ポリーニの「ベートーヴェンピアノソナタ全集」について考える
文:松本武巳さん
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
ピアノソナタ全集(第1番〜第32番)
ピアノ:マウリツィオ・ポリーニ
録音:1975-2014年
DG(ユニヴァーサル・ミュージック 479 4129)■ 当該試聴記執筆の動機
An die Musikのレギュラー執筆者であるゆきのじょうさんが、発売直後に読者限定で某所に公開された、当該全集に対するやや否定的な見解(全集録音の意味)が、今回の私の執筆動機である関係上、この試聴記の内容は、ポリーニがベートーヴェンのピアノソナタ全集を録音するに至った動機が、必然的かつ自発的であったとの方向から執筆したものであることを、冒頭にお断りしておく。したがって、確固たる否定的見解をお持ちの方は、なるべくお読みにならないで頂けるよう願いたい。
■ ポリーニが39年かけてようやく完成した全集
1975年に第30番と第31番の録音を完了し、その後第28番から第32番までの後期ピアノソナタ集として、70年代末に発売された3枚組LPほど、ポリーニの才能について世間を騒がせ続けたディスクは存在しないのではないだろうか。それ以前に発売された、プロコフィエフやストラヴィンスキーやショパンは、あらゆる方面から絶賛され、一大ポリーニブームを巻き起こしたのだが、ベートーヴェンの後期ソナタ集は、余りにも他のピアニストとかけ離れた録音であったため、まさに大絶賛する者から、罵詈雑言を浴びせる者まで出、この議論は40年経過した今なお継続していると思われる。そのくらい衝撃的な後期ソナタ集の登場であった。この小文では、演奏批評を目的としていないので、この件の議論の中身には立ち入らないこととしたい。
■ 全集録音期間における技巧面の大きな変化
ポリーニの技巧は1990年代から徐々に下降線をたどっていき、近年では特別に飛び抜けた技巧派であるとは看做されない存在(もちろん現在でもかなり高度な技術を持ったピアニストではあるが)に至ったと思うが故に、1970年代の議論が沸騰し錯綜した後期ソナタ集発売当時の技巧を持ち合わせていた段階で、このピアノソナタ全集を完成させて欲しかったとの期待(批判派も含めた大多数の期待)については、残念ではあるが叶えられることはなかったのである。そのため、このような形での全集完成自体も否定的に捉える聴き手が多数出るのは、確かにやむを得ない側面があろうかと思う。
■ ポリーニにとって、全集の意義とは?
ポリーニが全集録音を行うピアニストからは遠い存在のように思われている節があるが、彼は意外にレコード録音に関しては、一定のまとまった音源を公開する姿勢を取っている。たとえば、ショパンのポロネーズ、バラード、スケルツォ、夜想曲等、ドビュッシーの前奏曲集や練習曲集、バッハの平均律第1巻などが挙げられる。またベートーヴェンのピアノ協奏曲に至っては複数回全集を完成させている。つまり、ポリーニが全集を完成させるという意識を有していないような演奏家では、決してないことが分かる。この点で、例えばリヒテルなどとは全く異なる録音に対する姿勢だと言えるだろう。
■ 果たしてポリーニの意思による全集録音か否か
これについては、全集完成を喜ぶファンも含め、ほぼ全員一致で、ポリーニの意思ではなく、レコード会社の企画であったと考えられているように見受ける。そのため、無条件に喜ぶファンはさすがに少数で、たとえばもう少し早い段階で完成させて欲しかっただとか、演奏内容だけでなく全集としてのコンセプトが希薄であるとか、全集ではなく、これは全曲セットに過ぎないだとか、40年の歳月をかけたことへの根気と慰労は認めつつも、あまりの録音期間の長さに対して、何らかの注文をつけている方がほとんであるように思える。
しかし、実は、後期ソナタ集完成当初はともかく、少なくとも1988年から91年の間のどこかの時点で、ポリーニはピアノソナタ全集を録音する意思を持ちつつあったと思われる。
■ ポリーニのベートーヴェンピアノソナタ演奏記録
私の手元には、ポリーニの演奏記録として、比較的信頼のおける資料が3点ある。ザルツブルク音楽祭で開いた全リサイタルの公演記録、ニューヨークのカーネギーホールでの同様の記録、そして日本での来日全公演記録である。いずれも、アンコールは含まれておらず、信憑性については、一応公式に出されたものばかりであるので、基本的に信頼がおけるものと看做して、この3点の資料その他からベートーヴェンのピアノソナタについての、ポリーニの演奏履歴を考えてみたい。
