「わが生活と音楽より」
不定期連載 「わたしのカラヤン」
第1章 モーツァルトはお好き?

文:ゆきのじょうさん

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■ はじめに

 

 拙稿「フランセの「花時計」を聴く」でも書いたのですが、大学オケとは名ばかりの少人数弦楽オケに在籍していた時、トレーナーの伝手で在京のプロ管楽器奏者をエキストラに招いて定期演奏会を開くことになったときのこと。メインは、トレーナーと団長の鶴の一声でモーツァルト/交響曲第40番と決まりました。所詮はアマチュアですから、団員は勉強のためにいろいろなレコードを聴いて参考にするという状態です。私も数少ない手持ちのレコードを聴きあさりました。その中で一番まともに聴こえたと思ったのがカラヤン/ベルリン・フィルの演奏でした。そのことを他の団員たちの前で言うと、冷笑、嘲笑、批判の渦です。私の意見は抹殺され、当時「モーツァルトの交響曲と言えば」というくらいの絶賛を受けていたベーム/ウィーン・フィルなどが中心となりました。しかし、私は下宿では、カラヤンの演奏を聴きながら楽譜を見ることを続けました。

 それから20年以上経った2007年、An dieMusikのオフ会の席上で、酔いに任せて私は再び「カラヤンの演奏が一番勉強になった」と発言したところ、学生時代のような反感を買うことはなかったものの、好奇な視線を一身に浴びました。そして伊東さんが「それを書いてみませんか」と勧めていただいたのが、本稿を起こすきっかけとなったわけです。奇しくも2008年はカラヤンの生誕100年とのことです。これも何かの縁だと感じ、書き始めた次第です。

 なお、初めに二つお断りさせていただきたいことがあります。

 第一に、本稿はあくまでも「わたしの」カラヤンについての覚え書きであり、私が考えるカラヤン観を語るために資料の引用はしますが、資料的な記述を目的としたものではありません。文中の録音データ、演奏会に関するデータは所有するLPやCDの記述と、ウィーンにあるカラヤン・センターのサイトのデータベースを参照しています。したがって転記した際の誤記、私個人の勘違いがあり得ます。資料については上記引用元や、その他の権威ある文献を参照いただきたいと思います。

 第二に、ここで語るのは私個人がカラヤンの演奏をどう感じたかという主観的なもので、演奏論を主張・展開することを目的とはしていません。つまり、このシリーズで書いていることは、ただの音楽好きである私個人の感想や想像、憶測、もっと言ってしまえば妄想でしかないということをご承知おきいただきたいと思います。したがって、以前どこかで誰かがきちんと主張されているかどうかの検証はありませんし、思いこみや間違いもあるでしょう。ネット上には、カラヤンの演奏史、演奏論についての、和文、英文問わず大変すぐれたサイトが多数ありますので、そちらを是非ご参照いただきたいと思います。

 最後に、一応、連載のスタイルを取りますが、全部で何回になるのかは暗中模索であり、特に掲載間隔は決めていないこともご了承くださいますようお願い申し上げることを付記させていただきます。

 第一回は、きっかけとなったモーツァルトです。

 

■ 第1章 モーツァルトはお好き?

 

■ モーツァルトらしさとは?

 

 カラヤンのモーツァルトは、今なお批判的な意見が多いことは事実です。カラヤンの指揮の特徴の一つであるレガート気味に演奏することで指摘されることをネットなどから拾ってみますと、「角がとれすぎ」「薄気味悪い」「軽妙さに欠ける」「グロテスク」「浅薄」というものでした。また響きという点からは「豪華絢爛」「ウィットも陰りも何もない」「ケバすぎる」「カロリーたっぷりで濃厚」「無駄と感じるぐらいの濃い味付け」「人工美の極致」という指摘があり、さらには「時折著しく不適切なテンポ」を批判する向きもあり、一言で括れば「モーツァルトへの冒涜」ということになります。

 これらの批判はとても理解することが出来ますし、その感性を否定するつもりもないことをお断りして、それではこれらの批判に耐えられるモーツァルトの演奏とは何かを考えてみます。当然、批判の裏返しですから「軽妙で、ウィットに富み、陰りもあって、薄味で、(ある程度は?)質素でメリハリがある(=角がある)」ものということになります。さて、これらの基準を満たす演奏は何なのか。もっと端的に申し上げれば、現代におけるモーツァルトの交響曲の演奏の決定盤はなにか?という問いかけをすることも興味深いと思いますが、これは本稿の主旨ではないので、機会があれば改めて考えてみることにいたします。

