「わが生活と音楽より」
再び、ジャズでバッハを聴く文:ゆきのじょうさん
■ はじめに
拙稿「ジャズでバッハを聴く」の最後において、「今後、新しいアプローチでバッハをジャズで聴くことができるのでしょうか? 私は期待していきたいと思っています。」と結びました。この稿から2年が経って、私が聴いてきたバッハとジャズの出会いのディスクの中から、特に最近感銘を受けた2枚を採り上げてみたいと思います。
■ チェーザレ・ピッコ
BACH TO ME
- ブランデンブルク協奏曲第5番BWV1050
PERSONAL LANDSCAPES
- コラール「われ汝に呼ばわる、主イエス・キリストよ」BWV639
- コラール「来たれ、 創り主、聖霊なる神よ」BWV631
- コラール「アダムの堕落によりてすべては朽ちぬ」BWV637
- コラール「われらの救い主なるイエス・キリスト」BWV626
- イギリス組曲第5番BWV811からサラバンド
- イギリス組曲第2番BWV807からサラバンド
チェーザレ・ピッコ ピアノ
グイ・エシェド フルート
イスカンダル・ヴィドジャジャ ヴァイオリン
ズヴィ・カルメリ指揮ベルリン・チェンバー・ソロイスト録音:2006年6月23日、イタリア、ブレーシャ。2007年7月16〜18日、イタリア語放送局
欧BERLIN CLASSICS(輸入盤 0016272BC)チェーザレ・ピッコは1969年生まれのイタリアのジャズピアニストです。クラシック音楽のピアニストの両親を持ち、4歳からピアノを始めたそうです。日本では無名でしたがFM番組で紹介したところ大反響となり、日本でも急遽アルバムが発売されたそうです。2007年暮れに来日しており、ブルーノート東京でコンサートを開いたそうです。彼自身の公式サイトにも日本語が載っており、どうやら来日の際に9作目のアルバム録音を行い、11月7日に発売予定となっているようです。この「BACH TO ME」は7枚目に当たります。
まず前半はブランデンブルク協奏曲第5番を元にした演奏です。第一楽章冒頭は通常の演奏かと思わせておいて、いきなり転げ落ちるような転調が行われてチェーザレ・ピッコの即興演奏を中心とした世界に入り込みます。原曲の「部品」がところどころに散りばめられて進みますが、ピアノ・ソロになるとカデンツァのように、自由奔放でありながら着崩れしない、文字通りの品格を保った演奏が繰り広げられます。第二楽章もピッコの即興演奏から始まって、一種のジャズトリオのような趣となり、次第にオーケストラが加わっていきます。第三楽章になると、他のソリストもより自由度のある演奏になってきます。ところどころで原曲の世界から足を踏み出して掛け合いが行われて、すぐまた自然に原曲の世界に舞い戻ってくるので聴き飽きません。最後に拍手が入ることで、これがライブ録音であったことを思い出させてくれますが、演奏そのものは極めて完成度が高いと感じます。
後半は「PERSONAL LANDSCAPES」と題されたピアノ・ソロが6曲演奏されます。まず4曲はオルガンのためのコラール前奏曲を、ブゾーニがピアノ独奏に編曲したものからピッコが着想を得て演奏しています。私は「来たれ、 創り主、聖霊なる神よ」BWV631の躍動感と、「われらの救い主なるイエス・キリスト」BWV626のしみじみとした味わいに満ちた演奏に惹かれました。最後の2曲はイギリス組曲第5番、第2番のサラバンドを元にしています。いずれも上品な、響きを大切にした演奏だと思います。
■ ラファエル・アンベール
- J.S.バッハ:フーガの技法よりコントラプンクトゥスI
- コルトレーン:クレッセント
- J.S.バッハ:クラヴィーア協奏曲第5番 BWV1056よりラルゴ
- 黒人霊歌「He nevuh said a mumbalin' word」
- J.S. バッハ:幻想曲 BWV542
- J.S. バッハ:ミサ曲ロ短調 BWV232より「十字架につけられ」
- J.S. バッハ:フーガの技法よりコントラプンクトゥスIX
- コルトレーン:ソング・オブ・プライズ/J.S. バッハ:モテット「イエスよ、わが喜びよ」BWV 227
- J.S.バッハ:カンタータ「満ち足りた安らぎ、魂のよろこび」BWV170よりアリア
