「わが生活と音楽より」
古い音楽をいろいろ聴いてみました

文:ゆきのじょうさん

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 私にとってのクラシック音楽の始まりは、というと、やはりバッハ(1685 -1750)、ヘンデル(1685 - 1759)、あるいはヴィヴァルディ(1678 - 1741)の、バロック音楽と言われる時代のものになります。一言でバロック音楽と言っても、学問上は1600年代全ての音楽を包括した呼称であって、上記の三人の作曲家はバロック音楽からみると後期に位置づけられるのだそうです。その前の1400年代から1500年代まではルネサンス音楽、さらにその前は中世音楽というのだそうですが、私にとっては古い音楽、未知の領域でしかありませんでした。この遠くて遠い音楽をわずかばかりですが聴き続けてきたので、今回少しまとめてみたいと思った次第です

 

■ 12世紀の音楽

CDジャケット

テンプル騎士団の聖歌:12世紀のエルサレムの聖墳墓教会
マルセル・ペレス指揮アンサンブル・オルガヌム

録音:2005年12月、フランス、フォントヴロー王立大修道院
欧Ambroisie (輸入盤 AMB9997)

 12世紀というと、日本では平安時代から(良い国作ろう)鎌倉幕府の頃です。ヨーロッパでは11世紀末から始まった十字軍による聖地エルサレム奪回を名分としたイスラム圏への侵略が繰り返された時代です。その目標点が聖墳墓教会であったといいます。このディスクは、その聖墳墓教会に伝わる聖歌を12世紀に写本にしたものを用いているということです。

 さて、その音楽なのですが構造としては比較的単純で、主旋律に対して最初はユニゾンで歌ってからいわゆる「ハモる」ようにして歌い、最後に再びユニゾンに戻るというものです。これが演奏団体の名前にもなっているオルガヌムという手法だそうです。それにしても、ここでの音楽は欧州の音楽のようで、そうでもないようでいて、さらに禅寺の勤行での読経のように聴こえてしまう瞬間もあります。

 まったくもって楽しく聴き流せるような音楽ではありません。クラシック音楽に慣れ親しんだ私の耳では、時に粗野な原始的な音楽の姿に感じます。12世紀の音楽は、このような荒々しいものだけなのかと思ったら、そうでもないと教えてくれたディスクがこれです。

CDジャケット

蜂蜜とミルク:処女マリアのための12世紀の歌曲集

アンサンブル・ペレグリナ

録音:2003年4月28-30日、スイス、ソロトゥルン州、ゼーヴェン・カトリック教会
独Raumklang (輸入盤 RK2501)

 バーゼル・スコラ・カントルム出身者の3人の女性歌手から成るアンサンブル・ペレグリナの演奏は、フレーズの最初と最後はユニゾンで主部は「ハモる」のは変わり有りませんが、聴いた印象はアンサンブル・オルガヌムとは、ずいぶん異なります。アンサンブル・オルガヌム盤は何やら説法を受けているようで、厳かなのですが陰鬱に感じてしまったのに対して、こちらはもっと穏やかな気分にさせてくれる音楽です。収められている曲は12世紀当時に聖母マリアに対する精神的な関心(=信仰?)が高まり、結果的に芸術家にとって独創的な作品を生み出す原動力となった時代のものであると、本ディスクの解説にあります。聖母マリアに関する作品でしたら、前述のアンサンブル・オルガヌム盤の最後の曲「めでたし女王よ」も、聖母マリアが題材なのだそうですが、アンサンブル・ペレグリナ盤での歌はもっと等身大で素朴で、人なつこい音楽として聴くことができます。同じ12世紀のヨーロッパ音楽でありながら、両者で異なった印象を受ける音楽的理由はわかりませんが、この時代でも音楽を楽しむ多様性が存在していると感じます。歌詞の意味が分かればもっと違いが分かるのかもしれませんが、私は拙稿「二枚の美しい女声のディスクを聴く」で書いたように、歌詞の意味よりは音楽としての響きで楽しんでしまうひねくれ者ですので、その点では改めてご了承をいただきたいと思います。

 古楽のジャンルにおいて私が最近注目しているのは、音楽をもって歴史を概観しようという試みです。その中から二枚を採り上げてみます。

 

■ 15世紀から16世紀の歴史を音楽で語る

CDジャケット

クリストファー・コロンブス 失われた楽園(1400 〜 1506)

モンセラート・フィゲーラス ソプラノ
ジョルディ・サヴァール指揮エスペリオンXXI、ラ・カペッリャ・レイアル・デ・カタルーニャ

録音:2006年5月6日、6月25-27日、7月10日、8月6日、スペイン、ジローナ、エル・ポルト・デ・ラ・セルバ
欧Alia Vox(輸入盤 AVSA9850)

