ドレスデンのワルツを聴く

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前編

CDジャケット

ワルツ&ポルカ集
スウィトナー指揮シュターツカペレ・ドレスデン
録音:1970年3月、ルカ教会
BERLIN Classics(輸入盤 0091452BC)
収録曲


ランナー(1801-1843)

  • ワルツ「宮廷舞踏会」op.161
  • シュタイル風舞曲 op.165
  • ワルツ「シェーンブルンの人々」op.200

ヨーゼフ・シュトラウス(1827-1870)

  • ピチカート・ポルカ
  • ポルカ「休暇旅行」op.133
  • ポルカ「女心」op.166
  • ポルカ「風車」op.57
  • ポルカ「とんぼ」op.204
  • かじ屋のポルカ
  • ポルカ「おしゃべりなかわいい口」

 私の知る限り、シュターツカペレ・ドレスデンには現在3種類のワルツCDがある。うちひとつはケンペが72年末に録音したもの。今回ご紹介するのは、残り2種類である。

 このCDは一見地味だ。もし私がカペレのファンでなかったならば、多分買うことはなかったと思う。ワルツのCDのくせに、ケンペのCDのように「こうもり」序曲や「皇帝円舞曲」といった有名曲が収録されていない。ましてや、定番の「美しき青きドナウ」など入っていない。そんな選曲でCD(当時はLP)を制作しようとしたのは一体誰なのだろう。それまでワルツのまとまったCDは作られていないのだから、自由な選曲をする権利はまず間違いなく指揮者であるスウィトナーにあったはずだ。

 スウィトナーはあえてこうした目立たない選曲をしたわけだが、結果からいえば、それはスウィトナーの慧眼であったと思う。超メジャーな曲をはずして、よくぞこれだけの名曲を並べたと思う。スウィトナーは知名度だけで選ばずに、音楽の内容で選んだのだ。一見地味に見えるCDなのに、一聴した後の満足度はとても高い。これはスウィトナーの優れたセンスの勝利だ。

 演奏はそんなスウィトナーのセンスが如実に反映された、繊細かつ緻密なもの。カペレのアンサンブルの精度がスウィトナーの繊細な音楽作りに完全にマッチしている。非の打ち所のない見事な演奏は、かりにスタジオでの所産であったことを考慮したとしても、称揚してしかるべきだろう。さすがのスウィトナーもその後に手にしたシュターツカペレ・ベルリンではここまでのワルツは演奏できなかったのではないだろうか。

 このCDを聴く人は、まずランナーのワルツ「宮廷舞踏会」から息をのんで聴き続けることになる。スウィトナーはどの曲でも極端に大きな音を要求せず、旋律線を大事に描き出し、決してうるさくならない伴奏をつけているようだ。大味な表現はどこにもない。ひとつひとつのフレーズを音が濁らないように、そっと演奏している。その繊細さは、体が大きく、お腹が出っ張る見栄えの悪い田舎臭いこの指揮者のイメージを根底から覆す。ドレスデンという町だって、どう贔屓目にみてもワルツのイメージはない。それなのに、ここで聴くワルツは洗練されている。指揮者や町のイメージから、田舎臭いワルツだと思って聴き始めれば、誰もがその落差に驚くこと請け合いである。それもこれも、しなやかな音楽性を持つスウィトナーの繊細な音楽作りによるものだ。時には豪放、時には退屈な演奏をしたスウィトナーだが、こんな繊細な音楽性を持ち合わせていたのだ。

 なお、選曲もさることながら、曲目の配列もよい。ランナーの3曲で聴き手を大きく唸らせた後、ピチカートポルカで気分を大きく変える。軽快な曲の合間に抒情的なポルカ「女心」や「とんぼ」を聴かせ、最後の方では「かじ屋のポルカ」「おしゃべりなかわいい口」で楽しい気分を高めてくれる。これはすばらしいCDだ。ああ、ワルツっていいな。音質もいいし、本当に聴いてよかった。

 

後編

CDジャケット

J.シュトラウス2世
Rosen aus dem Sueden
ガラグリー指揮シュターツカペレ・ドレスデン
録音:1971年12月、ルカ教会
BERLIN Classics(輸入盤 0092192BC)

収録曲

  • ワルツ「南国のバラ」op.388
  • エジプト行進曲 op.333
  • トリッチ・トラッチ・ポルカ op.214
  • ワルツ「朝の新聞」 op.279
  • 常動曲 op.257
  • 「ウィーン気質」序曲
  • ポルカ「クラップフェンの森で」op.336
  • 皇帝円舞曲 op.437
  • ポルカ「狩」op.373

 録音時期から察するに、1971年のジルヴェスター(大晦日)・コンサートはこのCDの指揮者、ガラグリー(Carl von Garaguly)の指揮で行われたと思われる。また、このワルツCDの曲目は、上記スウィトナー盤とは異なり、ワルツの王様ばかり。きっとこの曲がそのままステージに乗ったのだ。

 さて、ガラグリーという人。この指揮者の名前を私はこのCDを買って初めて知った。これ以外にも録音はあるようだが、カペレとはこれが唯一である。どんな人だったのだろうか。カペレのページを作っていながら、私はまるで分からない。しかし、この録音を聴くと、芸風はある程度想像がつく。演奏がすべてを物語っているのである。それは良くも悪くも、上記スウィトナー盤と対照的な音楽作りなのである。

 面白い人だ。無邪気だったのかもしれない。ガラグリーさんは、おそらく、シュターツカペレ・ドレスデンのサウンドに酔っていたのではないだろうか。そうとしか思えない。指揮者だって、平常心でいられなくなるときはあるだろう。どうやら、ガラグリーさんはカペレのサウンドに酔いしれ、勢い余って大見得を切る濃厚なワルツを演奏してしまったのである。さらりと流すワルツではなく、大きなタメが随所に現れる。第1曲からその傾向は明らかなのだが、極めつけは「ウィーン気質」序曲で、「えっ?こんなに濃厚でいいの?」と面食らってしまう。ましてや、皇帝円舞曲では指揮者自らが陶酔したようにしか思えないゴージャスな音楽になる。その他、「トリッチ・トラッチ・ポルカ」などの有名な曲においてもガラグリーさんはオケを豪快に鳴らす。このCDを聴いていると、「どうだ、年末なんだから豪華にやろうぜ!ゴージャスな音楽を聴かせたるぜ!」とでもいいたげな指揮者のご満悦の顔が何となく想像される。おそらくガラグリーさん、チャイコフスキーでも演奏させたら、メンゲルベルク顔負けの強烈感情移入型の熱演を聴かせたに違いない。

 私は別にガラグリーさんを貶しているわけではない。こうしたCDがあっても良いと思っている。取り澄ましたような味気ない演奏のCDがはびこる現在、指揮者が思いの丈をぶちまけたようなCDがあってもよいではないか。また、こうした演奏をシュトラウスのワルツは可能にしているのだ。ワルツだからって、洗練されていなくてもいい。感情移入型のゴージャスな演奏だって面白い。このCDはそうした意味で実に価値がある。

 いずれにせよカペレは、あろうことか、指揮者を酔わせてしまった。こんな匂い立つばかりの音色を持つオケを指揮していたら酔ってしまうだろう。時に1971年末。カペレの絶頂期である。前後には有名録音が目白押しだ。次にゴージャスなサウンドに酔いしれるのは、聴き手であるあなたかもしれない。


 上記内容をアップした後、「斉諧生音盤志」にガラグリーおじさんの詳細な特集があることを発見。この指揮者に興味を持たれた方はどうぞ。

 

2000年1月10日、11日、An die MusikクラシックCD試聴記