コリン・デイヴィスとカペレによる「シベリウス交響曲第2番、エン・サガ他」

文:松本武巳さん

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CDジャケット
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シベリウス
交響曲第2番ニ長調作品43
交響詩「エン・サガ(伝説)」作品9
交響詩「ルオンノタール(大気の女神)」作品70(ウテ・ゼルビク(ソプラノ))
サー・コリン・デイヴィス指揮
シュターツカペレ・ドレスデン
録音:1988年9月22日(交響曲)、2003年7月7〜8日、ドレスデン・ゼンパーオパー
Profil(輸入盤 PH05049)

 

■ 2006年に突如現れた、カペレとコリン・デイヴィスによるシベリウス録音集

 

 シベリウスの7曲の交響曲中、楽曲の親しみ易さ故か、シベリウス作品では随一の人気を誇る交響曲第2番である。コリン・デイヴィスにとってこれが4つ目の録音で、過去の3種類の録音は、すべて交響曲全集の中の1曲であり、単独ではこれのみが現時点で残されている。民俗叙事詩「カレワラ」にもとづく『ルオンノタール』は、多分コリン・デイヴィス初のレパートリーであろう。カップリングされている『エン・サガ』と『ルオノンタール』は2003年、一方の交響曲第2番は1988年の収録であり、収録年月にかなりの開きがある。

 

■ カペレによる珍しいシベリウスの録音

 

 シュターツカペレ・ドレスデンによるシベリウス作品の演奏は、かつて15年ほど前に、プレヴィンとムターによるヴァイオリン協奏曲(ドイツ・グラモフォン盤)を取り上げた際にも触れたことがあるが、実は非常に珍しいと思われる。なお交響曲第2番は、ドレスデン絨毯爆撃で破壊されてしまったゼンパーオパーが再興(1985年)されて以降の1988年の録音であるため、ホールの残響や客席等の間接音が違和感なくマイクに捉えられており、十分現役として通用する録音であると言えるだろう。

 

■ 1988年、ベルリンの壁崩壊前年の交響曲録音

   ベルリンの壁が崩壊に至る直前の1988年秋、旧東ドイツ最後の輝きとも言える時期に残されたシベリウス交響曲第2番の演奏からは、当時のシュターツカペレ・ドレスデン固有の、雄弁かつとても柔らかく豊穣な音が、大きな広がりを見せつつ聴こえてくる。まさに、昔懐かし古き善きカペレの響きが、この交響曲録音からはしっかりと聴こえてくるのだ。弦楽セクションも木管も金管も、まさに当時のカペレの音そのものがきちんと収録されている。今なお当時のカペレの音を懐かしむ、そんな根強い熱烈ファンが多いことが納得できる、そんな音がこの録音には確かに刻まれているのである。

 もちろん、コリン・デイヴィスの指揮も、やや素っ気なく楽曲全体を進行させてはいるものの、多くを語るのは蛇足である思えてくるほどしっかりとした堅実な指揮ぶりである。ただ、シュターツカペレ・ドレスデンは柔らかく豊穣なサウンドを聴かせてはいるが、東側崩壊前夜とも言える時期であるためか、それとも単にライヴ収録であるからなのか、強奏部分では一部の金管楽器(特にトロンボーン)が、荒れ気味に響くような箇所が少しではあるが確認でき、当時のカペレ特有の美感とは少々相容れない、多少齟齬のある部分が散見されることは、念のため指摘しておきたい。

 そうは言っても、当時のカペレとしても、意外なほど透き通るような清らかな響きに曲全体が貫かれており、シベリウス作品にふさわしい音作りを遺憾なく達成していると言えるだろう。コリン・デイヴィスは、偶数楽章のテンポが他のデイヴィス自身の録音よりかなり速く、多少弾き飛ばした感が無くもない。特に第4楽章の主部などは、スタッカートの刻み方が結構強めで、一気に駆け抜けているような指揮ぶりである。なお、フィナーレのコーダ部分では、最後の三つの和音を完全に分けて明確に鳴らしている。交響曲第2番におけるコリン・デイヴィスは、後年の彼に特有の、音の『溜め』を上手く生かしたスケールの大きな演奏からは多少遠いものの、この演奏での指揮ぶりが決して悪いわけではない。
 

■ 2003年、シノーポリ急死直後の2曲の交響詩録音

   交響詩「エン・サガ」は、一般に「伝説」と訳されるが、この曲には実は特定のストーリーは存在していない。シノーポリ時代に入ってから形成された、新たなカペレ・サウンドが加味されたことを痛感する、そんな新時代の演奏であると言えるだろう。この録音からは、数年前にシノーポリを急死で失ったカペレの、たいへん鮮明ではあるが、良くも悪くも特徴の乏しい近年の国際化された音が聴こえてくる。カペレが旧東側時代と、東西ドイツ統一以後に辿った、根本的な音のあり方・作り方の変容が明確に聴きとれる意味で、貴重な組み合わせのディスクであると言えるだろう。ただし、客観的に判断して決して悪い演奏ではないことは断っておきたい。交響曲第2番で味わったカペレへの郷愁が、この曲でいきなり吹っ飛んだだけであり、古き時代のカペレファンを代弁した退役老人の戯言であるとご理解いただきたい。

 交響詩「ルオンノタール」は、カレワラの初期に現れる大気の女神のことである。交響詩はこの大気の女神ルオンノタールとカモメの話であり、カモメの作った巣の卵から、空や月や星が生まれたという伝説である。(そういえば、かつてヘルシンキ市内に日本由来の「かもめ食堂」があり、一時はたいへん有名な店であったことを思い出した。)聴く機会にあまり恵まれない事実上の管弦楽伴奏による歌曲であるが、この演奏はゼルビクの傑出した歌唱のお陰もあってか、非常に素晴らしい出来となっている。ゼルビクの声そのものに、コリン・デイヴィスとカペレは強い共感を示しつつ、大変雄弁な音楽づくりにしっかりと寄与していると言えるだろう。単なる余白への収録では済まされない、掛値のない非常に素晴らしい演奏である。この曲でディスクを閉じることでディスク全体が引き締まって、ディスクの価値を高めていると言えるだろう。

(2023年9月18日記す)

 

2023年9月18日、An die MusikクラシックCD試聴記