1970年代には、すでに第17番、第21番、第25番から第32番までのソナタを公開演奏しており、1988年には第12番から第26番まで(除第19番、第20番)をまとめて公開演奏している。つまり1988年の時点で、70年代の後期ソナタ集に含まれなかった第27番を含め、第12番以後のほぼ全曲を公開演奏していたことになる。また、91年には第4番、第7番、第8番がプログラムに載っており、1993年から94年にかけて、初期の習作である第19番と第20番(作品49の2曲)を除く、全30曲の連続演奏会を、ベルリンとミュンヘンで開催し、その後ニューヨークを含む都市でも95年から96年にかけて開催している。この全30曲連続演奏会に先立つ1992年には、アッバードとベルリンフィルによる、ピアノ協奏曲全曲演奏会及び録音を行っている。
つまり、1988年の中期ソナタ群をまとめて公開演奏した時点か、あるいは少なくとも91年に初期の数曲をプログラムに載せた時点で、全曲演奏に取り組む意思があったと看做せるのである。ただし、この時点でポリーニは初期の習作ソナタであった作品49の2曲(第19番、第20番)について、たぶんベートーヴェンのピアノソナタとして取り上げる意思はなかったと思われる。
このことが、ベートーヴェンのピアノソナタ全集として、ポリーニの考えるのが全30曲であったことと、一般聴衆およびレコード会社が考えるピアノソナタ全集とは、全32曲であることの食い違いが、結果的に全集完成に至る時期を大きく引き伸ばしてしまった主因だと、私は考えるのである。
■ 最後に録音した1枚のディスクから想像を張り巡らせると・・・
ポリーニが全集の最後に録音したのは、第16番から第20番までの5曲である。このうち、第17番「テンペスト」は再録音である。巷では結構、この1枚を落穂ひろいなどと揶揄されてはいるが、私にはポリーニの明確な意思が存在する1枚であったと想像する。
その理由は、ベートーヴェン自身が語っている、作品31以後の自身のピアノソナタ作風の変化を前提としてソナタ全集を2分割すると、第1グループが、第1番〜第15番、これに若い時代の習作である第19番と第20番、以上の17曲。第2グループが、第16番〜第32番まで(除第19番、第20番)の15曲となる。
このように捉えると、最後の1枚は、単にソナタの第16番から第20番までを録音したのではなく、第1グループと第2グループのそれぞれ最も早い時期に作曲されたソナタ群であることが分かる。これは、ポリーニが第2グループの録音については、1975年から77年にかけて後期ソナタ集(第28番〜第32番)から録音を開始し、第1グループの録音についても、1991年の第13番から第15番まで(作品27と28)の最後の3曲の録音から開始したことと、少なくとも整合性が取れる1枚となる。つまり、第1グループも第2グループも各々の最後のソナタ群から録音を開始し、全体的な流れとしては、最初の作品に向かって徐々に録音を進行させたのだ。
ここからは、全くの想像であるが、ポリーニがピアノソナタ全集の録音を渋っていたのは、習作ソナタである作品49の2曲(第19番、第20番)が原因であったのは、ほぼ間違いがないので、この2曲を説得(レコード会社の説得以外にも、全集録音の理由が存したかは不知)に応じて録音するための、ポリーニの内心における合理性を考えた結果、第1グループの最初の2曲と、第2グループの最初の3曲(作品31、第16番〜第18番)をセットにして、全集録音を完結させることにしたように思えてくるのだ。そのために、若いころから弾き込んできた第17番「テンペスト」については再録音をしたのだと考える。
■ 私にとっての結論
ピアノ学習者が初めて弾くベートーヴェンのピアノソナタが、第20番(作品49の2)であることは、割合多くみられる事実だと思われる。ベートーヴェンのピアノソナタ全集の楽譜以外の「ソナタ集」等にも登載されていることも理由の一つである。しかし、ここまで記してきた内容が、仮にある程度当っていたとしたら、40年も全集完成に要した主な原因が、ほんの小さな可愛らしい小品である、初期のソナタ2曲にあったことになる。
このように、切り口次第では、私も実はこの全集発売に対する否定派に数えられてしまうのかも知れない。それでもなお、すでに超絶技巧を失ったポリーニが、たとえ録音状態も演奏レベルもバラバラだとしても、ベートーヴェンのピアノソナタ全集を後世に問うた功績は、認められてしかるべきであると信じる。このピアノソナタ全集は、確かに録音史に残る金字塔ではないとしても、決して無価値なものでもあり得ないし、ポリーニの40年にもわたる演奏および録音遍歴を、最も如実に痛感させてくれるボックスセットでもあるのだ。そう言った意味で、この全集はかけがえのない録音であると考えている。
なお、各々の楽曲についての演奏内容の分析や試聴記は、書きたいと考える何曲かに絞って、後日時間をかけて書こうと思う。そのための時間は、まだまだ十分にあると考えている。
(2015年7月23日記す)
2015年7月23日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記