
  • 交響詩「マクベス」作品23

ケンペ指揮シュターツカペレ・ドレスデン
録音:1970年〜1973月、ルカ教会
EMI(国内盤 TOCE-15051-54)
 SACDシングル・レイヤー

 

■ 「アルプス交響曲」の音質改善

 

 クラシック音楽の世界では往年の録音が大量にボックスセット化され、投げ売り状態になっています。そんな時代に逆行するCDを私は2013年に購入しました。極めて高価なCDです。ケンペがシュターツカペレ・ドレスデンを指揮して録音したR.シュトラウス管弦楽曲全集がそれです。これは通常のCDではなく、SACDシングルレイヤーです。あまりに高価であるのに、それが3つもあるのです。発売当時から、買うべきか買わざるべきかさんざん悩んだ末、思い切って購入したのでした。このような恐ろしいことは家族には決して言えません。

 聴いてみると、確かに音質の向上が著しいことがすぐに確認できました。通常盤と比較試聴する必要が全くありませんでした。特に音質改善が明確に現れたのは「アルプス交響曲」でした。この音には狂喜乱舞しました。従来のCDでも音質は悪くありませんでしたが、SACDシングルレイヤー盤は、近年の最新デジタル録音と称する軟弱な諸録音をまるで寄せ付けない臨場感あふれる厚みのある音になっています。もう40年も前の録音なのに、とびきりの鮮度です。これを聴き始めるともう止まりません。高価なSACDを買って罪悪感に苛まれていた私は、この演奏を聴いたのを皮切りに開き直りの自己正当化まっしぐらでありました。全く人間の堕落はいともたやすいのであります。解説書によると、この「アルプス交響曲」の場合は、新たに発見されたオリジナル・マスターテープが使用されたのだとか。そんなものがまだあるんですね。ということは、他にもあるのでは?と勘ぐってしまいますよね。

 しかし、この全集を買って私を最も驚かせたのはSACDの音質ではありませんでした。今まで東ドイツEternaのLPでしか聴けなかった「月光の音楽」がこっそり収録されていたことでした。

 

■ 「月光の音楽」CD化される

 

 「月光の音楽」は、具体的にはDISC 2のトラックNo.10 バレエ音楽「泡雪クリーム」作品70〜ワルツの冒頭に入っています。その表記はどこにもありません。表記はないのに、音楽だけが挿入されているのです。「町人貴族」が終わると、何の前触れもなく、当然のように「月光の音楽」が始まるのです。わずか3分の音楽ですが、これが終わると、また何事もなかったように「泡雪クリーム」のワルツが始まります。ですから、DISC 2の正しい曲順は以下のようになります。

DISC 2

  • 組曲「町人貴族」作品60
  • 歌劇「カプリッチョ」から「月光の音楽」
  • バレエ音楽「泡雪クリーム」作品70〜ワルツ

 「月光の音楽」がEternaのLP以外では聴けないことは以前からカペレファンに周知の事実で、大きな不満の種でした。CD化できない何らかの理由があるのでしょう。それが曲名を伏せて収録されたのです。このSACD化に際しても、私を含めたカペレファンは多くの期待を寄せてはいなかったはずです。今回は一体内部で何があったのか、EMIのプロデューサーが「表記はしない。しかし、曲は入れる」という苦肉の策を取ってくれたのですね。このまま「月光の音楽」が埋もれてしまうのを惜しんだのかもしれません。

 SACDの解説書を見てみると、「泡雪クリーム」の演奏時間は10分52秒と記載されています。通常CD盤の演奏時間では7分18秒です。演奏時間だけは正しく表記したのですね。

 ソファに座り、漫然とCDを聴いていた私は、予期せぬ「月光の音楽」が聞こえてきたとき、まさかとしか思えませんでした。しかし、その曲は紛れもなく「月光の音楽」であり、ホルンはペーター・ダムの音です。驚きです。そして、それは何という至福の音楽なのでしょう。

 私にとっては、3分20秒程度のこの短い曲が、このSACDシングルレイヤーによる全集最大の目玉です。このような喜びはついぞ味わったことがありません。発売されてから既に相当時間が経っているので、ニュースとしての価値はもうないでしょうが、カペレファンとしては忘れずに記憶にとどめておきたいものです。

 先頃、このSACDシングルレイヤー盤と同じリマスタリングによる廉価盤ボックスセットが発売されました。SACDではなく、通常CDです。仄聞するところによれば、そちらもリマスタリング効果が大きく、音質改善が得られているようです。さて、その廉価盤CDでも「月光の音楽」は入っているのでしょうか。気になるところです。

2013年12月22日

 

■ WARNERの廉価盤ボックスセットについて

 