 1492年(日本では室町幕府から戦国時代に変わる頃)にアメリカ(大陸ではなくキューバ諸島)に到達した、コロンブスをテーマにしたアルバムです。それもコロンブスが生まれる1451年より前からあった、イスラム勢力からイベリア半島を奪回する再征服運動(レコンキスタ)も音楽として概観しており、中世ヨーロッパ音楽のみならず、イスラム音楽も多く採り上げています。途中にはコロンブスが王に宛てた書簡や、航海誌などの朗読も入っています。ジャケットも一冊の本のようであり、関連する言語で翻訳も入っています。出来るだけ当時の音楽だけで歴史の重みを感じさせようとする強い意志が透徹したディスクです。それだけに気軽に聴き流して楽しむよりは、姿勢を正してじっくりと拝聴しなければいけないような思いにもなってしまいます。このようなずしりとしたディスクというのも、良いものだと思います。

 サヴァールは、このディスクの前にドン・キホーテに関するディスクを出しており、後には1549年に来日したザビエルの生涯を、日本の音楽も交えながらディスクにしています。しかし、ここでは日本で作られたディスクを紹介したいと思います。

CDジャケット

天正遣欧使節の音楽 

アントネッロ

録音:2007年3月27-28日 東京・関口台スタジオ
キングインターナショナル/Anthonello Mode(国内盤 AMOE10004)

 天正遣欧使節というものがあったということは、恥ずかしいことにこのディスクを目にするまで、すっかり私の日本史の記憶からは忘却されていました。1582年から1590年にかけての出来事であったそうです。おそらく歴史上、初めて日本人がヨーロッパに行った記録の一つだと思いますし、ディスクの解説書にもあるように、日本人が初めて本格的に西洋音楽を聴いたということでもあります。それを中世やルネサンスの音楽の研究で名高く、かつ私にはNHK-FMでのバロック音楽の番組の解説として知っている皆川達夫氏の協力も得て制作されているようです(皆川氏はしかも、一曲で歌ってもいます)。曲の構成や使用する楽器などは、時代考証を行いながらも、むしろ其処から着想したとか、想像を巡らしたという趣向の曲が多いようです。したがって、サヴァール盤に比べると自由度が高く、あくまでも日本人という視点で音楽が語られているように思います。スタジオ録音で綿密に行われており、質の良いドラマのサントラを聴いているようです。音楽で歴史を語ると言ってもいろいろなやり方があることを教えてくれる演奏です。

 さて、次はルネサンス音楽からバロック音楽への移行期のディスクを見てみます。

 

■ 16世紀から17世紀の英仏の音楽

CDジャケット

ロンサールの詩によるシャンソン集

ドミニク・ヴィス カウンターテナー、指揮 クレマン・ジャヌカン・アンサンブル

録音:1993年9月、フランス
独Harmonia Mundi(輸入盤 HMA 1951491)

 タイトルになっているピエール・ド・ロンサール(1524 - 1585)は、ルネサンス時代のフランス・ヴァロワ王朝に重用された詩人です。因みにロンサールの没年は、日本では豊臣秀吉が関白になった年でもあります。『ロンサール詩集』(井上究一郎訳、岩波文庫、1951/1989)によれば、フランス詩にルネサンスをもたらし、「フランス近代叙情詩の父」と讃えられているそうです。その作品に多くの作曲家が魅せられたといい、このディスクではフランソワ・ルニャール、ギヨーム・ボニ、ジャン・ド・カストロ、アルベール・ド・リップ、フィリップ・ド・モントの5人の作曲家による歌曲が収められています。このディスクでいう「シャンソン」とは、現代呼ばれている「シャンソン」とは意味が異なり、当時の世俗的な歌曲に対する呼び方だそうです。

 聴いてみると、先述の12世紀の音楽に比べて、響きはとても複雑になっています。ポリフォニーが用いられるようになっているため、曲ごとの変化はとても大きいものがあります。12世紀の音楽には、どことなく素朴な土臭さのようなものを感じましたが、このシャンソン集では洗練さを感じることができます。

 演奏しているクレマン・ジャヌカン・アンサンブルは何と公式サイトに日本語版が存在します。このようなシャンソンを中心に演奏活動をしているだけに、堂に入った演奏だと感じます。

CDジャケット ナイチンゲールのさえずり:プレイフォード氏のイングランドの舞踏教師

ラウテン・カンパニー

録音:2004年12月13-15日、ニュルンベルク
独Berlin Classics (輸入盤 0017842BC)

 ジョン・プレイフォードは楽譜出版社で、1651年に出版した舞曲集が「イングランドの舞踏教師」というタイトルでした。この1651年というのは、日本では徳川家光が死んだ年で、由井正雪によるクーデター計画「慶安の変」があった年です。冒頭の「ナイチンゲールのさえずり」は、実際のナイチンゲールの鳴き声も流しており、鳥のさえずりを模倣した掛け合いから始まります。以下、とても変化に富む曲が並んでいます。「ハング・ソロウ」はまるでゲンダイオンガクのような不協和音が響き渡る曲で、これが17世紀の音楽なのかと疑ってしまいます。

 演奏しているラウテン・カンパニーは、1984年に結成されたドイツの古楽器アンサンブルだそうです。全ての奏者が素晴らしい技量を持っており、難しい旋律も危なげなく弾きこなしているだけなく、「スコットランド風のグラウンド」、「ノーフォーク伯:グラウンドによるディヴィジョン」は、とても白熱した演奏です。「いちごとクリーム」、「グリーンスリーヴス」などのしみじみとした味わいも見事です。

