シュターツカペレ・ドレスデンによるR.シュトラウス 「メタモルフォーゼン」の録音
文:ゆきのじょうさん
伊東さんがルイジ/カペレの新盤についてのレビューを出した際の「What's New?」において「『メタモルフォーゼン』についてはどうした?と聞かれそうですが、この曲については語る言葉をあまり持ち合わせていないので何卒ご容赦下さいね。」と書かれていました。そんなご謙遜を、と読んでいて感じましたが、一方で、「それなら聴いてみたいものだ」とも思いました。
そこで以前から所有していた(と思っていたディスクもあったのですが)カペレによるメタモルフォーゼンの録音を引っ張り出してみたところ、手元で揃えたのは全部で5枚あり、演奏時間を比較すると以下の通りでした。
指揮者
作曲された1945年当時の年齢 録音当時の年齢 演奏時間スウィトナー
23歳
42歳
24:27
ケンペ
35歳
61歳
25:08
ブロムシュテット
22歳
66歳
28:47
シノポリ
-1歳
48歳
28:40
ルイジ
-14歳
48歳
26:44
そこで、各々の演奏について、私なりの感じたことを書き連ねてみたいと思います。ただし、始めにお断りしておきますが、私はルドルフ・ケンペを敬愛しておりますので、どうしてもひいき目に見ているところは否定できません。その点はご理解とご容赦をいただきたいと思います。
オトマール・スウィトナー指揮シュターツカペレ・ドレスデン
録音:1964年6月
BERLIN Classics(輸入盤 0030232BC)この演奏の表現を語るにつきましては、伊東さんが「フランクの交響曲ニ短調を聴く」の中で、「時に冷たく青い光を放ち、時に赤く燃えさかり、時に白熱する。」という評で十分であり、これに付け加えることは殆どないと思います。たぶん妥協のない綿密なリハーサルを行い、指揮者の解釈を徹底させて録音しているのでしょう。緻密なアンサンブルで、しかも早めのテンポ指定ですから、奏者が必死にタクトに付いて行っているのが分かります。まるで一発録音のような熱演です。
ルドルフ・ケンペ指揮シュターツカペレ・ドレスデン
録音:1970年6月13.-24日、1971年9月5-15日、ルカ教会、ドレスデン
英EMI(輸入盤 0777 7 64350 2 2)この演奏については拙稿「ケンペの<グレイト>を聴く」でも触れさせていただきました。スウィトナーと似ていて早めのテンポですが、これほど凛として気品があり、それでいて聴き手の心を抉る美しい演奏を、私は知りません。
テンポはフレーズ毎に微妙に変化し、音色も時に優しく、時に厳しく鳴ります。そして何よりもこの演奏の素晴らしいと感じるところは、演奏は推進力を保ちながらも、奏者一人一人の呼吸が無理なくぴたりと合っているところです。これはカペレのプレーヤー達も弾いていてもさぞかし満足だろうな、と思います。だから聴いていて音のレベルで聴き手に不自然さを要求せず、すんなりと音楽に集中できます。その音楽にケンペは悲しみや、苦しみ、嘆きを込めていきます。最高潮に達してから、静寂になるところで低弦が虚ろな音響をつくるところも鳥肌が立ちますし、その後の全休符の長さも実に絶妙です。今回じっくり聴き返してみても、どのパートも、どの音にも、すみずみに心を配った、その至芸にはただ酔いしれるばかりでした。
ヘルベルト・ブロムシュテット指揮シュターツカペレ・ドレスデン
録音:1989年2月5-9日、ルカ教会、ドレスデン
DENON(国内盤 COCO-70715)5種の中で、一番遅いテンポでの演奏です。じっくりと演奏しているのですが、どちらかというと独奏部分を浮き出させているようです。もちろん「23の独奏弦楽器のための」曲ですから、それぞれの奏者が対等なわけですけど、その中でもソロのように歌う部分を引き出しているようです。スウィトナーやケンペのようにアンサンブルを重視して堅牢な響きをつくるのではなく、各々の奏者の主張を尊重した演奏という印象です。そのため各パートが他の盤に比べて明瞭に聴き取れて面白いのですが、縦の線は少々崩れがちで、長い音の最初と最後の処理がちょっと甘いと思います。最後になると更にテンポが遅めになってきますが、これが冗長まであと一歩の、ぎりぎりな感じです。運弓の速度も遅くなっているので響きを保つのが精一杯になっています。
