「わが生活と音楽より」
ケンペの<グレイト>を聴く

文:ゆきのじょうさん

ホームページ WHAT'S NEW? 「わが生活と音楽より」インデックスに戻る


 
CDジャケット

シューベルト
交響曲第9番ハ長調D944「ザ・グレイト」
R.シュトラウス
メタモルフォーゼン
ケンペ指揮ミュンヘンフィル
録音:1968年5月22-27日、ミュンヘン
SONY CLASSICAL(国内盤 SICC 57)

 私がケンペの音楽に接するようになったのは、氏の没後すぐのこと、1976年のことでした。まだケンペのディスクを集めだした頃です。当時はLP全盛であり貧乏学生であった私は、好き放題買える訳もありません。ミュンヘン・フィルとのベートーヴェン全集などはカタログを眺めては溜息をついているだけでした。そこで貴重な音源となったのはFM放送でした。FM雑誌の番組表とにらめっこしてはお目当てを探しだし、エアチェックしては聴いていました。

 当時NHKFM東京首都圏の土曜日3時から6時は、クラシックリクエストアワーという番組でした。視聴者から寄せられたリクエストに応えて、希望の曲、演奏を流すという趣向でした。私も何度か応募してみましたが一度も採用はされませんでした。

 結構人気があった番組だったように記憶しています。当時のMCはNHKの川上アナウンサーという人だったと思います。川上アナはテレビでは7時のニュースを担当しており、とても威厳のある風貌で的確なアナウンスをしていました。しかしリクエストアワーではちょっとくだけた語り口で、結構自分の好みを混ぜ入れた放送をしておりました。クラシックはとてもお好きそうな気持ちがよく伝わってきました。

 さて、土曜日のある日。やはりステレオの前に陣取って、私はTDKのC−120カセットテープを入れてエアチェックのスタンバイをしておりました。その日はケンペ/ミュンヘン・フィルのシューベルト/交響曲第9番”グレート”が放送されるからです。勿論、ケンペの、この演奏を初めて聴くという興奮もありましたし、一体誰がケンペをリクエストしたのだろうと言う興味もありました。「次は神奈川県横浜市の○○さんのリクエストでシューベルト作曲の交響曲第9番ハ長調”グレート”です」と川上アナの語りが始まりました。ほぉ同じ横浜の人のリクエストか、、と思って聞いていると「○○さんはフルトヴェングラーの指揮でのリクエストでした。フルトヴェングラーの演奏もとても良いですね。しかし今日はルドルフ・ケンペの指揮でお聴かせしたいと思います。これもとても良い演奏です。」

 そう、ケンペをリクエストしたのは川上アナ自身でした。巨人フルトヴェングラー指揮の演奏ではなく、あえて川上アナはケンペ指揮のディスクを選んだのです。

 それから流れてきた演奏を聴いていた時間は、私にとって最良の時の一つでした。エアチェックしたカセットテープは大切に聴いていましたが、何せC−120でしたのですぐダメになってしまいました。その前になけなしのお金をはたいて、CBSソニー国内盤のレコードを買ったのは言うまでもありません。

 閑話休題・・・・

 An die Musik掲示板のあちこちに書き散らしていますので、繰り返しになってしまいますが、この演奏はケンペ・ファンの中では、ブルックナー/第8(チューリヒ)と並んでCD化が最も望まれていました。それがついに世に出ました。しかも独CBSに録音された音源を全てまとめての発売です。慶賀に絶えません。

 第1楽章はホルンの印象的な響きで始まります。ある音楽評論家(かのU氏ではない)が「冒頭のホルンがノンレガートであることをこれほど的確に表した演奏を他に知らない」と言わしめた、引き締まった、それでいて深い響きのホルンです。それを暖かく、やはり深々とした弦が呼応します。木管はやや鄙びた音色ですがよく溶け込んでいます。やがて音楽は高揚して、沸き立つようなリズムが前面に出ます。刻みは鮮やかですが、決して鋭利でとけとげしい手触りではありません。本当のアンサンブルとはこのようなことを言うのだと思います。インテンポのようですが曲想に合わせて適度な揺らぎが与えられ、音楽は益々推進力を得て流れていきます。後半の高揚感も素晴らしく、最後もテンポを敢えて遅くすることなく、あたかもマントを翻すように晴れやかに締めくくります。

