CDの音質について

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 1960年、ウィーン芸術週間に客演したクレンペラーのベートーヴェン・チクルスは、ARKADIA、VIRTUOSO、CETRA、MUSIC & ARTSなどから発売されているらしい。私が所有するCDにはCETRAのものは含まれていない。また、ARKADIA盤でも全曲は揃っていない。一般的にはMUSIC & ARTSの5枚組セットが最も入手しやすいし、私も持っている。だから、「あれが聴けない、これが聴けない」と大騒ぎしなくてもすむ。が、音質が極端に異なるので、どれでもいい、というわけには行かないのである。これについては、ご存知、「クラシックの聴き方が変わる本」(洋泉社MOOK)の中で海老忠氏が非常に適切な解説を書いておられるので、あえて全文を引用したい。MUSIC & ARTSの5枚組セットについての話である。なお、MUSIC & ARTS関係者がこのページを読んでいないことを祈る。読んでいたら、許して下さい!

ウィーン芸術週間を飾った歴史的名演として名高い演奏のCD化。すでにCETRA等、いくつかのレーベルで発売済みだが、今回のリリースにはヒストリカル音源のCD化に伴ういくつかの問題が見受けられるため、一応指摘しておく。まず疑似ステレオの問題。オリジナルがモノラルならモノラルでCD化すべきである。加えて未整音の問題。経年変化などによる高域劣化を考慮せず、適切なイコライジングが成されていないため、結果、ボケた音が疑似ステレオでまたまたボケて広がるという最悪の図式が成立する。これは何も海賊盤に限ったことではなく、正規盤の復刻シリーズでもよく見受けられ、歴史的にみても貴重な遺産が、エンジニアの思慮浅い行動によって破壊されてしまう、いわば「史跡に落書き」的な愚挙と見ることも可能。価値あるものは望みうる最高の技術で整音した後、リリースする必要があり、正規・海賊に関わらず、きちんとした形で発売し直すべきCDは膨大な数にのぼる。情けない話である。

 「あまり目くじらをたてなくとも良いのでは?」と思う読者も大勢いらっしゃるだろうが、疑似ステレオはどうしてもいただけない。確かにクレンペラーの貴重な演奏を聴けはするのだが、ちゃんとしたモノラル録音のまま出したARKADIA盤と同じ曲を聴き比べると、「これは本当に同じ演奏なのか?」と驚かざるを得ない。せっかくの名演奏が未整音や疑似ステレオ化によって完全に輪郭があやふやな演奏になり果てている。モノラル録音でも、このベートーヴェン・チクルスはマイクのセッティングに恵まれたらしく、非常に良好な録音だった。例えば、ARKADIA盤で聴くと、鋭いアインザッツ(入り)や重厚な弦楽器の響き、艶やかな木管楽器の音を堪能できる。しかし、MUSIC & ARTSのセットではそうしたクレンペラーの演奏の美質がきちんと聴き取れない。これは残念だ。私はいつもはARKADIAは音質的には玉石混淆で、石が多いと思っていたが、このシリーズに関する限りは、軍配を揚げざるを得ない。

 こうしたふにゃけた音質のCDは海老忠氏の指摘どおり少なくない。せっかくの名演奏なのだから、心ないお節介は止めていただきたいものだ。

 このページでは何度も繰り返してきたが、メーカーはモノラル録音を恥じる必要はない。モノラル録音でもステレオ録音より優れた音質のものはたくさんある。妙な疑似ステレオ化で演奏を台無しにするような真似は慎んでいただきたいと思う。

 

■ CETRA盤の音について 

 

 上記内容を更新後しばらくしてCETRA盤を入手!

 CETRA盤の音は、「マスターテープを持っているのではないか?」と勘ぐりたくなるほど生々しい。

 モノラルであるにもかかわらず、そんじょそこらのステレオ録音顔負けの音質である。一体どこにマイクを設置していたのか、オケの音が考えられないほど鮮明である。指揮者の頭上3メートルとか、そうした恵まれた場所にあったに違いない。その証拠に、楽章間に聴衆が鼻をかむ音がはっきり聴き取れたりする。これはリアルだ。それはともかく、音の輪郭ははっきりしているし、厚みもあるし、リアルさには舌を巻くばかりだ。どう考えてもCETRA盤の音質は他を圧している。

 ベートーヴェン・チクルス本文に書いたとおり、このCDで聴くと、他の盤とは全く違った演奏に思われてくる。ふやけた輪郭がしゃきっとしてくるし、気迫を込めて演奏されたオケの音色が聴き手を揺り動かす。

 このすぐれた録音が海賊盤のまま世に埋もれているのはどういうわけだろうか。1960年、ウィーン芸術週間におけるベートーヴェン・チクルスは歴史的名演揃いと言っても過言ではない。しかも生々しい録音が残っている。どうして正規盤が出ないのだろうか。ORFやひょっとするとどこかのレーベルとの調整があるのだろうか? EMIは即刻マスターを入手してこの貴重な録音を世に出すべきだ。善処を望みたい。

 

An die MusikクラシックCD試聴記、1999年掲載