「わが生活と音楽より」
二人の女性ヴァイオリニストによるビーバーのミステリー・ソナタを聴く

文:ゆきのじょうさん

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 今回採り上げる曲については、拙稿「ビーバーのミステリー・ソナタを聴く」で既に一回採り上げました。その後、やみつきになった私は、この曲のディスクを収集する始末となりました。最近出た新盤2種を含めて、今までに18種入手しましたが、その中から今回、二人の女性ヴァイオリニストによるディスクを紹介したいと思います。

 

■ デメテローヴァ盤

CDジャケット
第1巻
CDジャケット
第2巻

ハインリヒ・イグナツ・フランツ・フォン・ビーバー:
ヴァイオリンのための15のソナタと、無伴奏ヴァイオリンのためのパッサカリア

ガブリエラ・デメテローヴァ ヴァイオリン
ヤロスラフ・トゥマ オルガン

録音:1996年3月4-7日、1997年3月3-7日、プラハ、クレメンティヌム鏡の間
チェコSUPRAPHON(輸入盤 SU3276-2 131、SU3279-2 131)

 このディスクは残念なことに、現在カタログには載っていません。個人的には手に入れるのが一番困難だったものです。おそらく、これからも再販される可能性は少ないのではないかと心配しています。それというのも、演奏以外の要因が障害となると予想されるからです。

 まず、驚かされるのはジャケットデザインです。私が余り好まない演奏家ポートレートのタイプなのですが、それにしてもこれは異質です。第1巻はまるで洋館の魔女のようなイメージになっています。第2巻も花園から実に怖い形相でこちらを睨み付けています。他のディスクで見るとデメテローヴァは、ブロンドのストレートの髪になっており、確かに派手目な顔ですが、ビーバーのジャケットほどの異形さはありません。どのような経緯でデザインが決定されたのかは分かりませんが、ビーバーの曲でなければ私は、この意匠のディスクを手にとって買いに行こうとは、永遠に考えないだろうと思います。

 もう一つ驚かされたのは、その構成です。曲の長さから言ってCD2枚になるのは当然としても、こともあろうに、第1巻でソナタ第7番の後に、この曲集の最終曲である「無伴奏ヴァイオリンのためのパッサカリア」が収められているのです。当然ながら第2巻では第8番から始まり第15番のソナタで終わっています。各々のソナタの演奏時間を考えても、第1巻で第8番まで収録して、パッサカリアを第2巻の最後に置くことは不可能とは思えません。また解説を読んでも、16曲目と紹介されているパッサカリアを第7番《鞭打ち》と第8番《いばらの冠をのせられ》の間に置いたことについての記載を見つけることが出来ませんでした。このようにアルバムとしての作り方にも釈然としないものがあります。

 以上の2点についての苦言を思わず呈したくなるほど、実は演奏自体は捨てがたい魅力があるのです。1971年プラハ生まれのデメテローヴァの演奏はジャケットから受ける印象とは異なり、かなり素直で伸びやかなものです。テクニックがしっかりしているのは勿論のこと、わずかに加えられた装飾府も耳に心地よく入ってきます。使用楽器についてはバロックとかピリオドとかの表記はなく、聴いた印象でも、最近では珍しくモダン楽器を使用していると思います。パッサカリアは感興豊かにテンポや音色を変えながら演奏しています。

 伴奏も複数の楽器を使うのではなく、オルガン一台としたのも素晴らしい着眼点だと思います。ここでオルガンを演奏しているトゥマは、デメテローヴァと同じくプラハ生まれでオルガン、チェンバロ奏者として知られているそうです。ここではデメテローヴァのヴァイオリンをしっかり支えながらも、時々はっとさせられる音色で、通奏低音を越えた主張をしています。

 個人的には是非、曲順とジャケットを入れ替えて再発してほしい演奏だと思うのですが、難しいかもしれません。さほど数多くないミステリー・ソナタの中でも特徴的なディスクなのに惜しい限りです。

 

■ ホムブルガー盤

CDジャケット

ハインリヒ・イグナツ・フランツ・フォン・ビーバー:
ヴァイオリンのための15のソナタと、無伴奏ヴァイオリンのためのパッサカリア

マヤ・ホムブルガー バロック・ヴァイオリン
カメラータ・キルケニー 
・シボーン・アームストロング ハープ
・サラ・カニングハム ヴィオラ・ダ・ガンバ
・ブライアン・フィーアン テオルボ
・マルコム・プラウド オルガン、チェンバロ
・バリー・ガイ コントラバス