 さて、それではカラヤンのモーツァルトの録音を年代順に聴いてみることにしましょう。トリノ放送交響楽団やフィルハーモニア管との録音もありますが、ここでは網羅的に語ることはせずに、ウィーン・フィルとのステレオ録音から始めさせていただきます。

 

■ 59/63年ウィーン・フィル盤

 

  1962年、カラヤンがベートーヴェンの第九を録音する際、ベルリン・フィルのメンバーにトスカニーニの第九のレコードを聴かせて録音に臨んだというエピソードがあります。その真偽は不明ですが、その頃、カラヤンはウィーン・フィルと、デッカ・レーベルでモーツァルトをステレオ録音しています。

CDジャケット

モーツァルト:
交響曲第40番ト短調K.550
 同 第41番ハ長調K.551「ジュピター」

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ウィーン・フィル

録音;1959年3月27、28日、1963年4月9-11日、ゾフィエンザール、ウィーン
ユニヴァーサル(国内盤 UCCD-7017)

 青木さんの「カルショーの名録音を聴く:4.カラヤンとカルショー」で採り上げられていたハイドンの103番、104番と同時に録音されたものです。カラヤンの一連のモーツァルト/交響曲録音の中で、もっともモーツァルトらしいと評されていたりします。後述のベルリン・フィルとの録音に比べると、「カラヤンらしさ」が薄いことが理由のようです。なるほど、当時のウィーン・フィルの美点と、当時のカラヤンの美点が相合わさって、デッカによる録音の素晴らしさもあって、今なお色あせない魅力を持っていると思います。

 しかしながら、ここにはカラヤンらしさとウィーン・フィルらしさの「対立」が存在しているとも感じます。例えば第40番第三楽章の長い音符での、ふわっとした膨らみは、これはこれで魅力的なのですが、カラヤンが望んだ音楽とは言えないように思うのです。個人的には、カラヤンは、この録音には満足せず、むしろ自分がモーツァルトを演奏する際の理想と現実の乖離を明らかにした。それ故、カラヤンはモーツァルト/交響曲の再録音に拘ることになったと私は考えています。

 音楽学の素養がまったくない私が、カラヤンが考えていただろう(と私が勝手に思っている)モーツァルトの理想的な演奏、とは何かということを書き表すのは、かなり難しいと感じています。そこで一つ対照的であると私が思っているディスクを出してみることにします。それはカラヤンがベルリン・フィルに聴かせた(と伝わる)トスカニーニが指揮した演奏です。

CDジャケット

モーツァルト:
交響曲第39番変ホ長調K.543
 同 第40番ト短調K.550
 同 第41番ハ長調K.551「ジュピター」

アルトゥーロ・トスカニーニ指揮NBC交響楽団

録音:1945-46年、1948年、1950年、NBC 8-Hスタジオ、カーネギーホール
BMG(国内盤 BVCC-9912)

 即物的とか、インテンポであるとか、フルトヴェングラーと対比されて表現されることが多いトスカニーニですが、このモーツァルトの演奏ほど「即物的」という表現が似合わないものはありません。第40番の冒頭からして速めのテンポで、ちょっと聴くと素っ気ないようでありながら、旋律は濃厚に歌われています。ジョージ・セル/クリーヴランド管と同様、これがモーツァルト演奏の流儀なのだ、と言われればそれまでなのですが、少なくともカラヤンはモーツァルトを録音する際には、オーケストラにトスカニーニのレコードを聴かせることはなかったでしょう。

 

■ 65年サンモリッツでの録音

 

 カラヤンがベルリン・フィルを指揮して、モーツァルトの交響曲を初めてスタジオ録音したのは、1960年EMIでの第29番だと思います。そのわずか5年後にサンモリッツで第29番をDGにて再録音します。それが次のディスクです。

CDジャケット

モーツァルト:
交響曲第29番イ長調K.201
 同 第33番変ロ長調K.319

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィル

録音:1965年8月19-23日、ヴィクトリアザール、サンモリッツ
ユニヴァーサル(国内盤 UCCG-6002)

