クレンペラーのメンデルスゾーン
メンデルスゾーン
交響曲第3番イ短調 作品56「スコットランド」
録音:1960年1月
交響曲第4番イ長調 作品90「イタリア」
録音:1960年2月
クレンペラー指揮フィルハーモニア管
EMI(国内盤 TOCE-3035)クレンペラーはメンデルスゾーンの優れた演奏を残した。曲のロマン性や喜悦などとは無縁な人だと伝えられた割にはロマン派の音楽にいい演奏が多いというのは、そもそも変な話だが、ロマン性も喜悦性も十分持ち合わせていた人だったと私は思う。クレンペラーがロマン派の音楽で良い演奏を成し遂げられたのは、旋律線を重視し、重量感のある演奏を聴かせたからだろうが、メンデルスゾーンのこの両曲もそうした演奏である。メンデルスゾーンの名曲を表面だけきれいに取り繕うことはしないで、内面まで踏み込んだ実に堂々とした演奏にしている。重量感があるのにリズムが鈍重でない。雄大だし、情熱的でもある。真のクレンペラーを知るために格好の一枚といえる。
「スコットランド」:ほの暗い幻想的な世界をロマンチックに表現し尽くした希有の名演。クレンペラーの最高傑作という人もいるだろう。クレンペラーはあたかもこの曲を自分で作曲したかのように指揮している。ゆったりとしたテンポで始まる最初の数小節を聴いただけでただならぬ広大無辺な幻想の世界へと誘われる。聴き手はたちまちこの曲の深みに連れ去られてしまうであろう。
この演奏が秀でているのは、細部と全体の高度な両立が見られるからである。クレンペラーはゆったりとしたテンポの中で細部をしっかり表現している。どのフレーズも明瞭に聴き取れる。オケも絶好調だったらしく、どの楽器も最高の出来で演奏しているから、聴き手は細部の細部まで楽しめる。そこからが大事だ。クレンペラーは細部を彫琢したうえでも、全体としての構築観が細部に振り回されることなく堅固に存在するのだ。遅めのテンポがあってこそ細部の彫琢が可能なのだろうが、この曲の交響曲としての風格はクレンペラーのそうした造型感覚の賜だと思う。
なお、この演奏でなお満足できない人には超絶的なライブ録音があるのでお試しあれ(下記CDご参照)。
「イタリア」:イタリアの陽光輝くめくるめく世界。さすがのクレンペラーも遅いテンポはとりにくかったようだ。しかし、どんなフレーズも明瞭に表現しているところは上記「スコットランド」同様で、速めのテンポでも同じアプローチで勝負したことがはっきりと分かる。おそらく丹念なリハーサルがあったに違いない。
第1楽章:クレンペラーは冷徹といわれるが、この演奏を聴く限り必ずしもそうとは言い切れない。少なくとも演奏は熱狂的である。醒めたままこんな熱い演奏をしていたのだろうか。フィルハーモニア管の大熱演である。
第2楽章:「イタリア」という割にはなかなか暗い楽章。クレンペラーは殊更過剰な表情をつけてはいないが、しっとりとした味わいのある演奏になっている。またスコアがよく見えるような演奏でもある。
第3楽章:美しい旋律が目白押しの楽章。フィルハーモニア管の魅力が全開だ。ホルンの渋い音色、フルートの軽やかで清流が流れるような音色、弦楽器のある時は衣ずれのような、ある時は重厚かつ迫力のある音色を聴ける。
第4楽章:暗く情熱的なサルタレロ。最もメンデルスゾーンらしい楽章だ。クレンペラーの指揮でオケは激しく鳴り響く。が、激しいリズムを刻みつつもオケは全く乱れを見せない。クレンペラーは不必要にテンポを動かさないし、オケを駆り立てるような演奏は決してしないのだが、それでいてものすごい迫力だ。音楽は異常な白熱ぶりを見せる。聴き手には深い感動と興奮が残るだろう。
なお、「イタリア」には1951年のウィーン響とのスタジオ録音もある。
メンデルスゾーン
交響曲第3番イ短調 作品56「スコットランド」
録音:1969年5月23日、ミュンヘン、ヘルクレスザール
シューベルト
交響曲第8番ロ短調 作品759「未完成」
クレンペラー指揮バイエルン放送響
録音:1966年4月1日、ミュンヘン、ヘルクレスザール
