理想的なドボッ8
ブロムシュテットのドヴォルザーク交響曲第8番
ドヴォルザーク
交響曲第8番ト長調作品88
録音:1974年5月、ルカ教会
シューベルト
交響曲第6番ハ長調D.589
録音:1979年9月、ルカ教会
ブロムシュテット指揮シュターツカペレ・ドレスデン
BERLIN Classics(輸入盤 00902242BC)まずは古い話をひとつ。
私は「シュターツカペレ・ドレスデンのページ」を開始するに当たって、第1回目にどのCDを取りあげようかと迷っていた。有力候補はシューベルトの交響曲第9番「グレイト」とドヴォルザークの交響曲第8番、通称ドボッ8であった。いずれもブロムシュテットの指揮による演奏だった。私はブロムシュテット時代のカペレは極上のサウンドだったと思っているが、中でも「グレイト」や「ドボッ8」は、カペレの古き良き時代を今に伝える最良の録音だと信じている。最終的に「グレイト」を選んだのは、冒頭のホルンの魅力に勝てなかったからだ。あの曲ならば、次回のペーター・ダム先生紹介をしやすくなるのでは、という計算もあった。読者にとっては、そのような順番など何の意味も持たないだろうが...。要は、ブロムシュテットのドボッ8は、私が特に高く評価するCDだということを言いたいのである。録音された74年には、ブロムシュテットはまだ首席指揮者になっていない。首席指揮者自体がマルティン・トゥルノフスキー以来空席になっていた。が、次代を担う若い指揮者として期待を集めていただろうとは十分想像できる。これだけ生気に満ちた演奏をしているのも、両者の関係が最初から極めて良かったことを如実に示していると思う。
注:トゥルノフスキーは1967年、ザンデルリンクの後任として順風満帆のスタートを切ったにもかかわらず、翌68年には解任されている。歴代首席指揮者の一覧から抹殺されている場合もある。理由は彼がチェコ人であったことだ。68年には世界を揺るがす大事件「プラハの春」が勃発していた。政治的理由による解任なのだ。ただし、カペレとしてはトゥルノフスキーを歓迎していたから、解任したのはカペレではなく、旧東ドイツ政府であろう。いかにも旧東欧圏らしい話である。ブロムシュテットは69年にはカペレの指揮台に招かれているので、ひょっとすると、空白期間を事実上支えたのはブロムシュテットかもしれない。
さて、これは若き日のブロムシュテットが残した傑作録音だ。このドヴォルザークに関して、私は不満が一切ない。ブロムシュテットはカペレの持つ潜在力を完全に引き出している。きびきびと弾むようなリズム感、色気まで漂う弦楽器がつむぎだすサウンドの麗しさ、木管セクションの艶、光、金管楽器のまろやかながら豪快な音色(涙が出るほどすばらしいホルン軍団!)。そしてティンパニの一撃!(ゾンダーマンか?) 精緻なアンサンブル。どの部分を取っても一級品。ブロムシュテットは、「英雄の生涯」で渋さを極めた演奏をし、ブルックナーの交響曲第7番では輝くばかりのネアカな演奏をしたが、ドボッ8では豪放な演奏をしている。それも力で押しまくるというのではなく、カペレの自主性を重んじながら音楽を前へ前へ進めて行っている。ブロムシュテットが若かったこともあろうが、生気溌剌、豪快で何とも微笑ましい録音である。一人の指揮者がこれほど違った演奏スタイルを持つことが明らかになる点でも非常に興味深い。ブロムシュテットは、見た目はただ真面目そうなおじさんなのだが、とても奥の深い指揮者だと私は思う。このCDは、とてもマイナーだから、聴いたことがない人ばかりだと思うが、もしCDショップで見かけたら迷わずに買うべきだ。第一楽章を聴くだけであなたは熱烈なカペレファンになるだろう。音質も最高。アナログの味が良く出ている。CD化に当たって自然な音になるように努力したリマスタリングだと思う。
しかし、世の名盤案内にこのCDが掲載されたケースはないような気がする。徳間から国内盤が出ていたから、日本で入手できなかったわけではない。にもかかわらず、ほとんど無視に近い扱いである。そんなことだから、私は名盤ガイドなるものを信用できないのだ。名盤ガイドのランキング上位にはその時々の売れっ子演奏家によるCDが登場するが、どう見てもメジャー指向だから胡散臭い。本当に優れたCDが日の目を見ないのは全く解せない。嘘だと思ったら、ぜひこのCDを買って聴いてみると良い。あなたの愛聴盤になること間違いないと思う。
2000年6月29日、An die MusikクラシックCD試聴記