同じカペレの演奏なのに、どうしてこうも違った印象になったのでしょうか?前回のケンペ盤との19年の時の流れなのでしょうか?この疑問への答えは稲庭さんのカペレ演奏会のレビューにヒントがありました。稲庭さんはカペレの演奏ぶりを見て「ヴァイオリンの弓の動きはそろっていないこともままある」「縦の線も厳密に言えば、あっていないことがままある」と指摘されておられます。繰り返しになってしまいますが、メタモルフォーゼンは「23人の独奏弦楽器奏者」なのですから、必ずしもぴったり合うということは必要ありません。しかし、スウィトナーやケンペは、合わせたい(と指揮者が思っている)ところは合わせるように指示しているようです。一方ブロムシュテットはその点はもっと寛容にしているのかもしれません。ブロムシュテット/カペレ盤には多くの名演奏がありますし、私が愛聴しているディスクも多いのですが、メタモルフォーゼンに関しては、個人的には繰り返して聴くことが一番少ない演奏です。
ジュゼッペ・シノーポリ指揮シュターツカペレ・ドレスデン
録音:1994年12月14-21日、ルカ教会、ドレスデン
DG(国内盤 POCG-1952/3)ブロムシュテット盤と同じくらい遅い演奏です。ただ奏者の自主性よりは、シノポリの意志が徹底された緊張感が高い演奏として始まります。したがってアンサンブルは整えられており、曲想によってテンポを動かしているのでどのような曲か分かりやすいと感じます。もしかすると今回聴き比べた5種の演奏の中で一番取っつきやすいかもしれないな、と聴き進んでいくと「あれ?」と、戸惑いを感じるようになりました。スコアがないので何小節という表現ができませんが演奏時間で言えばほぼ中間くらいになって、緊張感がとれて興に乗っているようなドライブ感が出てきます。反面、音の処理が甘いパートも出てきて、大変些細なのですが小さなミスもあります。録音データでは8日間のセッションになっていますが、メインのブルックナー/交響曲第8番と、各々何日ずつ振り分けて録音していたのかは不明です。個人的には一発録りに近いのではないかと思っています。聴き終えてみますと重厚さや複雑さよりは、分かり易さと透明感のようなものが、より強く出ていると感じました。
なお、ジャケットは戦災で破壊されたゼンパーと、復興したゼンパーの写真が並べられています。これだけ見ればメタモルフォーゼンがメインのように思いますが、実際はブルックナーがメインにクレジットされております。このあたりも演奏と同じく戸惑いを感じてしまいます。
ファビオ・ルイジ指揮シュターツカペレ・ドレスデン
録音:2007年1月、ルカ教会、ドレスデン
SONY(輸入盤 88697084712)さて、いよいよルイジ盤です。届いたCDをデッキに入れて、わくわくしながらトラックを指定して再生を開始すると、演奏が始まりません。約10秒無音が続き、それから演奏が始まります。その前の「英雄の生涯」との間をたっぷり空けたかったからでしょうが、せっかちにも開封してすぐメタモルフォーゼンから聴き始めた私にとっては、これはこれで「おおっ」と唸ってしまいました。柔らかい響きで、しっとりと歌い込んだ演奏です。切れ込みの鋭さよりも横の流れを重視して、そこに深みを持たせることを求めた演奏だと感じました。しかし、ブロムシュテットのように奏者の自主性に任せることはなく、ルイジは自分の解釈としてこの遅めのテンポ設定をしているようです。後半に盛り上がるところではアッチェランドをぐいぐいかけてきますし、最後の方のソロパートの絡み合いではポルタメントを加えて聴かせるところは聴かせてくれています。まるでオペラの重唱のようにたっぷりと音楽を聴かせてくれるルイジの解釈を聴いていると、この人はやはりただものではないと思います。ただし、残念ですが、録音が他の演奏に比べると「薄い」印象があります。特に低弦の響きにもう少し深さが得られていたら良かったと思います。
今回、5種類を聴き比べてみて感じるのは、やはり時代を経るにしたがってメタモルフォーゼンに対する捉え方が変わってきているということでした。拙稿「二つのメタモルフォーゼンを聴く」で取り上げた2枚のディスクでも滅びや惜別などを感じさせることは少なく、違う方向を目指していると思いました。戦争を原体験として持たざるを得なかったスウィトナーやケンペの演奏が、早めのテンポで己をむき出しにしたような演奏と感じて、シノポリやルイジが、純粋音楽としてゆったりと美しく描こうとしていると感じてしまうのは単なる偶然で、聴き手である私がメタモルフォーゼンから感じる記号に囚われているから、かもしれません。そしてその端境に位置づけられるブロムシュテットの演奏について、私自身が答えを出せないでいるのも、そこに原因がありそうです。これからもこの曲については折に触れて考えを巡らせていきたいと思います。
最後に、このような機会を与えていただいただけでなく、データをご提供いただいた伊東さんに、この場を借りて深謝いたします。
(2007年7月23日、An die MusikクラシックCD試聴記)