EMI(輸入盤 7243 5 66868 2 3)「スコットランド」:上記スタジオ録音はクレンペラーのスタジオ録音の中でも傑出したもので、古くから名盤の誉れが高かった。既に述べたとおりクレンペラーの美質が遺憾なく発揮された名演奏で、何度でも繰り返し聴きたくなる。しかし、このバイエルン放送響とのライブ録音はそのスタジオ録音を遥かに上回る超絶的な出来だ。スタジオ録音から丸9年経過し、クレンペラーはいよいよ最後の芸術的境地を迎えた。演奏はスタジオ録音よりさらに暗く、悲痛な雰囲気に満ちている。また、作曲者メンデルスゾーンが思い描いた以上にスケールが大きく、並はずれた存在感がある。曲の解釈はおおよそ変わってはいないが、ライブであることから来る高揚感が尋常ではない。
ただし、「解釈」が全く同じわけではない。何と、この演奏では第4楽章のコーダ95小節がカットされ、クレンペラー自身が第4楽章第2主題を使って作曲したコーダと差し替えられているのだ。クレンペラーは、メンデルスゾーン自身がこのコーダに満足していなかったことを述べ、自分の改編を正当化しているが、これは賛否両論あろう。クレンペラーは非難されることを承知でこうした暴挙を行ったわけだから、相当の自信があったに違いない。
もちろん、このクレンペラー盤コーダがこのCDの最大の聴き所になっているのは疑いようがない。ご存じのとおり、この交響曲は暗く幻想的な気分が漂うのに、原典版では最後の部分だけお気楽かつ脳天気な終わり方をしている。まるでとってつけたような終わり方だ。そのため私はいつも違和感を感じ、真剣には聴けなかったのだが、クレンペラーのコーダは暗く沈み込むような雰囲気で全曲の統一感を高めており、かえってドラマチックになっている。デモーニッシュでもある。これを聴いた聴衆はおそらく声も出ないほど深い感動に包まれたのではないだろうか。私もこれならこの曲をもっともっと聴きたいと思う。原典版を信奉するファンからの非難はあるかもしれないが、こんな面白い演奏は他にない。
「未完成」:フィルハーモニア管とのスタジオ録音同様、第1楽章には感傷のかけらも感じられない。やや速めのテンポで淡々と演奏されている。おそらく、クレンペラーは所謂ロマンティックなシューベルト解釈に真っ向から反旗を翻したかったのかもしれない。過度の表情付けはクレンペラーの最も嫌うところであった。
では、クレンペラーのそうした演奏はコンサートの会場ではどのように受け取られていただろうか? 私が想像するに、まさにシンフォニックな響きで満たされた堅牢な音楽が会場を覆い、聴衆はその響きに意外と圧倒されていたのではなかろうか。少なくとも第1楽章は交響曲としての側面がクローズアップされており、感傷はないにせよ重厚かつ壮大な演奏である。ドラマティックとさえ言えるかもしれない。ただ、好みの問題はあるから、ワルターのような演奏を望む向きには拒絶されるだろう。
なお、第2楽章はさすがに彼岸の世界を描いている。クレンペラーもこの第2楽章を堅牢な交響曲としては扱っていないようだ。ただ、フィルハーモニア管とのスタジオ録音の方が、オケの音色がよく、よりシューベルトの安らかな世界に浸ることができる。私はバイエルン放送響の方がフィルハーモニア管よりアンサンブルは上ではないかとかねがね考えているが、この録音ではそうではないようだ。スタジオ録音とライブ録音を比べても意味はないとは思うが。
最後に。この「未完成」は、ブルックナーの4番「ロマンチック」と一緒に演奏されたそうだ。そちらもCD化されているから、並べて聴いてみるのも一興である。
メンデルスゾーン
序曲「フィンガルの洞窟」作品26
録音:1960年1月
劇付随音楽「真夏の夜の夢」
ソプラノ:ヘザー・ハーパー
メゾ・ソプラノ:ジャネット・ベイカー
フィルハーモニア合唱団(歌唱:英語)
クレンペラー指揮フィルハーモニア管
録音:1960年1,2月