 スイスの避暑地であるサンモリッツに、ベルリン・フィルの主だったメンバーを集めた比較的小編成で、ヴィヴァルディやバッハなどのバロック音楽を初めとした録音の中の一つです。

 このディスクもカラヤンのモーツァルトの録音としては世評が比較的良いものだと思います。全体は伸びやかな響きであり、編成が小さいことからの透明感があります。これに比べるとウィーン・フィルとの第40/41番はフルオーケストラでの豪華絢爛さがあるものの、全体の響きは渾然一体となっているように感じます。各セクションが明瞭に聴き取れて、全体が美しく響くこと・・これが、カラヤンが望んだモーツァルト演奏の条件の一つであると思います。

 それならば、サンモリッツ盤のように小編成で他の交響曲も録音すれば良いことになるのですが、それはカラヤンが望んだことではなかったのでしょう。カラヤンはあくまでも通常の大きな編成での煌びやかな演奏に拘ったのだと思います。大きな編成ではサンモリッツ盤のような響きを得ることは矛盾しているようなのですが、カラヤンはそれを目指した。その結果として世に出したのがEMI盤の後期交響曲全集であると私は妄想しています。

 

■ 70年EMI盤

CDジャケット

モーツァルト:
交響曲第35番ニ長調K.385「ハフナー」
 同 第36番ハ長調K.425「リンツ」
 同 第38番ニ長調K.504「プラハ」
 同 第39番変ホ長調K.543
 同 第40番ト短調K.550
 同 第41番ハ長調K.551「ジュピター」

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィル

録音:1970年9月21-25日、イエス・キリスト教会、ベルリン
EMI(輸入盤 7243 5 75377)

 スタジオ録音として「ハフナー」はトリノ、「プラハ」はフィルハーモニア、第39番はウィーン・フィルとのモノラル録音とフィルハーモニアとの録音がありましたが、「リンツ」は初録音であり、このようにモーツァルトの6曲の交響曲を一括で録音したのも初めてでした。しかも、それを5日間で一気に録音したのです。中にはやり直しなしで録音したものもあると、何かの音楽雑誌で読んだ記憶もあります。

 確かに演奏会を聴いているような、勢いのある演奏です。ほぼ同じ頃に録音されたチャイコフスキー/後期交響曲集EMI盤と同様に、多少アンサンブルが甘くなっても、ほとばしるような迫力で演奏されており、これには圧倒されます。ウィーン・フィル盤では聴き取れなかったパートも聴こえるようになって、名だたる奏者が揃った管楽器の音色も魅力的です。例えば「プラハ」第3楽章を聴いてみても、引き締まっていながら躍動感に満ちて撓るように演奏する弦楽器と、弾むように絡み合う木管パートはほれぼれしてしまい、これだけを聴いてもカラヤンのモーツァルト演奏は一つの頂点を極めたと言われても納得してしまいたくなります。事実、これがLPで発売された当時、モーツァルトらしさ、という観点からは批判がありましたが一定の評価は与えられていたように記憶しています。

 ところが、カラヤンはこのわずか5年後から、モーツァルト/後期交響曲集を再録音します。それがDG盤です。

 

■ 75-77年DG盤

CDジャケット

モーツァルト:
交響曲第35番ニ長調K.385「ハフナー」
 同 第36番ハ長調K.425「リンツ」
 同 第38番ニ長調K.504「プラハ」
 同 第39番変ホ長調K.543
 同 第40番ト短調K.550
 同 第41番ハ長調K.551「ジュピター」

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィル

録音:1976年5月25-26日 & 77年10月18日(32番、35番)、77年10月17-18日(36番)、77年2月21日 & 10月18日(38番)、75年12月5日(39番)、76年5月25日 & 77年2月17日(40番)、76年5月10日& 26日(41番)
独ポリドール・インターナショナル(輸入盤 453 046)

 私はこのセットを国内LP盤(MG 8335/7)で購入しました。その解説書で海老沢敏氏が「〈カラヤン=モーツァルト〉の軌跡」と題する文章の中で以下のように書いています。