- アンベール:B-A-C-Hによる即興演奏/コルトレーン:父と子と精霊
- ルター:コラール「喜びと平安もて我は死なん」
- コルトレーン:リバレンド・キング
- ロッシ:ホ音のコラール
- J.S.バッハ:カンタータ「ひとびと汝らを除名すべし」BWV44よりコラール
ラファエル・アンベール サックス
アンドレ・ロッシ オルガン
ジャン=リュック・ディ・フレイヤ パーカッション、ヴォーカル
ミシェル・ペレス ベース
マンフレッド四重奏団
ジェラール・レーヌ カウンターテノール録音:2007年7月2 - 6日、ブーク=ベレール、聖アンドレ教会、
仏Zig-zag Territoires(輸入盤 ZZT080101)ラファエル・アンベールは、フランスのジャズ・サックス奏者です。
まず、弦楽四重奏でフーガの技法が始まるのですが、これにサックスの物憂げな即興演奏が加わります。不思議なくらいにぴったりと寄り添った両者の演奏と、一種独特なサックスによる味付けが、次のコルトレーンの曲の雰囲気に見事に繋がるのです。興味深いのは、このコルトレーンの演奏にも弦楽四重奏団が加わっているところです。この二曲でアルバムのコンセプトがきちんと提示されていることになります。すなわちバッハとコルトレーンの曲でジャズ奏者たちと、クラシックの音楽家が主従を交代して彩りを沿える、という趣向です。BWV1056でソロを演奏しているのがオルガニストのアンドレ・ロッシです。このアルバムはアンベールとロッシが企画したものだそうです。ロッシの静謐なソロに続いて、アンベールが同じ曲を即興演奏しているのですが、これが実に心に染みわたる、実に実に美しい響きです。全曲中の白眉の一つとして良いと思います。さらに進んで、コルトレーンの曲からバッハのモテットにつながって、これを貫くようにサックスのソロが歌い抜くところも聴きどころではありますが、さらにこのディスクの凄いところは、続くBWV170のアリアです。アンベールはオーボエ・パートを、即興を加えることなく演奏しているのですが、歌っているのがレーヌなのです。レーヌについては拙稿「フランソワ・クープランの『ルソン・ド・テネーブル』を聴く」でも採り上げた、不世出のカウンターテナーの一人です。ロック歌手でもあるレーヌが、このアルバムに参加するのは、ある意味不自然ではありませんが、ただ一曲のアリアのためだけに参加して、しかも艶っぽくサックスと絡み合う様は、ただ聴き惚れるばかりです。これ以後はバッハから離れてルターの曲や、アンベール、ロッシ自身の作品が披露され、最後に再びバッハのカンタータをマンフレッド四重奏団が静かに演奏して、幕を閉じます。
2枚のアルバムの全体を通して感じるのは、両者ともバッハの音楽そのものはとても大事にして、これにジャズの要素をどのように散りばめて一つのコンセプトを創り出していくかに腐心しているということです。そして、それは極めて高い次元に到達しているのではないかと感じます。ピッコはバッハから着想された華やかな音楽を繰り広げながらも、そこには品格があります。アンベールは、バッハの音楽とコルトレーンのむせ返るような歌とが意外なほどの近しい関係を持っていることを教えてくれ、しかもただそれだけに終始しない、考え抜かれたプログラムを提示してくれました。
最後に、すでにお気づきのように両者のジャケットデザインは、水平方向を強調したもので、ちょっと似ています。ピッコ盤は草原か、あるいは麦畑でしょうか。風が向かって右から吹き荒んでいるのが分かります。そして、そこから遙か彼方の小高い丘とその向こうの曇が切れた青空に視点があります。アンベール盤には一人の男が欄干沿いに歩いています。帽子や服装から寒いところだと想像できますし、しかも肩をすぼめて歩いていますから向かい風も吹いているのでしょう。雲海は近くて低いので、場所は高山なのかもしれません。ここでの視点は寒そうで孤独な男性にあるようにも見えますし、ほのかに明るくなっている雲海の向こう側にあるのかもしれません。
バッハと向き合った二枚のアルバムが、似通ったジャケットデザインとなっているのは、何やら暗示的に思われてなりませんでした。
2008年10月29日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記