ベルグルンドの意外な録音
スメタナ
連作交響詩「わが祖国」
ベルグルンド指揮シュターツカペレ・ドレスデン
録音:1978年3月、ルカ教会
EMI(国内盤 TOCE-4094)店頭でこのCDを手にしたとして、一体何人がレジに持っていくだろうか? EMIには気の毒だが、あまりこのCDを買いたいという人はいないのではないだろうか。無理もない。ベルグルンドという指揮者はスターではないし、しかもシベリウス演奏のイメージが焼きついている。そんな指揮者があろうことか、ドイツの地方都市のオケを振って、なぜかチェコの音楽を録音しているのだ。発売しているのはイギリスのメジャーレーベルだが、1,200円の廉価盤で、いかにも安っぽい作りだ。私のようにシュターツカペレ・ドレスデンが好きで好きでたまらないという人でもなければ、買いたいとは思わないだろう。
しかし、この文章を読んだら、騙されたと思ってCDショップでこのCDを探してほしい。国内盤ではあるが、今のうちに入手しておいた方がよい。売れ行きが悪ければ国内盤といえども最近はどんどん廃盤になるからだ。
これは本当にお買い得CDだ。演奏も録音もよく、値段もわずか1,200円。ベルグルンドには失礼だが、私はこのCDを聴く前は、演奏に全く期待していなかった。ベルグルンドがシベリウス演奏で見せたクールなスタイルで「わが祖国」を演奏しているのではないかと思ったからだ。クールな演奏による「わが祖国」もあっておかしくはないのだが、私は浪花節野郎なので、少なくともこの曲に関してだけは、ごめん被りたい。臆面もなく申しあげるが、私はターリッヒの「わが祖国」のように泣きが入るような演奏が大好きなのだ。このCDにおけるベルグルンドはターリッヒほどではないにしろ、かなり情熱的な演奏をしている。第1曲「高い城」冒頭から、「これはもしや...」と思わせるに十分。第5曲「ターボル」、第6曲「ブラニーク」では渾身の力を込めた迫力満点の演奏を聴かせる。
まさかシベリウスで形而上学的とよべるほどの演奏をし、我々にシベリウスの深遠な音楽を聴かせるベルグルンドが、このような熱いスタイルによるスメタナを演奏するとは私は夢にも思わなかった。期待との落差が激しいだけに驚きは大きい。しかも、ベルグルンドは単に情緒的に熱く盛り上がる怒濤の演奏をしているだけではない。熱情的な演奏でありながらも、粗さが見られないのだ。アンサンブルは大変高度で、緻密そのもの。管楽器はもとより、弦楽器の扱いはカペレの他の録音に見られない緻密さだ。それは、アインザッツを揃えるなどという生易しいものでなく、各パートが鬼のように揃っている。特に低声部の響きは圧倒的な迫力をもって迫ってくる。上級のオーディオ装置で聴けば、さぞかし生き物のように唸る低弦に驚嘆するだろう。このように緻密な演奏をするところを見ると、リハーサルはかなり時間をかけて丁寧かつ徹底的に行われたに違いない。シベリウスにおいては情緒的な演奏を行わなかったベルグルンドは、「わが祖国」の愛国的熱情をを削ぎ落とすことなく、緻密さを追求するという離れ業をやってのけたことになる。すばらしい。優れた指揮者であれば、どのような曲であれ、立派な演奏をするのだろう。先入観だけで低い評価をしていた私は大変反省している。
ところで、この録音が行われた1978年は、カペレは首席指揮者ブロムシュテットのもとで黄金時代を築いていた。この年だけでもカペレは盛んな録音活動を行っている。ヨッフムとのブルックナー(交響曲9,6,1番)、ブロムシュテットとのベートーヴェン(交響曲8,4番)及びシューベルト(交響曲3,8番)など。このような時期に、どういう経緯でベルグルンドがカペレとつながりをもったのか不明だが、このような録音が偶然にしても残されたことは嬉しい。また、ベルグルンドは「わが祖国」と同時にドヴォルザークの「スラブ狂詩曲第3番」と「スケルツォ・カプリチオーソ」もカペレと録音している。これもCD化されているはずだが、私はまだ聴いていない。何とか入手して聴いてみたいものだ(追記:その後入手) 。
松本さんのレビューはこちらです。
(2000年2月15日、An die MusikクラシックCD試聴記)