 私は上記SACDシングルレイヤー盤を持っているので、わざわざWARNERから発売された廉価盤ボックスセットを購入する気はなかったのですが、こちらには「月光の音楽」がしっかりクレジットされていることを知り、ついつい購入してしまいました。

CDジャケット

R.シュトラウス 管弦楽曲・協奏曲集
9枚組(曲目省略)

ケンペ指揮シュターツカペレ・ドレスデン
録音:1970年〜1975月、ルカ教会
WARNER(輸入盤 4 31780 2)

 確かに「月光の音楽」の記載がCD1にありますね。しかも、ホルン奏者にペーター・ダムの名前まで記載されています。これで「月光の音楽」は完全に陽の目を見たわけです。実に長い道のりでした。めでたし、めでたしであります。

 ところで、この9枚組ボックスセットがただの廉価盤ではないので一言書いておきます。ボックスには “Newly remastered from the original source tapes” とあります。EMIがSACDシングルレイヤー盤用にリマスタリングをした成果をもとにこのCDができたわけです。これをどれでもいいから、その辺にあるCDプレーヤーにかけてみます。すると、驚くなかれ、目の覚めるような鮮烈な音が鳴り響きます。高級なオーディオセットがなくても音の違いは如実に分かるでしょう。それほどリマスタリングの効果が高かったのです。「月光の音楽」はもちろん、「アルプス交響曲」、「ドン・ファン」、「英雄の生涯」、「ホルン協奏曲」等々、どれもとてつもないです。

 要するに、ケンペのR.シュトラウスはついに商業用ディスクとしては現在望みうる最高の水準に進化したというわけです。長所を列挙すると以下のとおりです。

  • リマスタリングが完全に成功していること。私はSACDというフォーマットの優越は否定しません。SACDシングルレイヤー盤の価値はオーディオマニアには十分にありますが、通常の環境での鑑賞であれば今回のWARNERのCDの音でも圧倒的です。リマスタリングが成功すると通常のCDでも非常に鮮度の高い音が出せるわけです。
  • SACDシングルレイヤー盤では除外されていたホルン協奏曲、オーボエ協奏曲、バイオリン協奏曲等、一連の協奏曲まで一挙に収められていること。SACDシングルレイヤーによる管弦楽曲集が登場したときには協奏曲集の発売が鶴首されたのですが、これはもはや実現しないでしょう。
  • 廉価であること。これが最も肝心なのは言うまでもありません。SACDシングルレイヤー盤を3セット全部揃えると22,000円もかかります。信じられますか? それにもかかわらず、その中に協奏曲はひとつも入っていません。廉価盤ボックスセットでは全てがひとまとめになって2,700円程度です。これでは勝負になりません。

 さて、今後、このケンペ盤を凌駕するR.シュトラウス管弦楽曲集のディスクが登場するでしょうか。私は断言します。登場しません。なぜなら、これは録音というものが特別な意味を持っていた時代の特別な録音だからです。もし仮にケンペが今現在も活躍していて、シュターツカペレ・ドレスデンの首席指揮者だったとします。それでもこの一連の録音を超える録音を成し遂げることはできません。だって、今や録音行為なんて誰も特別だとは思っていないからです。

 ケンペ盤は特別な録音だったのです。1970年代前半の東ドイツ。その古都で指揮者やオーケストラ団員がルカ教会という特別な会場にこもり、後世に残すべく特別な演奏をしたのです。また、それを完全に収録しようと努力したプロデューサーやエンジニアたちがいたのです。だからこそ、40年も経ってなお第一級の品質を持つCDが聴けるのです。ケンペ盤はそういう、録音が芸術だった時代の産物なのです。今と違ってほいほいちゃっちゃとCDを作っていたわけではないのです。

 R.シュトラウスの管弦楽曲の主要部分は、録音という行為がまだ重要な意味を持っていた時代に、カラヤン指揮ベルリンフィルやプレヴィン指揮ウィーンフィルが見事な演奏を残しています。しかし、ケンペの場合、それらよりも広範な楽曲を録音しました。さらに、そのいずれもがカラヤン盤やプレヴィン盤に堂々対峙できる水準にあります。現代の指揮者・オーケストラによる録音もありますが、その録音に特別な意味はもはやあまり感じられません。私が新録音に触手が伸びないのは、自分の老化だけではなく、そうした背景もあるのでしょう。

 このWARNER盤を超えるセットが今後出てくるとすれば、それは同じくケンペの音源を使ったものに違いありません。それはきっとディスクではなく、ハイレゾリューション音源などになるのでしょうね。

2013年12月27日

 

(2013年12月22日、27日、An die MusikクラシックCD試聴記)