バルトークが1921年に作曲したいわゆる無調的作品である。全体は急・緩・急の古典的様式で構成されているが、バルトークが抽象的・普遍的な創作へと踏み出した時期の作品にあたるため、民俗色を十分に維持しつつも、ヴァイオリン特有の旋律と打楽器的な役割を持つピアノ伴奏で楽曲全体が貫かれている。聴衆にとってやや難解な楽曲であると言えるだろう。クレーメルは、70年代後半にスミルノフのピアノで、ハンガリーのHUNGAROTONレーベルにこのソナタの最初の録音を残している。さらに後年、アルゲリッチと2006年にベルリン・リサイタルのディスクで、再録音を果たしている。以下は、かつて私自身が2006年のベルリン・リサイタルのディスクについて書いた試聴記の文章であるが、そのまま引用したいと思う。
第1楽章は研ぎ澄まされた緊張感で貫かれた少々疲れる曲であるが、アルゲリッチとクレーメルは、真正面から真剣勝負を挑んでおり、聴き手にまで最高度の緊張を強いる、そんな世界が全体に繰り広げられている。第2楽章も同様の緊張感が完璧に持続していて息が抜けない。第3楽章も相変わらずの緊張感なのだが、そんな中に一瞬印象派的な柔らかい響きが現れて、ようやく聴き手は強い緊張感から解放され、まさにホッとするのである。そんな場面でのアルゲリッチとクレーメルは、ものの見事に息が合っており、聴き手を巻き込んだ真剣勝負も、決して両者の意見の相違から来る闘いではなく、事前に意見の一致を見た上での真剣勝負であったことが、楽曲の最後に至って聴き手にもようやく理解できるのだ。まさに名演奏だと思う。
この文章に、特に付け加える必要を実は感じないのだが、あえて付け加えるなら、2006年のライヴ録音と異なり、聴衆がいないスタジオ録音であるため、今回のディスクからは、音楽が終結してもなおある種の緊張から聴き手は解放されない、そんな一歩間違えると苦痛すら感じられる強い緊張感の中で、演奏を終えるようなところがある。この曲をある程度聴いた経験があるか、またはバルトークの音楽が好きな方には堪らない演奏だと言えるだろう。もっとも、現代音楽を『ゲンダイオンガク』と表記するなどして、普段から忌み嫌っているような方が聴くと、なおさら嫌いになる可能性すらあるような演奏だとも言えるだろう。確かに素晴らしい演奏ではあるが、若干万人向けとは言い難く、少々取扱注意的な演奏だと言わざるを得ない。
|