An die Musik 開設11周年記念 「名盤を探る」
第21回 ニールセンの交響曲第4番の名盤を探る
文:松本武巳さん
旧名盤
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1981年2月
DG(輸入盤 445 518-2)新名盤
オスモ・ヴァンスカ指揮BBCスコットランド交響楽団
録音:2001年5月
BIS(輸入盤 BIS-CD-1209)
(なお、BBCミュージックの付録として、下記DVDが存在します。)
オスモ・ヴァンスカ指揮BBC交響楽団
録音:2005年7月20日、BBC PROMSライヴ
BBC MUSIC(輸入盤 BBC DVD001)■ この曲についての簡単なメモ書き
このニールセンの交響曲には、以前「不滅」というタイトルが一般に与えられておりましたが、近時は「消し難きもの」と訳されることが多いようです。まずはそのお話から入りたいと思います。タイトルは、原語のデンマーク語では"Det Uudslukkeligge"と表記されます。この言葉は、ドイツ語の"Das Unauslöschliche”とほぼ同義の言葉で、直訳しますと「消せない」という意味になります。しかし、タイトルとして不正確であっても、「不滅」は非常に名訳であったと思うのですが、いかがでしょうか?
つぎに、この曲は4楽章構成の交響曲であるように、時々解説等で書かれてありますが、あくまでも単一楽章の交響曲で、かつ調性が指定されておりません。その意味では、ゲンダイオンガクに踏み込んだ作品であると言えるでしょう。シベリウスと同年に生まれた北欧デンマークの作曲家であるニールセンは、この交響曲第4番を1914年から16年にかけて作曲しました。ちょうど、第1次世界大戦の最中の作曲となります。
■ 旧名盤カラヤンについて
ゆきのじょうさんの名文をまずはそのままご堪能ください。
「そういえば、こんなディスクもあったね。」と私はCDジャケットを見ながら言った。
「カラヤンはこの曲を生涯一度も演奏会に採りあげず、もちろん過去一度も録音していない。ニールセンの他の作品も採りあげていないんだ。」音楽にあわせて静かに動かしていた長く細い指でCDケースを受け取りながら、彼は言った。「これをどう思う?」そして静かに微笑んで私からの言葉を待っていた。
「まるで『シェヘラザード』のようだな。」と私ははっと気がついて言った。
「そのとおりだ。おそらくレコード会社とカラヤンとの間で話し合われて録音することが決まったんだろう。興味深いのは同時期の録音セッションでショスタコーヴィチ/交響曲第10番の『再』録音が行われていたことだね。」
「でも、このニールセンは『シェヘラザード』と違って評判にはならなかったよね。」
「ぼくは、分かりやすい演奏だと思うけどね。」と彼はまた、パイプに手を伸ばした。「個人的にはニールセン/第4をここまで聴くことができたのは初めてだった。以前、名盤と言われたバーンスタイン/ニューヨーク・フィルとのCBS盤でも正直ここまで楽しめなかった。カラヤンは、ニールセンをショスタコーヴィチのようでもあり、マーラーのように演奏している。もちろんこの曲を録音する直接の動機となっただろう、第二部最後のティンパニの乱打も見事なものさ。ニールセンの愛好家からみれば異端であることは明白だがね。」彼はパイプから紫煙をくゆらせながら、さきほど受け取ったCDケースをじっと見ていた。
もちろん、ここにあえてカラヤン盤を挙げた私は、カラヤンのこの演奏を決して異端であると看做していないことになりますし、一方の様式違反の主張に対しては、正直なところ良く分かりません。あえて言えば、カラヤンに取って見れば、良くいわれるシベリウスとの比較において、ニールセンを演奏している訳ではないことくらいでしょうか。カラヤンは、確かにシベリウスを演奏する際の視点とは異なった視点で、ニールセンを捉えて演奏しているように思えます。しかし、ここはその良否や好悪を述べる場では無いと考えていますので、この辺りにしたいと思います。
■ カラヤンを批判する場合の旧名盤
カラヤンのディスクを批判する側から見ますと、要するにニールセンの音楽の、そして北欧の音楽に対する様式違反、煎じ詰めれば異端の部類に入る演奏であることに尽きるであろうと思います。そんな場合に、代替の推薦盤として登場してくるのが、ブロムシュテットの新旧2つのニールセン交響曲全集だと思います。
私も、ブロムシュテットの2つの全集は決して嫌いではありません。しかし、北欧と生活や文化を共有していない私には、どうしても最後まで聞きとおすことに若干の困難を感じることが多いのです。音楽を堪能するところまでは行ってくれません。なお、蛇足ですが、バーンスタインのCBS時代の録音は、私には無縁のまま終わったディスクでした。
■ 新名盤ヴァンスカについて
猛烈な勢いで怒涛のように激しく演奏しているにも関わらず、ヴァンスカの演奏は一方でとても美しく、かつ北欧の爽やかなイメージもきちんと我々に持たせてくれる、そんな新しい時代の名盤であると思います。要するに、カラヤンを推す方たちのカラヤン盤の推薦理由と、ブロムシュテットを推す方たちのブロムシュテット盤の推薦理由を、両方ともに兼ね備えているとでも言えば、ここでは適切なのでしょうか。
ヴァンスカを聴いていて睡魔が襲って来ることはちょっと考え難いですし、ヴァンスカを聴いていて様式違反とか異端とかを感じることもありません。そして、参考としてあげている、BBCのプロムスで演奏されたDVDを観ていると、彼の演奏の面白さがまさに手に取るように見えてきます。BBCの雑誌の付録として添付されたDVDですが、とても貴重なディスクで、またBISへのCD録音で見えてこなかった部分も、映像で観ると良く理解できるのです。CDとDVDを両方手元に置くことは困難かも知れませんが、私は幸運に恵まれたのかも知れません。
(2009年11月30日記す)
2010年5月10日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記