EMI(国内盤 TOCE-3064)「フィンガルの洞窟」:曲が曲だけに大変劇的な演奏だ。録音データを見ると、クレンペラーはわずか10分ほどのこの曲の録音セッションに何と4日も費やしている。クレンペラーがかなり念入りなリハーサルをやった後で録音に望んだことは明らかだ。暗くてひんやりするような雰囲気と熱い血が燃えたぎるような熱狂的雰囲気とが交錯するクレンペラーならではの名演奏だと思う。短い曲ではあるが、驚くべき深みとスケールを併せ持った演奏である。まるで大交響詩のようだ。フィルハーモニア管も力演している。おそらくクレンペラーの録音の常として一発取りを行ったと思うが、厳しく丹念なリハーサルの甲斐あって、寸分のすきもないし、ライブ並みの激烈さと高揚感を味わえる。クレンペラーの代表的な名演奏のひとつといって良いだろう。なお、バイエルン放送響を指揮したライブ録音盤もあるので下記CDをご参照ありたい。
「真夏の夜の夢」:10曲を録音。この優れた演奏を考えると、全曲を演奏して欲しかった。おそらくそう願うファンが非常に多いだろう。クレンペラーは一般的にはベートーヴェンやブラームスなど重厚な堅い曲の演奏で有名だと思うが、「真夏の夜の夢」は決してそういう種類の曲ではない。これは短く、かわいらしい曲が集まった劇付随音楽であって、どう見てもクレンペラーには似合いそうもないのである。にもかかわらず、この演奏は、あらゆる「真夏の夜の夢」の録音の中でも傑出した名演奏となっていて、聴き手を驚かせる。
クレンペラーの演奏はもちろん壮大でも重厚でもない。序曲だけはそうした一面もあるが、全体を見ると、ロマンの香りをふくよかに漂わせた比類ない演奏になっている。できればロマンを「浪漫」と書いてしまいたいほどの雰囲気だ。ロマンというと一歩間違えれば下品になりかねないところがあるが、クレンペラーの演奏では典雅な感じがして、思わず漢字で書きたくなるのである。
それにしても天国にいるような幸福な気持ちにさせる演奏だ。まさかクレンペラーがリハーサルの中で、「ここはきれいにカワイク歌いましょう」などと指示したとは思えないが、1曲1曲に対して、クレンペラーの深い愛情が感じられ、聴いていてそれがはっきり分かるのである。聴いた後に深い感動が残るのはその愛情ゆえである。そうしたクレンペラーの愛情が最も良く出ているのは「夜想曲作品61-7」であろう。名曲揃いのこの劇付随音楽の中で最も美しいこの曲をクレンペラーは手のひらの上で大事に大事に慈しむように演奏している。その結果、美しい音楽に魂が宿り、この世で聴ける最も幸福感漂う演奏になった。音楽を聴く喜びを本当に感じさせる演奏である。
「夜想曲」を例に挙げたが、もちろんほかの曲もすばらしい。ヘザー・ハーパー、ジャネット・ベイカーの両人も非常に清澄な歌を聴かせるし、フィルハーモニア合唱団の歌も夢見るような雰囲気を実に良く出している。クレンペラーの不思議な名演、それも大名演だと思う。
メンデルスゾーン
劇付随音楽「真夏の夜の夢」
ソプラノ:エディット・マティス
メゾソプラノ:ブリギット・ファスベンダー
クレンペラー指揮バイエルン放送響
録音:1969年5月23日、ミュンヘン
ARKADIA(輸入盤 CDGI 701.2)クレンペラーがバイエルン放送響を指揮した2枚組ライブ録音。「真夏の夜の夢」以外には同じメンデルスゾーンの「フィンガルの洞窟」序曲、交響曲第3番「スコットランド」、シューベルトの交響曲第8番「未完成」が入っている。このうち、「スコットランド」と「未完成」はEMIから正規盤が発売されている。また、「フィンガルの洞窟」についてはDISQUES REFRAINのものと同一である。
録音は「未完成」だけが1966年4月1日で、この日はブルックナーの交響曲第4番「ロマンティック」が同時に演奏されている。もちろん、EMIから正規盤がリリースされたものと同一である。他の録音はというと、実はメンデルスゾーンの3曲は同じ1969年5月23日の演奏会の録音なのである。曲順ははっきり分からないが、当日はオール・メンデルスゾーン・プロだったのだ。しかも全曲が信じがたいほどすばらしい出来だったわけだから、バイエルンの聴衆は幸せ一杯だったに違いない。
さて、バイエルン放送響との「真夏の夜の夢」。EMIのスタジオ録音盤はクレンペラーにとっても最高の録音だったと思われるが、この最晩年のライブはそれを上回るすばらしさだ。音質はあまりよくはない。ノイズこそ少ないが、エア・チェック・テープからでも作ったCDのようで、ステレオ感にも不足するし、音もだんごになっている。しかし、EMIから正規にリリースされた他の録音から察するとこの「真夏の夜の夢」もマスターテープの音質は非常に良好なはずだ。「フィンガルの洞窟」序曲同様、早急にリマスターをして正規盤を発売すべきだろう。