 第2楽章においては、ケンペの音楽は最大限に輝いています。オーボエがむつぎ出す侘びしい空気が、やがて弦楽器による爽やかな秋風に変わるところは、何時聴いても胸が締め付けられます。この辺りは後年のブルックナー/第5の第2楽章に通じる魅力があると思います。秋の落日の中の、ほんの少しの暖かさがにじみ出るような、そんな演奏です。この楽章だけでもケンペ盤は既存のどのディスクよりも美しいと断言します。

 第3楽章ではちょっとしたメロディの末尾に、洒落っけたっぷりの遊び心がついており、思わず笑みが出てしまいます。トリオの浪々とした深い響きも私達を優しく包んでくれます。

 最終楽章でも本当のアンサンブルとは何かをいうことを、ケンペは確信をもって提示します。三連符の応酬となる弦楽器群の刻みは、決して全部が揃っているとは言えません。現代の第一級オーケストラならどんなに速く演奏しても、この三連符の縦の線は正確に合わせられるでしょう。ケンペは、しかし敢えてそこを揃えることには拘泥していないようです。一つのメロディが浮かび、そして沈んでいく、その最初と最後がきちんと音楽的に合っていれば良い。そういう指揮ぶりです。だから余計な緊張感がありません。三連符は一つ一つの音符ではなく、全体の響きをもって私達に迫ります。私達はその中の音楽だけを味わえばよいのです。終結は余計な感傷や見得もなく、これまた晴れがましく終わります。後には充実した余韻だけが残ります。

 録音ですが、CD盤は敢えて高音をぎらつかせることを抑えた処理がなされているようです。今までのケンペのディスクは、CD化されるとどうしても高音域が延びすぎて深みが不足しがち(CD一般がそうなのでしょうが)でした。その点今回のCD化はとても満足出来ます。いわゆるデジタルリマスターリングとかいう人為操作が余り入っていない様子です。私が最初に買い求めた国内盤も今回のCDと同じような響きに思いました。従って、私にとっては最初にこの演奏と出会った時のイメージが歪まずにいられるので好ましく感じます。一方で、独CBS原盤は強弱の幅が国内盤やCDほどは、とれていません。むしろドイツの深い森にいるような深淵さを感じます。BASF原盤のブルックナーをテイチクで出た国内盤と比べた時にも同様の思いがしました。心を一つにするとその奥に輝くものを聴き取れる、、、そういう響きです。決して聴き手にはやさしくないレコードだと思います。

 ところで、このディスクには、大変素晴らしい演奏がもう一つ収録されています。R.シュトラウス/メタモルフォーゼンです。出来ましたら、本当に出来ましたら、この演奏は「グレイト」とは時間を空けて聴いていただきたい、これだけを一つのCDとして聴いて欲しい、と願います。同曲をケンペは、ドレスデン・シュターツカペレと後年録音しています。両者はまるで別物だと思います。どちらかに優劣を付けるという次元ではありません。まったく別の作品にさえ聴こえます。作品自体は第二次世界大戦で焦土と化したドイツの音楽の殿堂への痛惜の想いを込めたものと説明されています。それを知らずともこの曲に織り込まれた悲しみと苦しみは伝わると思います。しかし対峙する姿勢が、ミュンヘン盤とカペレ盤では異なります。ミュンヘン盤では慟哭に満ちています。「人々」の嘆きが聞こえるようです。安らぎも醸し出されますがすぐかき消されてしまいます。深い深い悲しみが溢れるように聴き手に迫るのです。これには鷲掴みにされて逃れられないとさえ思います。

 一方でカペレ盤は、「人々」ではなく「人」を感じます。それもこんな感じです。中世の戦で城が落ちて焼け、全てが灰燼に帰していくのを周囲の人々がうずくまり嘆いている中で、頬に涙が流れていても一人凛として毅然と佇みながら失われていくものの最後を見届けようとする妃のような、そんな「人」です。カペレ盤ではそんな印象を持ちます。繰り返しますが、どちらがいいということではありません。どちらもが胸打たれます。

 同じ悲しみや嘆きが込められながらも、表現が違う。ケンペは恐るべき芸術家であったと思います。

 長々と失礼しました。

 

2002年4月28日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記