 今までのディスクは、もちろん古い音楽を現代の演奏家たちが蘇らせているので、そこにはただの復元ではない、現代の息づかいが入っていることは当然です。そのことをお断りしながらも、古い音楽がこんなにも現代で艶やかに訴えかけてくるディスクを最後に紹介したいと思います。

 

■ 今に息づく古い音楽

CDジャケット

豊かな五月〜中世とルネッサンス期におけるイタリア宮廷の歌と踊り

アンサンブル・ミクロロゴス

録音:2005年9月24日(ライヴ)、ウィーン、リヒテンシュタイン博物館ヘルクレスザール
欧ORF (輸入盤 CD460)

 1400年代から1500年代前半までのジョスカン・デ・プレ、デュファイなどの音楽をライヴ録音したディスクです。演奏しているアンサンブル・ミクロロゴスはイタリアの古楽団体なのだそうで、多くの録音も出しているとのことですが、私は初めて聴きました。古い音楽のライヴというと、何だか静的な想像をしてしまいますが、ここでの演奏は実に生命観溢れるものです。驚くほど演奏にはまったく破綻がないのですが、観客ノイズなどから想像すると、録り直しなどはしていないようです。何より打楽器の響きとリズムの乗りが良いです。

 興味深いのは、ディスク自体が一つのドキュメンタリー番組のようになっていることで、最初は澄ましたような拍手しかしていなかった観客が、次第に興奮してきて歓声も入り、文字通りライヴハウスにいるかのような熱気に満ちてきます。演奏もそれに呼応するかのように熱を帯びてくるのが分かります。演奏者、観客が一体となって盛り上がってくる様子は臨場感などという形容が陳腐なほど、聴いているこちらもワクワクしてしまいます。演奏会場のリヒテンシュタイン博物館は公式サイトが存在しましたが、ヘルクレスザールの写真が見つかりませんでした。打楽器の音が鋭く、高く舞い上がるように響き渡るのを聴いていると、さぞ天井が高いホールなのだろうなと思います。私の貧弱なオーディオ・システムでも十分楽しめる臨場感溢れる録音です。

CDジャケット エルフィン・ナイト:英国ルネサンスのバラッドと舞曲

ヨエル・フレデリクセン バス、リュート

アンサンブル・フェニックス・ミュンヘン

  • ティモシー・リー・エヴァンス テノール、打楽器
  • ドーメン・マリンシック ヴィオラ・ダ・ガンバ
  • スヴェン・シュヴァンベルガー カウンター・テノール、フルート、フルート・アベック、テオルボ、リュート
  • サーシャ・ゴトヴチコフ 打楽器
  • ヘルムート・ヴァイグル コラション、テオルボ

録音:2006年11月、バイエルン州シュタルンベルク、ヨーゼフ教会
欧Harmonia Mundi(輸入盤 HMC901983)

 1500年代後半、ルネサンス期の英国での歌(バラッド)と舞曲を演奏したディスクです。「エルフィン・ナイト(妖精の騎士)」とは、その歌に付けられたタイトルの一つだそうです。調べたところでは、フランシス・ジェームズ・チャイルドが古くからスコットランドやイングランドで歌い継がれてきたバラッドを収集した書籍『The English and Scottish Popular Ballads』を1882 年から1898年の間に発表し、その中で「妖精の騎士」というバラッドについて13種類のバージョン(と、8種類のマイナー・バージョン)を収録していることが由来だそうです。その一つがサイモンとガーファンクルで有名になった「スカボロ・フェア」で、本ディスクでも最後により古いバージョンでの歌が収録されています。

 と、書いてくると何やら学究的な演奏を想像してしまうのですが、実際に聴いてみるとまったく違います。リーダーであり「メインボーカル」であるフレデリクセンの歌は、最初の「Whittingham Faire」から実に渋いのです。おまけにフレデリクセンはリュートを演奏しながら歌ったりもしますので、古い音楽というより上質なフォークソングを聴いているような印象を持ちます。全員で6人からなるアンサンブルの演奏は唖然とするくらい上手く、かつ味わいが深いです。中にはテノールやカウンター・テノールがおり、「Lord Darly」ではフレデリクセンを加えた3人の掛け合いにはただ聴き惚れるばかりで、終わった後本当に「ブラボー」と呟いて拍手をしてしまいました。男声の演奏でこんなに圧倒的な演奏は初めて聴きました。

 「グリーンスリーヴス」や先述の「スカボロ・フェア」などは古いバージョンを演奏しているので、一般に流布しているものとは印象は違いますが、それぞれはやはり、古い音楽の再生にとどまらず、今、音楽として生まれているという生命力が横溢しています。

 なお、このディスクだけジャケットに演奏者の写真が用いられています。個人的にはこの手のデザインは余り評価していないのですが、フレデリクセンが風格に満ちて映っており、これに鎧を着させたら中世の騎士そのものだと感じてしまうのは(きっと作り手の思うつぼなのでしょうけど)この演奏の力がそれだけ大きいのだと感じました。

 

(2008年5月6日、An die MusikクラシックCD試聴記)