クレンペラーはライブでも全曲は演奏していない。スタジオ録音と同様、10曲を演奏している。歌唱はドイツ語。また、スタジオ録音とは違って、終曲冒頭には結婚行進曲の旋律が挿入されている。劇進行上は確かそれが正しいのだが、最初聴いた時にはびっくりした。
クレンペラーは最晩年ではあるが、序曲以外ではテンポはそう変わっていない。晩年だからって一様にテンポが遅くなっていたわけではないことがこの曲でも立証されると思う。
序曲は確かにテンポがぐっと遅くなっている。しかしそれによりより精妙な演奏になっているし、幻想性の高まりが強く感じられる。この序曲からして巨匠最晩年のロマンが聴き手の胸を高鳴らせるのである。
それにしてもバイエルン放送響は何とすばらしいオケであることか。色気たっぷりの音色だ。ドイツのオケだからって野暮ったいわけでは決してない。この録音に比べると、フィルハーモニア管が貧弱に聞こえてしまうほどだ。
続く「スケルツォ」は神秘的でさえあり、聴いているとワクワクドキドキする。
「間奏曲」は劇中の登場人物が森の中をさまよい歩く様とその心理を表しているのだが、その雰囲気が非常によく出ている。まさに自分が森の中にいるような気持ちになる。
名曲「夜想曲」は、スタジオ録音と雰囲気が全く違う。スタジオ録音盤がどちらかといえば牧歌的な雰囲気であったのに対し、こちらは深い霧が立ちこめる暗いドイツの森の中でホルンが鳴っているような雰囲気だ。もやーっとした録音がそう聞こえさせているのかもしれないが、幻想的でもあり、しっとりとした味わいがある。深い感動に誘われる。
圧巻はその後にくる「結婚行進曲」だ。威厳に満ちた壮麗な行進曲になっている。クレンペラーの指揮だと、とても通俗的な曲とは思えない。私はこの曲を聴いて感動したことは正直言って今までなかったが、この演奏を聴いて不覚にも目頭が熱くなってしまった。驚くべき感動の名演である。バイエルンの団員、聴衆にはクレンペラーが神のように見えたに違いない。
終曲も非常な幸福感の中で終わる。こんな録音が海賊盤でしか入手できないのは何とも理不尽だ。EMIには早期に正式発売してくれることを望まずにはいられない。
メンデルスゾーン
交響曲第3番イ短調 作品56「スコットランド」
序曲「フィンガルの洞窟」作品26
クレンペラー指揮バイエルン放送響
録音:1969年?
DISQUES REFRAIN(輸入盤?DR-930052)「スコットランド」は上記EMI正規録音盤と同一。EMIはDISQUES REFRAINと同一音源を使っているはずなのだが、この「フィンガルの洞窟」は製作段階で省かれてしまったようだ。クレンペラーには1960年にフィルハーモニア管を指揮した同一曲があって、演奏、録音ともに非常にいい出来だから、あえて屋上屋を架すこともないと判断したのだろう。しかし、せっかくのライブ録音で、しかも腕利きのバイエルン放送響の演奏した録音を捨てるのは惜しい。
EMI正規盤もすばらしいロマンチックな演奏だった。活気に満ちているし、ダイナミックで明るい演奏である。一方、この演奏はかなり暗い。非常に陰鬱だ。バイエルン放送響の音色が暗いわけではなくて、雰囲気が尋常でなく暗いのだ。その暗さはジメッとした感じではなくて、冷気さえ孕んでいる。この演奏を聴くとクレンペラーがライブで見せた凄みがひしひし伝わってくる。
ご存じのとおりこの曲はだんだん白熱してくるのだが、クレンペラーの演奏では最後まで明るくはならない。暗いまま得体の知れない情念だけが高まっていくようなすさまじさだ。私は60年録音の正規盤よりもこちらの方が好きだ。クレンペラーはこんな演奏を手兵以外のところで成し遂げていたのだ。
ちなみに、この演奏をこのCDの順番のままで「スコットランド(クレンペラー編曲版)」から続けて聴くと、壮大な交響絵巻を見るようなすごい体験ができる。手に汗握るような迫力ある大交響詩みたいに思えてくるから不思議だ。
An die MusikクラシックCD試聴記、1998-99年掲載