クーベリック指揮のヤナーチェク「タラス・ブーリバ」全音源試聴記

文:松本武巳さん

ホームページ  WHAT'S NEW?  「クーベリックのページ」のトップ


 
CDジャケット

1.ロイヤルコンセルトヘボウ管弦楽団(1951年6月16日録音=ライヴ)

CDジャケット

2.トリノRAI交響楽団(1954年4月25日録音=ライヴ)

CDジャケット

3.ロイヤルフィルハーモニー管弦楽団(1958年4月録音=原盤HMV)

CDジャケット

4.バイエルン放送交響楽団(1963年10月29日録音=ライヴ)

CDジャケット

5.バイエルン放送交響楽団(1970年5月1日=原盤DG)

 

■ タラス・ブーリバについて  

 

 私は2009年にも、タラス・ブーリバについて小論を書いたことがあり、そこで、初演者であったバカラと、クーベリックと、最近話題の指揮者であるエリシュカの3者の録音を比較試聴して、評論を書いた経緯がある。曲の大要や基本的な評論に関しては、当時と考えが変わっていないこともあり、その記事に譲りたいと考えるので、ぜひご参照願いたい。

 

■ 残された5種類の録音について

 

 1.は1951年のコンセルトヘボウとのライヴで、この当時、クレンペラーもコンセルトヘボウを指揮してシンフォニエッタを演奏し、放送用の音源が残されている。2.は、最近世に出たと思われるトリノRAIとの音源で、1954年の放送用録音である。3.はEMIへのスタジオ録音で、ロイヤル・フィルを振った1958年のステレオ録音である。4.は1963年のバイエルンでの放送用録音であり、録音後50年を経過しているので取り上げることとした。5.は1970年のドイツ・グラモフォンによる正規録音で、スタジオでの正規録音であり、初出LPはシンフォニエッタが表面、裏面がタラス・ブーリバであった。そして、これがクーベリックによる同曲最後の録音となってしまった。

 

■ 個別の感想が存在しない当曲 

 

 クーベリックは、タラス・ブーリバについては、当初から楽曲解釈がしっかりと固定していたようで、1.から5.までの5種類の録音は、一貫した解釈で演奏が貫かれている。そのためであろうか、1970年のスタジオ録音が、彼の指揮するタラス・ブーリバの集大成としての録音であったようで、その後、クーベリックはタラス・ブーリバを採り上げることは無かった。したがって、アナログ後期で録音もとても良好であり、指揮者とオーケストラの技術面も非常に安定している1970年盤をもって、クーベリックの同曲代表作録音として、ここでは扱うこととしたい。  なお、クーベリックの残した音源に共通するのは、第3曲「予言とタラス・ブーリバの死」における、前半部分の山場のひとつである、火刑部分における楽曲演奏の盛り上げ方がきわめて巧妙で、非常に聴き栄えがする点であろう。この部分におけるクーベリックの盛り上げ方は、本当に上手いとしか言いようがない。

 

■ クーベリックの嗜好  

 

 ここで、こんなことを考えてみた。クーベリックは、タラス・ブーリバという作品をどのように評価していたのだろうか、と。私は、クーベリックの内心において、この楽曲は楽曲自体としては相当好きであったのだろうと考える一方で、彼の共産圏への反感は当時からかなり有名であり、ロシアを素材とした当該タラス・ブーリバの演奏自体をも、政治的主義主張から若干控えていたのではなかろうかと考えている。その結果として、彼は再度この楽曲を採り上げるチャンスを、ついに逃してしまったのだと思料する。大変残念ではあるが、クーベリックのタラス・ブーリバの解釈の一貫性が、終生完全に貫かれていたために、1970年のドイツ・グラモフォンへの優れた録音が、音質面も含めてしっかりと残されている以上、クーベリックの残したヤナーチェク録音全体の中で、オペラの正規録音が全く存在しないことに比べれば、そのショックはさして大きくないのである。

 

(2014年1月22日脱稿。なお、当該試聴記は2011年にヤナーチェク友の会会報に発表した小論に、加筆修正を加えたものである)

 

An die MusikクラシックCD試聴記 2014年1月22日掲載