 『かつて、たとえば、ブルーノ・ワルターがその〈ジュピター解釈〉で到達した宇宙的とでもいうべき境地は、かたちや内包はことなってしかるべきものとはいえ、当然カラヤンほどの指揮者にとって、足跡を刻むことの必要な境地ではあるまいか。』

 音楽雑誌での批評欄ならともかく、当該商品の解説書の中の文章でも(控えめな表現ではあるものの)、演奏について注文を付けていることが、当時「うぶ」であった私にとって一種の衝撃でありました。当時、そして本稿の冒頭で列挙した数々の批判の大部分はこのDG盤に対するものだろうと思います。

 ところで、このLPセットが出た当時、圧倒的な支持を受けていたのが、大学オケ団員にも指示されたベーム/ウィーン・フィル盤です。

CDジャケット

モーツァルト:
交響曲第40番ト短調K.550
 同 第41番ハ長調K.551「ジュピター」

カール・ベーム指揮ウィーン・フィル

録音;1976年4月26-30日、ムジークフェラインザール、ウィーン
独DG(輸入盤 413547)

 枯れた味わいとか、飾り気のない演奏という評価があったと思います。しかし、私はこのベーム盤を聴くと「枯れた」とか「飾り気がない」とはとても感じることができません。弦も管も独特のニュアンスに満ちています。これが「ウィーン訛り」なのだと断じる自信はありませんが、ベームが器を整え、その中でウィーン・フィルが好き放題演奏しています。勿論、それはとても美しい演奏で品格も十分であると感じます。しかし素人がこの曲を知ろうとした時に「あるがままの演奏」の代表とはならないと思うのです。

 ところで、どうしてカラヤンはこんな短期間で再録音することにしたのでしょうか? もちろんレコード会社が違うので契約上の経緯もあったかもしれません。しかし、私は再録音の鍵は録音場所なのだと思っています。1963年に新しい本拠地であり、「カラヤン・サーカス」と揶揄もされたフィルハーモニーザールが完成します。しかし、この本拠地での録音は1973年のヴェルディ/「オテロ」までありませんでした。おそらくは音響上の問題で、フィルハーモニーザールで満足できる音質が得られるまで改良が加えられた期間に10年を要したのでしょう。一方、それまで録音場所にしていたイエス・キリスト教会も問題があったと言います。すなわち防音が完璧ではないので交通騒音が録音に混入するため、録音時間に制限があったというのです。

 防音が施されて録音に制限のないフィルハーモニーザールが、音響的にも満足ができるようになった時にカラヤンが考えたのは、EMI盤とは別の次元でのモーツァルト演奏の頂点だったと思います。つまり再録音ではなく「別録音」ということです。

 カラヤンがモーツァルトの演奏に求めたものは、トスカニーニやセルが成し遂げた揺らめきではなく、ベームが作り上げた密やかな万華鏡のような色彩でもなく、もっと楽譜にある音符を忠実に再現することではなかったかと思います。繰り返し聴かれていくことを前提にした録音だからこそ、そこには飽きられるような色づけはしないという意思です。だから音符には作為的(とカラヤンが考える)色づけは要らない、あるがままに音にすれは良いと言ったら大袈裟でしょうか。この結果、弦楽器も管楽器も圧倒的なテクニックとアンサンブルを誇りながら、奏者の個性ができるだけ抑えられています。全てがモーツァルトの交響曲を楽譜通りに音にするという一点のみに収斂しています。

 勿論、それだけではただ機械的に演奏するだけに終わってしまいます。そこでカラヤンが求めたのは、まず完璧なアンサンブルで大編成のオーケストラが豊かに鳴り響くこと、次に、それでいながら全てのパートが聴き取れるような透明感、だったと考えます。ちょっと考えると矛盾するような二つの命題です。その達成のためにはカラヤンは録音技術を駆使することを厭いません。例えば第40番第一楽章では通常の編成ではあり得ないような距離感で木管パートの音が分離して聴こえてきます。おそらくは多重録音を駆使したのではないかと考えます。

 これはモーツァルト演奏に限らないカラヤンのスタンスであるかもしれません。録音データから分かるように、カラヤンは一度録音してから、曲によっては半年から1年経ってから再度録音することをしています。同時期のベートーヴェン/交響曲全集と同じ録音方式を採ったところからみても、少なくともモーツァルトの交響曲にも、ベートーヴェンと同様の拘りがあったと思います。

