「わが生活と音楽より」
バーンスタインの「幻想交響曲」を聴く文:ゆきのじょうさん
ベルリオーズ
幻想交響曲 作品14
レナード・バーンスタイン指揮フランス国立管弦楽団
EMI Classics(輸入盤 73338)最初にお断りしなくてはいけないのは、「バーンスタインのベートーヴェン全集を聴く」を執筆されたENOさんを始めファンの方には申し訳ないのですが、私はレナード・バーンスタインという指揮者は実のところまったく好みではないということです。
バーンスタインの指揮する音楽を初めて聴いたのは、おそらくショスタコーヴィチの第5交響曲(ニューヨーク・フィルとの最初の録音)であったと思います。その後FMのエアチェックで、ニューヨーク・フィルとのベートーヴェン(CBSソニー)なども聴きました。そのいずれもが私には好ましいものには思えなかったのです。当時のバーンスタインの音楽は、ある意味「自我」が強いと感じました。それもあっけらかんとした陽気なアメリカ人の”ド演歌”です。おちゃめと言えば聞こえがいいですが、悪く言えば「はしたない」のです。あたかも全ての音符に燦々と太陽の光が降り注いでいるような印象です。陰影がなく音の一つ一つは常に前にあります。勢いだけで何とかなるような曲ならまだ聴けるのですが、ベートーヴェンの田園や第九になると、まるでパチンコ屋のネオンを見ているような気恥ずかしさを感じて最後まで聴くことができませんでした。まるで民謡か演歌だと思いました。もちろん名人が唄う民謡や演歌は優れたものですが、素人が自分の歌に酔いしれてメリハリのない状態では聴けたものではありません。バーンスタインの演奏には、そんな”ド演歌”が聞き取れるように思いました。だから、私のクラシック音楽歴の中では1970年代前半までのバーンスタインは常にといって良いほど「蚊帳の外」でした。
そんなバーンスタインのことを、とても気になった時期があります。ニューヨーク・フィルを辞任して少し名前を聞かなくなったな、と思った頃、1976年に東芝EMIから発売されたレコードです。一つはロストロポーヴィチとのシューマン/チェロ協奏曲、そして今回取りあげた「幻想交響曲」です。どうして気になったのかというと、まずバーンスタインと言えばCBSソニーだとばっかり思っていたのに東芝EMIから発売されたこと、次にオーケストラがフランス国立管弦楽団であったこと、そして広告に載っていた写真のバーンスタインが顎髭たっぷりの別人のようであったから、でした。そして早速FMで幻想交響曲を放送したので、TDKの120分カセットテープで録音して聴いてみました。さしたる期待があったわけではありません。ところが文字通りノックアウトされてしまったのです。
冒頭からバーンスタインの音楽はとても艶っぽいのです。そしてねっとりとからみつくように旋律が漂います。やがて恐るべき推進力でもってリズムが刻まれます。その後は音楽の洪水に埋もれるのみです。第2楽章の円舞曲は何処かおどろおどろしい響きです。第3楽章の田園の風景でも遠雷が響くまでほの暗さが伴いなす。そして第4,5楽章。音楽はまさに爆発しています。最後に畳みかけるようなフィナーレまでバーンスタインには全くの迷いがないようです。
私が抱いているバーンスタイン像からは、幻想交響曲の演奏は、計算度外視でグロテスクさや、不気味さが前面で映画音楽のような音響効果満点のものになるだろうと思いました。確かにここでのフランス国立管弦楽団は、決して上出来とは言えないアンサンブルです。勢いだけで、えいやっと演奏しているようですらあります。しかしながらニューヨーク・フィル時代に感じていた「はしたなさ」を、”ド演歌”を、ここでは不思議と感じません。確かに不気味さも、おどろおどろしさもあります。しかし”ド演歌”にはなっていないのです。独特の薫りすら感じました。
バーンスタインは変わったのか、と本気で私は考えました。その後はウィーン・フィルとのベートーヴェン、ブラームス、シューマンなどの全集が作られたのは周知の通りです。それらのディスクの評価が高かったことも。しかし、私にとっては、これらの名盤からは、幻想交響曲のときのような強い衝撃は得られませんでした。最後の頃のマーラーの一連の録音もバーンスタインならでは、と思いますがお気に入りとはいきませんでした。これらの録音でのバーンスタインには、以前のニューヨーク・フィルとの録音で感じていた”ド演歌”が別の角度で出ていたように思います。ウィーン・フィルであったがためにオブラートに包まれたようになっていますが、その中身は以前のはしたなさを感じます。チャイコフスキー/「悲愴」に至ってはオケがニューヨーク・フィルのためか、もう冗談ではないかと思うほどの”ド演歌”です。正直最後まで聴き通すことが難しい。
この私が感じた「はしたなさ」”ド演歌”がどのようなものなのでしょうか?伝統?格調の高さ?形式美?どれもが少しずつ違うようです。
ただ言えることは、このバーンスタインの幻想交響曲は、私の中では規範とも言える存在になっているということです。あの名盤の誉れ高いミュンシュ盤すらも、私にとっては平凡に感じてしまう。そんな不思議な魅力を持った演奏が、このバーンスタイン盤にはあるのです。
2004年1月14日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記