2006年6月16-23日、オーストリア、ザンクト・ゲロルト修道院
欧Maya Recordings(輸入盤 MCD0603)

 2007年にリリースされた、この曲集の新盤の一つです。レーベル名を見ると分かるように、ソロを弾いているホムブルガーの自主レーベルでの製作です。

 共演アーティストについて調べてみると、アームストロングはアイリッシュ・ハーブの奏者として知られ、カニングハムはクイケン兄弟との競演が有名です。ガイはジャズ作曲家としても活躍しているコントラバス奏者なのだそうです。名だたる名手が集っての演奏と言えます。

 演奏は、ともかくも「格好良い」の一言です。冒頭の第1番第1楽章からして、装飾をつけて思い切り粘るソロ・ヴァイオリンに、深く響くコントラバス、枯れた味わいのあるハープ、密やかなテオルボが絶妙に絡み合います。そして第2楽章になるとヴィオラ・ダ・ガンバが風格のある演奏で主題を奏でて、各々の奏者が参加し、変奏していきます。テンポは自在に動いて、各奏者が掛け合いながらニュアンスもどんどん変わっていきます。そう、まるで上品なジャズの演奏を聴いているようでもあるのです。たいへん短い第3楽章でも、コントラバスはただ長い音を弾いているようでいて、運弓の速度を次々に変化させて聴き手をぼんやりさせる暇を与えません。

 第2番以降も、次の瞬間にどの奏者がいったいどんな技を披露し、誰がどんな仕掛けをしてくるのか、まさに丁々発止の演奏が続きます。これは第7番のサラバンドでのヴァイオリンとコントラバスだけの演奏でも同様です。ホムブルガーが使用する楽器はソナタ毎に6挺のヴァイオリンを使い分けています。微妙な音色の変化は感じられますが、それよりはやはり伴奏の域を超えた奏者たちの語らいを楽しむべきディスクかと思います。

 さて、そんなめくるめく熱い演奏の果てに、無伴奏ヴァイオリンのパッサカリアが演奏されるのですが、ニュアンスが豊かではあるものの、どことなく清涼感が漂うものになっています。最後は優しい響きとなり、その後約10秒間の無音があってディスクは終了します。

 

 

 

 名手を一同に揃えたホムブルガー盤は、おそらくこの曲の新しい名演として位置づけられていくだろうと思います。それだけの力と魅力を兼ね備えたディスクです。他方、デメテローヴァ盤の演奏スタイルは地味ですが、味わいは深いと感じます。ミステリー・ソナタは、これだけの演奏の違いを内包できるスケール豊かな曲集であることが再認識できました。

 参考までに以下に、私が現在所有するミステリー・ソナタのディスクを列挙いたします。

ソロ・ヴァイオリン 録音年 レーベル
ラウテンバッハー 1962 VOX
マイヤー 1982/83 Harmonia Mundi
ホロウェイ 1989 VIRGIN
ゲーベル 1990 ARCHIV
レツボール 1996 ARCANA
デメテローヴァ 1996/97 SUPRAPHON
ロネー 1998 Winter& Winter
レイター 1999/2000 SIGNUM
エドゥアール 2001 K617
ピエロ 2002 Alpha
シュトレルケ 2002 Cavalli Records
ベズノシウク 2003 AVIE
マンゼ 2003 Harmonia Mundi
ハジェット 2003 ASV
ビスミュート 2003 ZIGZAG
ロッター 2004 OEHMS
ミナージ 2005/06 Arts
ホムブルガー 2006 Maya Recordings
 

■ 付記

 

 拙稿「「ビーバーのミステリー・ソナタを聴く」で紹介した、ベズノシウク盤のメンバーが来日して、2008年12月13日にミステリー・ソナタ(ロザリオ・ソナタ)の全曲演奏会を行うとの告知がありました。ディスクではウェストの語りが入っていましたが、今回は所沢の真言宗住職による祈祷書の朗読が入るそうです。色めき立った私は、四苦八苦してチケットを入手しました。今から楽しみな演奏会です。

上記コンサートの感想はこちらです。(2008年12月21日掲載)

 

2008年7月21日掲載、2008年12月21日追記 An die MusikクラシックCD試聴記