 以上まとめさせていただければ、EMI盤がコンサートとしての音楽の至高を目指した演奏であったとしたら、DG盤は録音芸術としての音楽の至高を目指したものだということになります。それゆえ、DG盤は人工美の極致とも言われました。でも「人工的? 大いに結構だ。それが録音というものだろう」とカラヤンは思ったでしょう。録音だからこそ、カラヤンは割り切っていたのだと思います。むしろ積極的に録音データを開示すること、自分の割り切りぶりを正直にさらけ出しているだけ見事であるとすら考えます。誰のどの演奏であるか申し上げることは差し控えますが、近年の「ライブ録音」を謳ったリハーサルも混ぜた編集録音や、本来のオーケストラの実力以上のダイナミクスや思わず笑ってしまうような人工的な残響を施したディスクを聴くと、(勿論このような所作の一旦がカラヤンの功罪の一つであることを認めるにしても)カラヤンのような割り切った姿勢が何故出せないのかと考えてしまったりもします。

 閑話休題、私が75-77年DG盤を聴いて勉強になったと考えたのは、(レガート奏法というフィルターをはぎ取れば)音符が忠実に再現されていること、各パートが明瞭に聴き取れて絡み合いもよくわかること、にあったと思います。これは今も変わりません。わたしにとっての標準的演奏でありつづけています。

 カラヤンは、晩年にもう一度録音しています。それが87年DG盤です。

 

■ 87年DG盤:最後のモーツァルト/交響曲録音

 

 カラヤンとベルリン・フィルの関係は、最後は険悪なものとなってしまいました。チャイコフスキーやブルックナーの交響曲は最後には、ベルリン・フィルではなく、ウィーン・フィルと録音しています。しかし、モーツァルトだけは、ディベルティメントも含めて、ベルリン・フィルとの録音に終始し、ウィーン・フィルとはレクイエムだけを録音。シューマンの交響曲第4番と合わせて演奏会で採りあげて、発売予告まであったウィーン・フィルとの「ジュピター」は、ついに日の目を見ることはありませんでした。私は、カラヤンはモーツァルトの交響曲はどうしてもウィーン・フィルとではなくベルリン・フィルと録音することに拘ったように思ってしまうのです。そのカラヤンが最後に録音した、モーツァルトの交響曲のディスクがこれです。

CDジャケット

モーツァルト:
交響曲第29番イ長調K.201
 同 第39番変ホ長調K.543

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィル

録音:1987年2月、9月、
独ポリドール・インターナショナル(輸入盤 453 046)

 このディスクは、今はほとんど顧みられることはないと言って良いと思います。大手通販サイトのカタログからも消えています。しかし、私はこのディスクを聴いていると万感の想いに満たされてきます。カラヤンはDGでの75-77年盤発売以降、「ハフナー」、「リンツ」、「プラハ」、そして第40番は演奏会で採りあげておりません。カラヤンは以前のような後期交響曲全集というものを作る気持ちはなかったでしょう。晩年のカラヤンは自分が演奏したい曲だけを録音したかったのだと思います。このディスクでの演奏には以前の録音のような緻密さや、厳格さはありません。完璧なアンサンブルと透明感は確保されていますが、それを深化させるために再録音したとは思えないのです。以前はしなかった提示部の繰り返しまで実行して、一つ一つの音符を本当に慈しむように演奏しています。繰り返しはCDの収録時間を意識しての所作だったとしても、このディスクの演奏に限って申し上げれば、繰り返す意味は大きかったと感じます。ここにあるのは、「この二つのモーツァルトの交響曲が、わたしは本当に好きなんだよ」という告白です。この「告白」が私個人の妄想だったとしても、カラヤンは最後のディスクで見せた別の横顔はとても魅力的です。以前の何度も飽きずに聴いてもらうという姿勢とは違う、もっと遠くを見ているような音楽です。これは枯淡でもなく、ワルターが到達したという「宇宙的とでもいうべき境地」とはまったく別もので、そこには少しはにかんだような微笑を感じます。それだけでも、私はこのディスクがかけがえのないものに思えるのです。

 

(2008年3月3日、An die MusikクラシックCD試聴記)